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第2章――運命の最初のグリッチ

彼らは言う。

亀が勝つのは、兎が怠けたからだと。

だが誰も問わない。

――もし兎が、最初から走ることを選ばなかったら、どうなるのかを。

通りを歩く足取りは遅いのに、私の視線はずっと彼を探していた。

今回は、捕まるだろうか。

……それとも、やはり無理だろうか。

たしかに彼の方が強い。

だが――速いわけではない。

「パパ、今日の雲、すごく大きいね!」

「そうだな、そうだな。いい雲だ、坊や」

父親と一緒の子どもが通り過ぎ、空の雲に見とれていた。

それにつられるように、通りの人々も空を見上げ、雲の奇妙な形に気づく。

――『いい子』、ね……。

別に私の用事じゃないけど、

あそこまで甘ったるいと、正直息が詰まる。

気づけば、私はその子どもを見つめていた。

父親と一緒で、楽しそうに笑っている。

おかしな話だ。

それだけで、胸が少し締めつけられた。

〈エデン、聞こえるか?〉

左耳のイヤーピースから、レイの声がノイズ混じりに響いた。

「聞こえてるよ、レイ。状況は?」

私は囁きながら、すでに通りを見渡していた。

〈かなり近づいてきてる。警戒しろ〉

「了解」

指でイヤーピースを叩き、口元に鋭い笑みが浮かぶ。

感じる――

奴の気配。

「来るな……」

「エデン!!! グラアアアア!!」

――ドォォォォン!!

さっきまで私が立っていた場所が爆ぜた。

巨大な拳が通りを叩きつけ、クレーターが生まれる。

周囲の人々が、当然のように悲鳴を上げて逃げ出した。

衝撃が届く寸前、私は影響範囲から滑り出る。

「ツイてるなぁ、クソ野郎!」

「シン……」

あの乱暴な口調を聞いて、苦笑が浮かぶ。

だが思考を振り払い、指を鳴らした。

「生まれつきだよ、兄弟」

――パチン。

紫のエネルギーが広がり、周囲に結界を形成する。

これなら――

しばらくは、殴り合える。

「ははっ! 幻界イリュージョンド・レルムか!

さすが俺の兄貴!」

シンは黄色い電流を纏いながら、興奮気味に叫ぶ。

「第二階層は骨が折れるだろ?

それにしても、口調どうした? ガキ」

愚痴みたいな言い方だったが、

この第二階層で、シンの雰囲気は完全に変わった。

長引けば長引くほど、まずい。

シンは簡単には暴走しない――

だが、ひとたび制御を失えば、

この通りは無事じゃ済まない。

〈なあエデン、もう九時だぞ〉

〈だからさ……さっさと片付けて戻ってきてくれない?

初日から遅刻したくないんだ〉

「うるせぇ! 遅れねぇっての、レイ!

落ち着けや!!」

シンの怒鳴り声が、イヤーピース越しに響く。

レイの言葉に、眉がピクリと動いた。

――『はぁ……今日はこのバカを叩き直せると思ったのに』

決着を早めるのは癪だった。

だが……仕方ない。

「分かったよ」

ため息をつき、右腕を上げる。

「それでこそだ、相棒!」

シンはニヤリと笑い、橙色の瞳が太陽光を反射して輝く。

――嫌な予感しかしない。

レイの思惑通りには、終わらなそうだ。

「パルサー」

命じると、周囲の空間が歪み、粒子が激しく渦を巻く。

そして凝縮され――

濃い深紅の大鎌へと形を成した。

「すげぇ! 一気に全部吸収したのかよ!」

シンが口笛を吹く。

「でも鎌? 剣とかでも良かったんじゃね?」

「却下。つまらん」

舌を出し、柄を強く握る。

……いや、これは凄まじい。

物質を、ここまで“伝説的”な形にしたのは初めてだ。

深紅のエネルギーが滲み出し、

空気そのものを歪めている。

視界が揺れた。

目の奥が熱を帯びる。

……瞳、赤くなってるか?

正直、分からない。

「来い!」

シンが吠え、全身に黄色い電撃が走る。

次の瞬間――

彼は、私の真上にいた。

その角度から見る彼は、まるで巨人だった。

紫の髪が雷を散らし、獲物を叩き潰さんと落ちてくる。

「……今日は、違うな」

口元に笑みが浮かぶ。

興奮でも、狂気でもない。

――確信だ。

私は知っていた。

獲物じゃない。

――捕食者だ。

「……?!」

シンの体が、空中で硬直する。

瞳孔が縮み、電撃が乱れる。

本能が叫んだのだ。

理解できない“何か”を。

――恐怖。

その隙を逃さず、思考より先に腕が動く。

鎌が空を裂き――

彼の胸を薙いだ。

「グァ――?!」

血が飛び散り、

衝撃で彼の体が弾き飛ばされる。

鈍い音を立てて、通りに叩きつけられた。

「クソが!!」

……まあ、そうなるよな。

一瞬で立ち上がり、

シンは両手を奇妙で硬質な構えに組んだ。

――マズい。

この構えは知ってる。

「ダーク・スカー」

声が低く、重く落ちる。

瞳の光が消え、鋭く空虚になる。

そして――

空が裂けた。

黄色。

巨大。

不自然なねじれ。

空間そのものが引き裂かれたようだった。

空気が悲鳴を上げる。

それは、攻撃ではない。

――全てを喰らい尽くす“何か”に見えた。

風が内側へ引き込まれ、

砂も音も吸い寄せられる。

コートが叩きつけられ、

胸が圧迫される。

「……はぁ」

私は裂け目を見つめ続けた。

そこから――

翼が現れる。

鳥など比べものにならないほど巨大な翼。

実体はない。

幻影に近い。

「そうだ! そうだ!!」

シンが狂喜する。

「感じるだろ!? これが“本物”――」

風が言葉を引き裂いた。

嵐が生まれる。

……やばい。

本当に、呼び出しやがった。

真なる神話存在ではない。

だが――残響だ。

巨大な鳥の影。

だが、体躯は人間。

『……あれは……?』

鎌を握る手に、自然と力が入る。

……間違いない。

存在感だけで、圧倒される。

翼が多すぎる。

鳥でも二枚だ。

――七枚以上。

神話と呼ばれる理由が、よく分かる。

背筋に冷たいものが走った。

「……決めさせるかよ」

裂け目の口が開く。

音はない。

だが次の瞬間――

見えない咆哮が、通りを平らにした。

「うわっ?!」

シンですら、よろめき、鼻血を流す。

当然だ。

長くは保てない。

「……よし」

舌打ちする。

「遊びは終わりだ」

私は、振るった。

怪物が閃光のように迫る。

圧倒的な圧力――

だが、その奥で、何かが湧き上がる。

見えない。

名もない。

――だが、確かに“俺のもの”。

影が歪み、

翼を持つ異形として剥がれ落ちる。

冷気が腕を走り、

歪んだ存在が裂け目へと突き上がった。

次の瞬間――

激突。

警告も、間もない。

圧力が爆ぜ、

私は地面に叩き伏せられた。

「俺が勝つ!!」

シンの口から血が溢れ、

白目を剥く。

「させるか!」

〈エデン! シン! もう九時半だ!!〉

「黙れ!!」

二人同時に叫び――

――ドォォォォォン!!

爆発が、全てを呑み込んだ。

光が歪み、

音が消え――

白。

重さも、痛みもない。

ただ――

迫る静寂。

*****

「元気そうじゃないか」

――誰だ?

どこにいるかも分からない。

見えるのは、誰かの唇だけ。

「ずいぶん早く育ったな」

旋律のような声。

闇には優しすぎる。

「今日、ついに――」

何を?

「ふふ~」

柔らかな笑い声。

聞き取れない言葉。

再び、闇が覆った。

*****

「……うぐっ」

目を開く前に、呻き声が漏れる。

全身が痛い。

どこもかしこも。

こんな結末になるなら、

最初から断ってた。

「――ご、ごめん!!」

――ドン!

「ぐぇっ?!」

ベッドから転げ落ちた。

……やっぱり。

寮だな。

「レイ、怒ってるか……」

立ち上がりながら呟く。

罪を犯せば、罰を受ける。

それは俺も――俺たちも同じだ。

廊下をそっと覗く。

「何度言えば分かるんだ!!」

レイが怒鳴る。

「もう一時間も遅刻だぞ! 初日だぞ!!」

「す、すまん……」

シンは床に座り、

叱られる子犬みたいだ。

……自業自得だな。

「でもさ」

私は軽く言った。

「説教してる時間の方が、無駄じゃない?」

――あ。

やっちまった。

沈黙。

「……お前……」

炭火みたいなレイの瞳が、私を射抜く。

……死んだ。

「エデン・クレストフォール!!」

眼鏡を直し、

怒涛の説教が始まった。

私は無意識にシンの隣へ座る。

癖だ。

こうして――

さらに三十分が、説教に消えた。

*****

全速力で飛び、

何とか学院へ向かう。

最悪、式典を逃すくらいだ。

一時間二時間なら、問題ない。

……少なくとも、俺たちには。

だが、ある一人には――

大問題だった。

「神様ぁぁ……!!」

学院門前で立ち止まり、

レイが頭を抱える。

「戦闘狂二人が、あんな馬鹿なスパーをしなければ――!」

シンと私は黙ったまま。

同時に浮かんだ思考。

――『説教がなければ、間に合ってた』

……言わない。

命が惜しい。

学院に入る。

《ミスティック・ウォーカー養成学院》

世界屈指の名門。

神秘教育の頂点。

「……ここが……」

レイが大きく息を吐く。

「俺の、運命だ」

「大袈裟」

「実にドラマチックだな」

シンも頷く。

「二人とも黙れ!!」

「おい、そこの三人!」

鋭い声。

教授が眉をひそめて歩いてきた。

「も、申し訳ありません!」

レイが即座に頭を下げる。

「不可抗力で――」

「スパー」

私は呟く。

肘が肋骨に突き刺さる。

シンは全く聞いていない。

キャンパスを見回し、目を輝かせている。

「……すげぇ。誰が一番強いんだろ」

ため息。

初日から、もう次の戦いか。

――カァ! カァ! カァ!

……?

左を見る。

一羽じゃない。

二十羽以上。

像の上に、群がっていた。

そのうち一羽と――

目が合った。

――見られている。

カァァァ!

一斉に飛び立つ。

「……何だ?」

だが、不気味だったのは――

鳥じゃない。

座っていた“それ”。

――ゼロの像。

一瞬、何かに引き寄せられる感覚。

――気のせいか?

ギシ……

「……え?」

喉が詰まる。

像の目が――動いた?

ᚺᛖᛖᛞ᛫ᛗᚢ︍᛫ᚲ︍ᚨᛚᛚ,᛫ᛟᚺ᛫ᛗᚢ︍ᛊᛏᛁᚲ︍᛫ᚷᛟᛞ

奇妙な詠唱が、頭の中に響く。

頭蓋が割れそうだ。

「……デ……ニ……グロ……」

言葉が、勝手に零れた。

汗が噴き出す。

ダメだ――

死ぬ。

考えるな――

「大丈夫か?」

「――はっ?!」

シンの声で、現実に引き戻された。

「だ、大丈夫……」

無理やり笑う。

「行くぞ」

レイが言い、二人は中へ。

数秒遅れて、私も歩き出す。

像を振り返り――

視線を引き剥がす。

それでも、感覚は消えない。

――誰かが、見ている。

〈FATE SIMULATOR―観測ログ〉

[対象ID:???]

[異常種別:ZERØ-ECHO ― 活性]

[副次反応:未知の影響干渉]

[時間軸同期:失敗]

[脅威度:未▯▯定]

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