第一話 「あまりにも過酷な始まり」《川本》
俺は普通の家には生まれなかった。生まれたときから施設に入れられて育てられてきた。そこでの生活には何の不便も感じなかった。だけど家族がいないことに対して寂しさを感じていた。小学校に入ってから数年だったか忘れたが施設の園長に訊いたことがある。
「先生、どうしてオレは親がいないんですか?」
その時の園長の顔を忘れることは今でもできない。ものすごい悲しい目をしていた。いつもは慈愛にあふれた目が。
「大切なことだから覚悟して聞いてちょうだい」
「わかりました」
「……生まれたときにあなたの両親が離婚してあなたをここに預けたからよ」
その時の俺には理解できなかった。それを理解したときはものすごい苦しんだ。
そしてもう両親のことを考えるのはやめようと決意した中学一年生の春。俺に新たな出会いがあった。初めて好きな人ができた。その子は隣の席だった。すぐに気があって話すようになった。しかし、話してばかりいると先生に注意されてしまう。俺は彼女とノートを使って会話をすることにした。
そんなある日。
『ねぇ、川本くんて好きな人いる?』
そんなノートが隣から来た。俺はこれを機会に思いを告げようと決心した。
『いるよ』
そう返すと
『じゃあお互いに教えよう。帰ったら見る。それでいい?』
俺は彼女のノートに彼女の名前を書いた。どきどきしながら何度も漢字の間違いがないかを確認して閉じ、彼女に渡した。彼女もぎこちなく俺のノートを返してきた。
そして施設に帰ってノートを開くとそこには俺の名前が書いてあった。
俺は飛び上がって喜んだ。こんな気持ち、初めてだ。舞い上がっている俺に施設の人が何人かからかいの言葉をかけていった。
次の日がこんなにも待ち遠しいと思うことは無かった。学校に着いて席に座る。もうすでに彼女は座っていた。
そしてノートをさっと渡してきた。俺は戸惑いながらも受け取る。
『ありがとう。ほんとうにうれしいよ! 付き合ってくれる……?』
そう書かれていた。俺は鞄を下ろすとさっとシャープペンを取り出し
『いいよ。こっちもうれしいよ!』
そう書いて渡した。ほんとうに幸せな気分だった。
しかしそれはほんとうに短かった。いや、短すぎた。
「ううぅっ!」
「おい!」
一緒に下校しようということになって帰る途中、彼女は急に胸の辺りを押さえて倒れた。苦しそうに息をぜーぜーしている。
俺はどうすることもできなかった。ただただそこにいておろおろしていることしかできなかった。
「……そうだ、救急車……」
やっと頭が回ってきて近くの民家に飛び込み、救急車を要請した。
「おい! しっかりしろ!」
「……川本くん。ありがと……大好きだから――」
しかし、救急車がここに来る間に彼女の心臓は止まっていた。
一緒に救急車に飛び乗った。狭い車内。俺は顔を手で覆って泣いていた。そんな俺に医者……いや、救急隊員が
「しっかりしろ! カレシがそんなんでどうするんだ!」
と怒鳴った。俺はそこから泣き止んでじっと彼女の姿を目に焼き付けた。
彼女は安らかに眠っていた。俺はもう一度目を覚ましてほしいと願ったがその願いは病院に着いて完全に絶たれた。
「どうして……うちの子が……」
彼女の母親が泣いた。俺はそれを見ることもできず、目を逸らした。
「君が……君がちゃんと守ってくれていれば!」
彼女の父親が胸ぐらをつかんできた。それでも俺は目を合わせなかった。合わせれなかった。彼女を殺したのは俺だ。俺がもっとちゃんとしていれば助かったかもしれない。
俺はどうすることもできずに病院をあとにした。涙がこみ上げてきた。目の前にひらひらと桜の花びらが舞い降りてきた。
「くそっ……」