追放された出来損ないですが隣国の冷徹公爵様に拾われました
「薬草の精製すらまともにできん出来損ないめ! 我がレディントン家にお前のような無能は不要だ、今すぐ出て行け!」
怒号とともに、私の荷物が屋敷の石畳へと放り投げられた。
私――エレナ・レディントンを冷たい目で見下ろすのは、実の父親と、義理の姉であるマリアだ。
「そうよエレナ。あなたが提出したあの出来損ないの『濁ったポーション』、お父様がどれだけ恥をかいたか分かっているの? 本物のポーションっていうのは、私が作ったこの透き通るような綺麗なピンク色のものを言うのよ」
義姉のマリアは、自慢げに小瓶を掲げて微笑む。
……うん、知ってる。それ、私が昨日『失敗作の廃棄用ポーション』として捨てておいたやつだ。着色料代わりに甘い花弁を混ぜただけで、薬効なんて何ひとつないジュースみたいな代物だけど。
私が屋敷で調合していたのは、古い文献を解読して作った『極限まで不純物を取り除いた無色透明のポーション』だ。濃厚すぎて光を屈折させるから、一見すると濁って見えるだけなんだけど……まあ、説明したところで信じてもらえないだろう。
「分かりました。今までお世話になりました」
「ふん、二度と敷居を跨ぐなよ!」
私は落ちていた小さな鞄を拾い上げ、一礼して屋敷を後にした。
正直、胸を撫で下ろしていた。毎日マリアに調合薬を奪われ、薄暗い地下室で薬草を捏ねさせられる生活にはうんざりしていたのだ。これで自由に薬草の研究ができる。
――けれど、ひとつだけ計算違いがあった。
(……寒すぎる。あと、お腹が空いた……)
着の身着のままで追い出された私は、隣国との国境近くの森で絶体絶命の危機に瀕していた。季節は初冬。冷たい雪がちらつき始め、私の体力は限界を迎えていた。
……ダメかも。せっかく自由になれたのに、ここで凍死するのかな。
視界がホワイトアウトし、私は積雪の中にバタリと倒れ込んだ。
意識が薄れゆく中、ザッ、ザッ、と力強い足音が近づいてくるのが聞こえた。
「――おい、こんな森の中で人が倒れているぞ! 息はあるか!?」
低く重厚な、けれどどこか焦りを含んだ声。それが、私が見た最後の光景だった。
◇ ◇ ◇
「……ん……」
目が覚めると、そこは温かな暖炉の薪がはぜる、見たこともない豪華な部屋のベッドの上だった。
身体には柔らかい毛布が掛けられ、スープの香ばしい匂いが漂っている。
「目が覚めたか」
声をかけられ振り向くと、そこに立っていたのは息をのむほど美しい男性だった。
銀糸のような髪に、氷のように冷徹な青い瞳。右顔には黒い皮の仮面をつけ、黒塗りの軍服を完璧に着こなしている。
「あ、あの……助けていただき、ありがとうございます」
「礼には及ばん。私はこの地の領主、ギルバート・ヴァルハイトだ。吹雪の中で倒れていた君を保護した」
ギルバート・ヴァルハイト公爵。
その名を聞いて、私は息をのんだ。隣国で『氷の冷徹公爵』『戦場の死神』と恐れられている、最強の騎士団長だ。噂では、戦場で受けた邪神の呪いにより、常に全身に激痛が走り、人間らしい感情を失っていると言われているけれど……。
(……あ、公爵様の首元、黒い痣が侵食してる。噂通りの凄い呪い……すっごく痛そう)
「お体、お辛くありませんか?」
「……ふん、私の心配か。無用だ。この呪いは大陸中の高位神官が集まっても解けなかった死の呪詛。私はただ、死を待つだけの男だ」
ギルバート様は自虐的に目を細めた。
だけど、私からすればその呪いは……ただの『極度の魔力目詰まり』に見えた。古い魔術回路が重度のバグを起こして熱暴走しているだけだ。
「あの、公爵様。助けていただいたお礼に、お茶をお淹れしてもよろしいでしょうか? 私の鞄の中に、少しハーブが入っているので」
「……好きにしろ」
私は鞄から、自分用に調合しておいた『乾燥ハーブ』の小袋を取り出した。
これは私が実家の裏山で採取した極上の神聖薬草を、一番効果が出る特殊な魔術陣で乾燥・精製した特製ポーション茶葉だ。実家では「雑草を乾かしたゴミ」と捨てられそうになっていたけれど。
メイドさんに温かいお湯を用意してもらい、手際よくハーブティーを抽出する。黄金色に輝く湯気が立ち上り、部屋中に甘く爽やかな香りが広がる。
「どうぞ、召し上がってください。身体が温まりますよ」
「……いただく」
ギルバート様は気怠げにカップを受け取り、一口、飲み干した。
その瞬間――。
――ドクンッ!!
部屋全体が揺れるほどの、凄まじい神聖な魔力がギルバート様から溢れ出した。
彼の首元を覆っていた黒い呪いの痣が、まるで太陽の光を浴びた雪のように、瞬く間に消滅していく。右顔の皮膚を苛んでいた激痛が完全に消え去り、彼の青い瞳が驚愕に見開かれた。
「な……ッ!? 呪いが……消えた……!? 数年間、呼吸すら拷問のようだった激痛が……何一つ……!?」
ギルバート様は自分の手を握り締め、信じられないというように自分の身体を見つめている。
「ええと……少し楽になりましたか?」
「楽になったどころではない! 君、一体何をした!? このお茶は一体なんだ!?」
「えっ? ただの自家製のハーブティーですが……? ちょっと魔力回路の詰まりを解く成分を入れておいたくだけです」
「ただのハーブティーなわけがあるか!! これは帝国国宝級の『古代神聖ポーション』そのものではないか!!」
ギルバート様はガタッと椅子を蹴破らんばかりの勢いで立ち上がり、私に詰め寄った。その顔は朱に染まり、かつて『冷徹』と呼ばれた面影はどこにもない。
「君のような恐ろしい才能を持った調剤師が、なぜあの吹雪の森に一人でいたのだ!?」
「実は……実家から『出来損ない』と追放されまして……」
「は……? これほどの奇跡を起こすお前を…
…出来損ない、だと……?」
ギルバート様の瞳に、冷酷な怒りの炎が灯った。ただし、その怒りは私ではなく、私を捨てた実家に向けられている。
「……エレナ殿」
「は、はい!」
「君を捨てた愚か者どもには、追って相応の報いを受けさせる。だが……その前に、私から一つ頼みがある」
ギルバート様は静かに私の前に膝をつき、私の手を優しく、壊れ物を扱うように包み込んだ。
「お願いだ。私の妻になってくれないか」
「……はい? つ、妻!?」
「君の淹れたお茶で、私は救われた。私の命も、この領地も、全て君のものだ。……それに、私は一目で君に心を奪われてしまった。君を二度と離したくない。嫌だろうか……?」
氷の公爵と呼ばれた人が、耳まで真っ赤にして、捨てられた子犬のような瞳で私を見つめている。
冷酷なんて嘘だ。この人は、とても温かくて一途な人だ。
「……嫌なわけ、ありません。私でよければ……よろしくお願いします!」
私が微笑むと、ギルバート様は溢れんばかりの歓喜の表情を浮かべ、私を強く抱きしめたのだった。
◇ ◇ ◇
それから一ヶ月後。
私はヴァルハイト公爵家の奥様として、毎日ギルバート様に「可愛すぎて仕事に行きたくない」「今日も世界一美しいね、エレナ」と激重な愛情を注がれながら、広大な温室で大好きな薬草研究に没頭していた。
そんなある日、隣国の元実家・レディントン家から一通の悲痛な手紙が届いた。
『エレナ! 頼むから戻ってきてくれ! マリアが作ったポーションを買った王立騎士団から「偽物を売りつけたな」と激怒され、莫大な損害賠償を請求されているんだ! お前が作っていた本物のポーションがないと、我が家は破産してしまう!』
差出人は父親だった。
聞くところによると、私が去った後、マリア姉様が作った『見た目だけ綺麗な失敗作ポーション』を売りさばいた結果、怪我をした騎士たちの傷が全く治らず大問題になったらしい。
さらに、私を不当に追放した噂が公爵家経由で広まり、レディントン家は貴族社会から完全に孤立。屋敷も領地も差し押さえられ、路頭に迷うことになったのだとか。
手紙を読み終えた私の横から、すっと長い腕が伸びてきて手紙を取り上げた。
「なんだ、その不愉快な紙切れは」
ギルバート様が冷ややかな視線で手紙を一瞥すると、手から出た青い炎であっという間に灰に変えてしまった。
「ギルバート様……」
「エレナを虐げ、捨てた愚か者どもの言葉など聞く必要はない。今さら戻ってきてくれと言われても遅いのだからな。……それよりエレナ、今日の分の『愛のハーブティー』を淹れてくれないか?」
「ふふ、はい! 今すぐ淹れますね」
「今さら遅いです」と心の中で元実家に告げながら、私は大好きな旦那様のために、最高の一杯を淹れにキッチンへと向かうのだった。
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