好きな人と結婚したら良いのよ
王都から離れた第二都市的な場所のイメージです。
王都みたいにタウンハウスとかもあるような大都市。
でも王都からは離れてます。
「リリアンヌ!俺はお前と婚約破棄する!」
「ええ、分かったわ」
「私は真に愛する、ユーリと結婚するのだ」
「好きにすれば良いと思うわ」
「おっと、ユーリが平民だからと言ってバカに……」
「する訳ないでしょ。もういいかしら?私急いでいるのよ」
リリアンヌの対応に、バーダ男爵令息のギリスは顔を顰めた。
こういう場合、婚約者ならもう少し縋ったり、泣きついたりするのが定石ではないのか。
しかも、リリアンヌの家、ダージュ男爵家は先程から屋敷全体がバタバタとうるさい。
時折家令やメイドの大声が響く。
男爵家とは言え、貴族の家が、客人がいる時にこんなに騒がしくてどうする、と、ギリスはこんな家の娘と結婚しなくて良かったとあらためて思った。
「君のそういう態度が……、」
「はいはい。可愛げがなくて、愛想の良い、その、ユーリさんと仰る平民の方に惹かれて結婚するって話ね。今日まで名前は出さなかったけど、あなたよく私と誰かさんの事を比較していたもの」
「……そうだ」
出鼻をくじかれたような気分で、ギリスは僅かに歯ぎしりをした。
そんなギリスに対し、リリアンヌは落ち着かない様子で、溜息を吐くばかりだ。
「好きにしたら良いじゃない。そもそも、男爵家なら平民と結婚してもそこまで問題なかったでしょうに」
「…………」
「そりゃあ、王族や公爵家なら問題だったでしょうけど」
その通りではあるが、ギリスは顔を顰めるばかりだ。
それではどうにもロマンス度が足りない。
「お嬢様!」
メイドがリリアンヌを大声で呼んだ。
客がいるのに、とギリスの機嫌はどんどんと悪くなる。
それを咎めないリリアンヌにも嫌悪がつのるばかりだ。
「ええ、分かってるわ!ねえ、ギリス様、本当にもう帰っていただける?うちの有責でも何でも良いから」
「え?」
今からギリスの有責で、みたいな話が始まると思ったのだが、リリアンヌがまさか自分の有責でも良いと言い出すとは思わなかった。
婚約破棄だけでも女性は瑕疵になりやすいのに、その上有責側など。
呆然としているギリスに、リリアンヌが苦笑を浮かべながら口を開く。
「悪いけど、お金は払えないわ」
「あ、ああ、まあ、そこまでは……」
流石のギリスも、自分が有責側だという事くらいは認識している。
その上金銭を奪うほど、悪人ではない。
戸惑うギリスに、リリアンヌは更に苦笑を深めた。
「まあ、これからは貴族なんか関係ないんだし、平民の方とも結婚なんかし放題じゃない。わざわざうちに来る余裕があるという事は、バーダ男爵家はこの国に残るのね」
「…………え?」
リリアンヌの言っている意味が分からず、ギリスは目を丸くする。
そんな彼の様子に、リリアンヌは眉間に皺を寄せた。
「…………やだ、あなた、今の情勢を知らないって訳ないわよね……?」
「情勢?」
「うちの国、今日革命が起きて、王政や貴族制度がなくなったのよ?」
「………………え?」
「王政とかがなくなって共和政になって、しかも元首は元平民がなったと聞いたわ。今から貴族がどんな目に合うか……。うちは平民に近い末端貴族だし、それなりに領民とも仲良くやってきたけど、それでも何があるか分からないから、今から家族で亡命するのよ」
今からでも遅いくらいだけど、と呟いたリリアンヌに、お嬢様!とメイドが悲鳴にも近い声をあげた。
「うちは、家令とメイドが一緒に亡命してくれるの。家令には隣国に遠い親戚がいて、そこの方を頼れるらしいから」
まあ、今までも平民と変わらない生活だったし、何とかなるわね、とリリアンヌは足元にある重そうな荷物を自分で持ちあげた。
男爵令嬢とは言え、貴族令嬢が、である。
「さよなら、ギリス様。あなたはこの国で頑張るのよね?ユーリさん?との結婚生活も遠い地から応援してるわ。良かったわね、もう好きに平民だろうが誰だろうが結婚できるのよ。……たぶん?」
家の鍵は気になさらなくて結構よ!と言って、リリアンヌはバタバタと走って家を出ていった。
窓から馬車がそれなりの速度で走っていくのが見える。
そう言えば、ダージュ男爵家の家に来るまでの道で、町が騒がしいなと、ギリスも思わなくもなかった。
「………………え?」
革命が起きて王政がなくなったという事は、身分制度というものがなくなったという事だ。
ならば、確かにユーリとの結婚に問題はなくなったのだろう。
だって、貴族だ、平民だという柵がなくなったからだ。
けれど、貴族、いや、元貴族の自分はどうなってしまうのか。
随分長い間ダージュ男爵家にいたと気付いたのは、御者の男が恐る恐るというように室内に入ってきて、室内がオレンジ色に染まっていたからだ。
御者の男は、何度呼んでも使用人の一人も出てこず、仕方なく入ったとかなり長ったらしく言い訳を口にした。
普段のギリスなら怒っただろうが、今のギリスはそれどころじゃない。
「帰る……」
早くしてくれよ、という表情を御者の男が浮かべる。
普段なら叱りつけただろうが、やっぱりギリスはそれどころじゃない。
馬車の窓から見える街並みはいつもと同じようで、絶対的に違う。
つい先日まで、死んだような表情を浮かべて路上で寝るような人間も多かったのに、今は皆、元気に笑っている。
いや、目だけは異様に爛々としているのだ。
ギリスがゾッと背中を震わせた瞬間、「貴族の馬車だ!」という声が聞こえた。
ついで、俺は関係ない!という御者の声も聞こえる。
「お、俺は関係ない!俺だって平民だ!貴族に雇われてるだけのただの御者だ!……そう、この中には貴族の息子がいる!やるならそいつをやってくれ!!!」
棒状の物を持った平民らしき数人が、馬車を囲み始める。
せっかく婚約破棄ができたのに。
ユーリとの結婚は、ギリスの頭からすっかり消えてしまったのであった。




