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もう1つのロストテクノロジー  作者: 維岡 真
第5章 静かなる誘惑
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指示の形

線は、もう「見える」だけでは足りなくなった。


見えたものは、次に――動かそうとする。

人ではなく、流れを。

流れは街を動かす。


環状道路下・塔の影(封鎖地点)。


封鎖テープは増えた。監視カメラも増えた。

増えたのに、人の目は減らない。


人は、見えるものを見に来る。

見えるものが危険なら、なおさら。


救護班が声を張る。


「ここから先は危険! 止まって! 押さないで!」


押すな、と言われるたび、群衆は微修正を始める。

踏ん張り、寄せ、覗き込み、引き返す。

その微修正が、集団になると事故になる。


霊気灯が一拍落ちた。


白さが立つ。

線が、床を走った。


昨日までの線は「描かれる」だけだった。

今日は違う。


線が、曲がらない。

目的地へ向かうみたいに、一直線に伸びる。


封鎖テープの内側で、誘導員が思わず呟く。


「……矢印だ」


矢印。


線の先端が、少しだけ太くなる。

太さが“意図”に見える。


一般人には、ただの白い線だ。

でも、その線に引かれてしまう人が出た。


外側の若い男が、封鎖テープを跨ごうとした。


「危ないって! やめ——」


制止の声が届く前に、男の体が一歩、内側へ出る。

出た瞬間、線が男の足元から逃げるように移動した。


逃げた線の先に、別の線が重なり、床に「×」が描かれる。


男がそこで止まった。


止まったというより、止められた。

立ち尽くしたまま、呆然と呟く。


「……なんだ、今」


救護班が男を引き戻す。引き戻した瞬間、×は消えた。

消えたのに、周囲の数人が同時に息を呑む。


「今の……線、バツつけたよな」

「見えた……」


線が、選別を始めている。


危険を避けるためなのか。

危険へ誘うためなのか。


区別はまだつかない。


中央局・暫定指揮室。


点の束は、濃くなっていた。

塔の影に集中し、その一部が旧開発区方向へ細く伸び始めている。


制御主任が声を絞る。


「……移動の“矢印”だ。線視認通報が、封鎖地点から旧開発区へ連鎖してる」


監査室の男が即座に言う。


「封鎖を拡大する。旧開発区は立入禁止に——」


三条が遮る。


「封鎖は遅れる。遅れれば事故が増える。封鎖で止めるな。誘導で流れを変えろ」


監査室が睨む。


「あなたは現象を“利用”している」


「利用されているのは市民だ」三条は淡々と言った。「線はもう命令になり始めている。命令に対抗するなら、命令の形で返すしかない」


制御主任がログを開いた。


視認報告:線(矢印様)/×印様

発生地点:塔影 → 旧開発区方面へ連鎖

霊気灯:局所落ち 1.2〜2.8s(変動)

外部位相ノイズ:検出不能

備考:——(監査適正化)

備考が空白。

空白のまま、現象だけが先に進む。


三条が短く命じる。


「旧開発区の監視カメラ、全部つなげ。交通管制に“人流抑制”を入れろ。——ただし刺激は上げるな。白化を増やす」


刺激を上げない。

上げないのに、動かす。

難しい命令が増えていく。


医療区画・新病棟。


志乃はベッドに座ったまま、足の裏だけを感じていた。

感じる努力をしすぎない。努力は修正になる。


それでも、胸の奥の席は重い。

重さが塔の影へ引っ張られている感じがする。


医療監督が低い声で言う。


「さっきから筋電が上がる。志乃さん、今は何もしない。滑走は禁止」


禁止、と言われると、身体が勝手に“準備”を始めてしまう。

準備を止めようとして、また力が入る。


志乃の腰が、きし、と鳴った。


(絶え間ない修正)


修正が、体の中で自走している。


そのとき、霊気灯が一拍落ちた。


白さが来る。

線が、病室の床を走る。


線は、塔の影へ向かわない。

逆だ。


旧開発区へ向かう。

病院の壁を抜けるように、向きだけを残す。


志乃の耳の奥に、声が触れた。


「……戻して」


志乃は目を閉じない。

閉じたら共通面へ引かれる。


呼吸は止めない。

止めたら固定へ寄る。固定は削る。


吐く。震える。整えない。


線が、ほんの一瞬だけ輪郭を作りかける。

女の輪郭。顔はない。

でも“選ぶ”気配がある。


(指示してる)


誰に、ではない。

どこへ、だ。


志乃の喉が焼ける。


「……第二循環核」


言葉にした瞬間、胸の奥の席が一拍だけ軋んだ。

名前は足場になる、とコウが言っていたのに。


医療監督が顔を上げる。


「今、何と言いました」


志乃は答えない。

答えたら記録になる。記録は切り取られる。


代わりに、志乃の視界の端に白い線が残り、床に小さな「→」が描かれた気がした。

見間違いではないと、体が知っている。


共通面は、今回は開かなかった。


開かなかったのに、コウの“見られている感触”だけが背中に貼り付いた。

視線ではない。参照の圧。


(向きが変わったな)


声ではないのに、そう言われた気がした。


志乃の胸の奥の席が、重く沈む。


旧開発区・旧研究棟跡地。


昼の光は届く。

でもここは、いつも少し暗い。


開発が止まり、計画が中断され、古い循環配管だけが残っている。

都市が“忘れたふり”をしている場所。


そこへ、線が来た。


最初に見たのは警備員だった。

監査の立入禁止テープを張ろうとして、手が止まる。


「……何だ、これ」


足元のコンクリートに、白い線。

線が扉の下へ潜り、扉の向こうから別の線が応答する。


扉が、開いた。


鍵は回していない。

電子錠の解除音もない。


それでも、開いた。


警備員が反射で後ずさる。後ずさった瞬間、扉はそれ以上開かない。

まるで「ここまで」と線が言ったみたいに。


そこへ、数人の作業員(点検班)が到着する。

“呼ばれた”わけではない。呼ばれる理由は、都市の指示書にある。


点検班のリーダーが書類を掲げる。


「第二循環核の配管点検。上からだ。封鎖が増えてるから先に——」


言葉が途中で途切れた。

全員が同時に床を見た。


線が「→」を作っていた。


方向は、扉の向こう。


リーダーが笑いそうになって、笑えない顔で言う。


「……ふざけてんのか」


ふざけていない。

誰もふざけていない。


それでも矢印は、そこにある。


点検班の一人が、無意識に一歩踏み出した。

踏み出した足元に、今度は細い「×」が出る。


止まる。

止まるしかない。


線が、選別を始めている。


誰を入れるか。

誰を止めるか。


その選別は、人間の権限より早い。


学院。


古本が、旧式図面のコピーを机に広げている。

そこへ西野が、息を切らして戻ってきた。


「旧開発区が封鎖された。……でも現場から、変な報告が来てる」


古本が目を上げる。


「線か」


西野が頷く。


「矢印と、バツ。——扉が勝手に開いたって」


古本の指が、コピーの端の注記へ落ちる。


成立点参照:手順O-2

※参照保存(意識保全)を含む

——式:泉□(欠)道


「扉が開くのは、機構が生きているからだ」古本は淡々と言った。

「生きている機構に、意識の履歴が重なると——“指示”になる」


西野が吐き捨てる。


「じゃあ戸塚は、もう“声”じゃないのかよ」


古本は答えない。

答えの代わりに、署名の断片を指で叩く。


署名:M. I.


「まだ二文字だ」古本が言った。

「二文字は、名前未満。でも——名前になる前に、人を動かし始めている」


医療区画。


志乃の腰が、また軋んだ。

今度ははっきり、遅れの軋みだ。


遅れは、切り口を広げる。

広げた切り口は、街へ漏れる。


志乃は自分に言い聞かせる。


(動かない。整えない)


それでも胸の奥の席が、勝手に“向き”を持つ。

旧開発区へ。第二循環核へ。


耳の奥に、もう一度。


「……戻して」


その声は、お願いではなく、指示に寄っていた。


そして志乃は分かった。


第一段階は輪郭。

第二段階は指示。


次は――


「動く」では済まない。

“連れていく”が来る。

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