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ひと夏の記憶  作者: まなつか
第一章 「二人の出会い」
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第四話 「人間関係」《一稀》



 ――全部聞いたあと、僕は何も言えなかった。彼女も何もいわなかった。そしてそろそろお昼だからと言い残して屋上を去っていった。

 一人残された僕はぼーっとこの町の景色を眺めた。

 僕と美咲さんの出会いはありふれた、奇跡なんだろうな。

 ほら、そこの公園でも一組の男女が楽しそうに話している。僕らと違うのは何も抱えていない、幸せだってことだ。

「…………」

 それを見ていると涙がこみ上げてきた。

「あぁっ……くそっ……」

 なんて理不尽なんだよ。――そう僕はずっと思っていた。自分ひとりだけ理不尽だと思っていた。悲劇の主人公だと思っていた。だけど違う。今は美咲さんがいる。彼女も理不尽な人生を送ってきたんだ。

「はぁ」

 深い溜息を着いた。僕は爪をいじりながら考える。僕は彼女に何かしてあげれないだろうか。残された彼女の時間を楽しい物にしてあげれないだろうか。

 カタン――ドアが開く音がした。振り返るのも面倒なので僕はそのまま爪を見ていた。

「どうだ? 調子は仲良くなれたか?」

「川本か」

 彼はそのまま僕の隣に来た。そして同じようにフェンスにもたれかかる。緑色のフェンスがキシキシと音を立てて歪んだ。

「話は聞いたか?」

「はい」

「……そうか」

 それきり彼は黙り込んだ。涼しい風がヒューッと吹きこんでくる。

「世界は広いな。俺もこんなところで一生を終えると思うと逃げ出したくなる。もっともっと世界を見てみたいと思う。なぁ、お前もそう思うだろう?」

「……そう……ですね」

 いきなりそんなことを語りだした僕は少し戸惑って敬語を使ってしまう。

「美咲はもうそんなに長くない。奴もこんなところで最期を迎えたいなんて思っていないだろう」

 彼がいったい何を伝えようとしているのか僕は少しずつ分かってきたように思う。僕も彼と同じ思いだ。僕は死ぬことが出来ないけれど死ぬときはこんなところに閉じこめられたまま死にたくはない。

「だがな――浅い人間関係は脆いぞ。見てみろ、あの公園を」

 僕はさっき見ていた公園をふたたび見る。片方の女子は顔を手で覆って肩を震わせていた。もう片方の男の方の姿は見当たらなかった。

「彼女はうちの病院に入院することになった奴だ。もうそんなに長くない。だから焦って彼氏なんかを作るとか張り切っていたけどあのザマだ」

 胸が少し傷んだ。もうあと少しの人生。欲しかった恋人を求めたはいいが、それが逆に自分を傷つけることになるなんて。

「俺は恋愛だけが全ての幸せだとは思ってはいない。他にもいろいろな幸せがある。この間亡くなったチエさんを知っているか?」

「知らない」

「そうか、結構な騒ぎだったんだがな。彼女は深い人間関係をずっと築いてきた。だから死んだ時みんなすごい心を痛めた医者なんてものは死をよく前にするが、それでも相当堪えた奴もいた。そんだけ慕われていたチエさんは幸せだったんじゃないか? と思う」

「うん」

「他にもある。少し前の話になるが、あるおじいさんがいてな。その人は絵葉書を書くのが趣味だったんだ。彼には送る人など誰一人いなかった。ずっと一人ぼっちで生きてきた」

「絵葉書……? 入院してからか?」

「あぁ、入院し始めてから始めたそうだ。毎日一枚、必ず描いていた。そして最期はたくさんの絵葉書に囲まれて死んでいったよ。幸せそうな顔をしていた」

 僕はなんて答えたらいいのかわからなかった。

「だけどそのおじいさんは言っていた。『これを自慢できる友人が欲しかった。私にできた友人はみんな私から離れて逝ってしまった。若い頃はそんなことがよくあったもんだよ。戦後はな。だから私は人間と深い関係をもつことを嫌った。――だけど、今思うと寂しいものだ』ってね」

「……」

「……だからな、俺はお前らに浅い関係を築いてほしくない」

「それはどういうことだ?」

「お前も少しは気になっているんだろう? 美咲のことが」

「……なんとも言えない。今日出逢ったばかりだから」

「そうだよな、普通はな」

 川本はフェンスを背にしてするすると座り込んだ。僕はそれを目で追う。

「タバコ、いるか?」

 川本はポケットからタバコの箱を取り出して言った。

 僕は不死身の身体をしているので何をしても身体は傷つかないし、汚れない。川本はそれを知っての上でこうやって勧めてくるのだが、未成年にタバコを勧める大人はろくなヤツじゃないと思う。川本は無言で僕を見つめてくるので仕方無しに僕は一本受け取った。川本と同じようにフェンスに背を向けて座った。ライターを渡してもらって火をつける。タバコなんて久々に吸う。

「……ふぅ」

 僕は息を吐く。白い煙が口から吐き出された。

 川本も火のついたタバコを咥えている。

「まだ話を聞く気はあるか?」

 川本は空を仰ぎながらそういう。僕は反対に地面のコンクリートをとことこ歩くアリを見ていた。

「俺が医者になった理由――話してもいいか?」

 僕は何もいわなかった。彼はそれを肯定と受け取ったらしく話し始めた。





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