第二話 「懲りない老人」《一稀》
休憩所へ行くと端っこの席に美咲さんと泰子さんがいた。時折泰子さんの泣き声となにやらぶつぶつ言っている声が聞こえる。それが耳の鼓膜を刺激する度に僕の心が締め付けられるような感覚になった。
「あ……」
美咲さんと目が合う。彼女は目で「少し別の所にいて」と伝える。了解。僕は休憩所から遠ざかるようにして立ち去った。
行き先がないことはよくあることだ。仕方がないので外に出かけることにしようと思う。少し彼女らのことが気がかりではあるが、美咲さんならうまくやってくれるような気がした。
三つほど並んだ緑の電話機。そのうちの一つの受話器を取り上げてテレフォンカードを入れる。そしてすでに打ちなれた電話番号を銀色のボタンを通じて発信する。
――ただいま、留守にしておりますばきゅーんとなったらご用件と――
ガチャン。
受話器を置いた。
今日は桜田もどっかに行っちまったかぁ。そう思うと少し寂しかった。夏休みだっていうのにぜんぜんそんな感じがしない。
「ぉぃ、そこの少年」
「…………」
むーん……桜田以外に友達なんていないしなぁ。
「おい」
困った……。
「おい!」
「はい!?」
我に返って振り返ると一人のじーさんが立っていた。和服に身を包んでいて、明らかに場違いな感じがするが、ここの病院に長く入院している患者さんだ。
「どーじたかのーぅー、わしと話をせんか」
「あー」
暇だし、いっか。
「いいですね」
「よしよし、じゃあ今日はわしがじゅーすを奢ってやろう」
「あ、ありがとうございます」
ラッキー。
先ほどとは別の階の休憩所の自販機でジュースを買う。フルーツオレだ。じーさん――大岩さん――はイチゴオレを買っていた。おいおい、糖尿病と聞いているが……。
「内緒だぞ。男同士の秘密じゃ」
「何が秘密なんですか……ばれますよ、佐藤さんここ通りますし」
「瑠奈か。あいつも立派になったもんじゃ」
僕らはいすに腰掛ける。ちなみに、大岩さんは佐藤さんの祖父に当たる人だ。
「わしが初めてアイツを抱いたときにゃぁ、そらまぁ、ちっちゃかったもんじゃ。もう可愛いのなんの。毎日面倒見ちょった」
「……いいですねー」
もう何回も聞かされた話に適当に相づちを打つ。そして紙パックを押して中の液体を口の中に流し込む。口の中にフルーティーな甘さが広がる。
「大岩さんは、お孫さんとお子さん、どちらが可愛かったんですか」
「そーじゃのー。孫……かの。娘も可愛かったがな、やっぱり老後のやることがなくなったときに孫を抱くのとじゃ全然違うもんだ」
「へぇ」
「わしが若かった頃はの、まだ戦後間もなくてな、闇市でな、米を買っては親とひもじい思いを――」
「ちょっとおじいちゃん!」
話の途中に女の人の声が割って入った。佐藤さんだ。
「何飲んでんのよっ!」
そして大岩さんから紙パックを奪い取る。
「あーーー! やめちょくれーーー! わしの、わしの命の源なんじゃーー! 頼む!」
「何が命の源よ! 自ら命縮めてんじゃないわよ!」
「うわーーー」
あんたは子供か!
「ちょっと夏野君! あなたも知ってたんだから止めてよ。私のおじいちゃん、糖尿病なんだからね」
「は、はい……」
矛先がこっちへ向いた。ちくしょう。
「……まったく」
ぶちぶちいいながら佐藤さんは去っていった。僕と大岩さんはほっとため息をついて顔を見合わせた。
「今はあんなんになってなー。まったく、安心して入院できやせん」
いやいや。あんたが完全にわるいっしょ!
「ま、あいつもあいつなりにわしのことを心配しちょるのかもしらんなぁ」
「……そうですね」
ゴゴゴゴゴ……紙パックの中が空になった。
「はぁ……」
大岩さんはショックが大きいのか大きなため息をついて立ち上がった。
「さて、わしはもう部屋に戻るとするよ」
「あ、はい。ごちそうさまでした」
「なに、礼には及ばんよ」
そういって立ち去っていく老人の姿はどこかかっこよかった。
いや、
今、ポケットから何か取り出して食べてたような……。
懲りない人だ。
こんにちは、まなつかです。
いやー、もう明後日模試なのにバリバリ書いちゃってますね。
はははははは!
というか完全に久々に書きました。
今までの話も少し変わっているところがありますので、もう一度読み返すと不自然なところが少し解消されているかもしれません。
さて、これからはなるべくちょくちょくひと夏の記憶を更新していきたいと思いますので、宜しくお願いします。