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もう1つのロストテクノロジー  作者: 維岡 真
第4章 優しさの接点
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旧式の注記

学院の地下書庫は、都市の揺れと無関係に見える。


無関係に見えるだけで、実際は繋がっている。

塔の設計は紙に残る。紙は、いつか線になる。


西野は階段を下りながら、端末の通知を消していった。

駅前の白化事故。転倒。搬送。

“線視認”という単語が、もう速報の見出しに混ざっている。


「……あいつら、隠す気ないのかよ」


隣で古本が短く言う。


「隠しきれない。隠すほど増える段階に入った」


古本の手には照会の控えがある。医療連携の名目で取った、限定ログ。

秒以下が丸められ、備考が切られた、あの薄いデータ。


薄いほど、何が削られたかが分かる。


地下書庫の扉の前で、警備員が腕を伸ばした。


「許可証」


古本は紙を出す。紙の端に、学院印と、研究協力の名目。


「塔建設史資料。旧開発区の施工記録。照会番号はこれ」


警備員が眉を寄せる。


「いま、そういうのは——」


「監査の“封鎖”は運用区画だ」古本が遮る。「学院の資料閲覧に制限を掛ける権限はない」


西野は黙っていた。

黙っていないと、私情の札を貼られる。


警備員が内線を取る。時間が伸びる。

伸びた時間の間に、霊気灯が一拍だけ弱まった。


地下なのに、照明が薄くなる。

都市の呼吸が、ここまで来ている。


警備員の顔色が変わった。


「……最近、灯が変だな」


古本は答えない。答えれば線が増える。

ただ、許可の返事を待つ。


内線が切れ、警備員が渋々扉を開けた。


「閲覧のみ。複写は申請が必要。持ち出しは禁止」


古本は頷く。


「持ち出さない。——ここで守る」


書庫の中は、紙の匂いが濃い。

けれど志乃が感じる“設計図の匂い”とは違う。生活の紙だ。埃の紙だ。


古本が索引端末を叩く。


「旧開発区」「循環核」「成立点」「参照保存」……」


検索結果が出る。

古い議事録。施工図面。補助環の仕様書。改訂履歴。


西野が覗き込む。


「“参照保存”って、最初からそんな項目あったのか」


古本は淡々と言った。


「最初から、かどうかは分からない。だが——“旧式注記”が、ある」


古本は交通管制ログの写しを出す。


注記:成立点参照 ※旧式

署名:M…(欠損)


「この“旧式”が、紙のほうに残ってる可能性が高い」


西野が喉を鳴らす。


「Mって誰だよ」


古本は答えず、資料請求番号を控え、閲覧カウンターへ向かった。


カウンターの司書は、学院の人間ではない顔をしていた。

外部委託。都市の目。


「閲覧申請、出してありますか」


古本が紙を出す。


「研究協力。塔建設史の範囲。旧開発区の施工記録、第一版と改訂履歴」


司書が紙を見て、目を細める。


「……この範囲、最近増えてますね」


増えている。

誰かが同じ方向へ掘っている。


古本は声色を変えない。


「街で事故が出ています。説明には履歴が要る」


司書が一拍置いて、棚番号を書いたカードを差し出した。


「閲覧室B。時間は二時間。延長は——状況次第」


状況次第。

都市の言葉だ。


閲覧室B。


机に置かれた箱は、金属で縁取られていた。

箱そのものが封鎖みたいに重い。


西野が蓋を開ける。

中から出たのは、紙ではなくフィルムと、コピー用の古い紙束。


「なんだよこれ……」


古本が言う。


「旧式。電子化前。——削れないやつだ」


削れない。

それだけで、価値がある。


フィルムをリーダーに通す。

投影された図面は、線が異様に美しい。正確で、冷たい。


西野が息を呑んだ。


「……線、そっくりだ」


駅前で見た、と誰も言わない。言えば現象が固まる。

ただ、二人とも同じものを見ていた。


古本が図面の端を拡大する。

隅の注記。小さな文字。


成立点参照:手順O-2

※参照保存(意識保全)を含む

——式:泉□(欠)道

署名:M. I.


西野の背中が冷たくなる。


「……意識保全?」


古本の指が止まる。


「“意識”という単語が、塔の建設図面に入ってる」


西野が喉を鳴らす。


「やっぱり、最初から人間を——」


古本が遮った。


「断定するな。だが——臭いは同じだ」


臭い、という言い方が今は正確だった。

紙の匂いとは別の、都市の意図の匂い。


西野が、欠けた文字を指でなぞる。


「泉…道。これ、名前?」


古本は首を振らない。頷きもしない。


「式名かもしれない。個人名を式にした形。——そして署名がM」


Mの線が、ここで繋がった。


古本はページを進める。

別の議事録。委員会の決裁。黒塗りが多い。


黒塗りの縁に、細い追記が残っている。

削り切れなかった筆圧。


“保全対象の揺らぎ”は許容する

ただし、本文(成立点)への接触は——


本文。


志乃が言っていた言葉。

コウが言った言葉。


西野が顔を上げる。


「……誰だよ、こんなの書いたやつ」


古本は、答えの代わりに指先で“署名欄”を探す。

欄は黒塗りだ。だが、黒塗りの端からアルファベットが一つだけ覗いている。


「M」


古本が呟いた。


「残したのか。残ったのか。——どっちでも、足場だ」


二時間は、短い。


リーダーの横でコピー機がうなる。

許可された範囲だけ、写真として残す。黒塗りは写る。黒塗りの縁も写る。


縁が、足場になる。


西野は手が震えそうになるのを抑えた。

震えたら線になる気がした。もう、何でも線に繋がる。


出口へ向かう廊下で、警備員が立っていた。さっきと同じではない。二人。背が高い。


「閲覧は終わりましたか」


声が丁寧すぎる。

都市の目が増えている。


古本は封筒を持ち上げた。


「終わった。規定の範囲内だ」


警備員が言う。


「最近、こうした資料の閲覧が増えています。上から注意が出ています。——不必要な憶測は広めないように」


西野が言い返しそうになって、喉で止めた。

私情の札を貼られる。


古本が代わりに言った。


「憶測ではない。記録だ。街で事故が出ている。必要か不要かは、現象が決める」


警備員の目が細くなる。


「……気をつけて」


気をつけて、は脅しにもなる。


地上に戻ると、霊気灯が一拍だけ弱まった。


またか、と西野は思う。

思った瞬間に、視界の端に細い線が走りそうで、すぐ足元を見る。


線は見えない。

代わりに、遠くで救急車のサイレンが鳴っている。


古本が歩きながら、封筒の中のコピーを一枚だけ抜き、確認した。

欠けた名前。式名。署名。


「泉□道」


西野が言う。


「……これ、次は固有名になるやつだろ」


古本は短く答えた。


「固有名にする前に、逃げられない形にする。——黒塗りの外側から詰める」


西野は、駅前で倒れた人の映像が頭をよぎるのを追い払った。


志乃の軋みも。

「戻して」の声も。

全部が、この紙の線へ繋がっている気がして、吐き気がした。


古本が最後に言った。


「“意識保全”が設計に入っているなら、戸塚の現象は偶然じゃない。——誰かの計画だ」


計画。

その単語の重さが、二人の足を少しだけ速くした。


街が見始めた今、掘るのが遅れれば、線のほうが先に形を持つ。

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