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プロローグ――二柱の神が堕ちた日

本作を手に取っていただき、ありがとうございます。

――この物語は、英雄の物語ではありません。

正義が必ず勝ち、悪が必ず裁かれる、そんな約束もありません。

ここに描かれるのは、

終わりを選んだ二柱の存在と、

その選択が世界に残した“歪み”の物語です。

なぜ世界は壊れたのか。

なぜ神は堕ちたのか。

そして、なぜ「運命」は人を縛るのか。

プロローグで描かれた戦いは、

この物語の終点であると同時に、始点でもあります。

ここから先に語られるのは、

その“後”に生まれた者たちの物語。

過去の遺志に触れ、

抗い、迷い、選択し続ける者たちの物語です。

もしあなたが、

「決められた未来」に違和感を覚えたことがあるなら。

もしあなたが、

「それでも選びたい」と願ったことがあるなら。

この物語は、きっとあなたのそばに立つでしょう。

――それでは、

《Fate Simulator》の世界へ。

「地獄」という言葉では、燃え尽きる大地を語るには足りなかった。


戦場には、数百万の叫びが木霊していた。

勇敢に戦い続ける者の咆哮。

四肢を失い、苦悶に喘ぐ者の悲鳴。

そして――救いを乞う、魂の絶望的な祈り。


男たちは、毎時何千と死んでいった。

だが、誰一人として救いに来る者はいない。


そのすべての中心に、一人の少年が立っていた。

――もう、十分だと決めた少年が。


「……もう、終わりだ」


北の方角から、静かでありながら揺るぎない声が響いた。

全身を深紅に染めた男が、一息つくように呟く。


長い赤刃の大鎌――その柄を握る両手は痛みに震え、血が伝って滴り落ちていた。

それでも、男の握力は緩まない。


「遊びは、ここまでだ」


その言葉には、誰も口にすることのなかった“真実”が宿っていた。


男の蒼い瞳が前方を捉える。

そこに立っていたのは、燕尾服に身を包んだ半人半獣――

右手は腰元に添えられ、左手は鴉の頭部の前で構えられている。

まるで、今にも何かを発動させるかのように。


「終わりを決めるのは、この私だ――ゼロ」


鴉の鳴き声のように、ざらついた声が空気を裂いた。


「……いや」


少年――ゼロは、軽く息を吐き、淡い茶色の髪を無造作にかき上げる。

彼は、暗色の結晶で覆われた一枚のカードを取り出した。

そこには、正体不明の存在が描かれている。


カードを前に掲げると、口元に静かな、しかし歪んだ笑みが浮かんだ。


「最終幕の時間だ。――言い残すことは?」


「ない」


瞬間、鴉の男が手を掲げる。

彼の右腕に、半身ほどもある精巧な青い杖が具現化した。


杖を強く握り、身体の周囲で一回転させる。

右脚を前に出し、杖の先端を脚に添えて構える。


「ならばやれ、ゼロ」


次の瞬間――

彼の姿は掻き消え、刹那で少年の眼前に現れた。


「終わりは来る! だが――貴様のだ!!」


だが。


「……そうかな」


警告を無視するかのように、ゼロは目を閉じたまま動かなかった。


その瞬間、世界が歪む。


灼熱の炎は蒼炎へと変わり、

戦場を満たしていた咆哮や悲鳴は、笛のような反響音と共に消え失せた。


時間が、凍りつく。


鴉の男の動きは、まるで粘性のある空気に囚われたかのように遅延し――

ゼロの周囲に、黒と蒼が交じり合った炎が凝縮し、瞬く間に彼を包み込んだ。


「な――!?」


鴉の男は、自身の動きが鈍化していることを理解しながらも、何もできない。

宙に縫い留められたまま、完全に停止した。


「俺は……ミスティックマスター……ゼロだ」


反響する声と共に、ゼロの蒼い瞳が完全な漆黒へと沈む。


炎は天を突き、闇に覆われた空すら呑み込もうとする。


「これは……新たな《クリストカード》……?」


宙吊りのまま、鴉の男が呟く。

蒼炎は、まるで飢えた獣のように彼へと迫る。


炎の中心――

ゼロは目を閉じたまま、静止していた。


やがて、ゆっくりと瞼が開かれる。


蒼の瞳孔は崩れ、黒い光の粒子となって散り――

残ったのは、完全な虚無の眼。


カードが砕け、黒き炎となって彼の身体を覆い尽くす。


炎が晴れた時、ゼロの姿は変貌していた。


骨のように白い肌。

頭部は肥大し、半球状へと変形――

次の瞬間、ローマのコロッセオを思わせる輪郭を成し、

七つの白き門が刻まれる。


彼の傍らにあった大鎌は、七色の光に分解され、

七本の恐るべき刃となって――

その“門”の内へと吸い込まれていった。


「……ふぅ」


長い吐息と共に、ゼロは両腕を顔の前で交差させ、

指先が冷たい素顔をなぞる。


「跪け」


囁くように、しかし確かに。


「デニグロス。……時だ」


ゼロは頭部から赤き刃を引き抜き、身体の周囲で旋回させる。

刃を包むのは、威圧的な深紅の炎。


「……これしか、終わらせる方法はない」


空を仰ぐと、彼の唇に微かな笑みが浮かんだ。

それは――この戦争で失った、最愛の誰かへ向けられたもの。


既に灰となった存在へ。


「……待っててくれ」


誰にも届かぬ言葉。


そして、刃をデニグロスへ向け、嗤う。


「準備はいいか?」


「……お前……」


身体の制御を取り戻したデニグロスは、静かに立ち上がる。

ゼロの意図を理解したかのように、溜息をついた。


鴉の瞳に、諦観の影が宿る。


「……いいだろう」


杖を強く握り締め、咆哮する。


「すべてを――ここで、永遠に終わらせよう!!」


「それは、俺の台詞だ」


次の瞬間。


二つの存在は宙へと跳び、

武器が交錯し、赤い火花が爆ぜた。


衝撃波が戦場を再び引き裂く。


「見事な覚悟だ、ゼロ」


デニグロスは嗄れた笑い声を上げ、後方へ跳ぶ。

指先で杖を弄びながら。


「……やはり、見誤ってはいなかった」


二人は空中で向かい合う。

重力さえ、介入を躊躇うかのように。


灰の渦が二人を隔て――


そして、動いた。


赤の軌跡。

蒼の閃光。


交錯する、最後の運命。


――轟音。


戦場は砕け散り、地と鎧が宙を舞う。

だが、その只中で、二人の視線が交わった。


そこに、憎しみはなかった。

殺意もなかった。


ただ――理解だけがあった。


一瞬のきらめき。

しかし、それは十分だった。


煙の中で離れていく少女の手。

果たされなかった約束。

二度と戻らぬ笑い声。

荒廃した戦場。

失われた名。

未完の人生。


最初に異変を感じたのは、ゼロだった。


胸の奥に走る痛み。

カードの本質が、嵐の中の灯火のように震える。


皮膚に走る、銀色に光る亀裂。


同時に、デニグロスのカードも悲鳴を上げた。

杖の宝石が激しく点滅し、亀裂が走る。


二人は悟った。


そして、誰も退かなかった。


「……これでいい」


ゼロが、空に向けて囁く。


「……俺たちで、終わらせる」


デニグロスは一度だけ頷いた。


「……悔いはない」


最後の一撃。


世界が、悲鳴を上げた。


――CRRRRAAACK――!!


カードは砕けた。


破片ではない。


眩い光の奔流となって、炎も、音も、戦場さえも喰らい尽くす。


白き光が、すべてを包み込む。


優しく――だが、容赦なく。


戦争も、灰も、叫びも――

存在そのものさえ、消し去って。


沈黙だけが残った。


二つの影は、共に溶けるように消えていった。


堕ちるでもなく。

砕けるでもなく。


ただ――去っていった。


死か、再生か、虚無か。


それを知る者は、もう誰もいない。


――――


遥か遠く。


戦争にも、砕けたカードにも触れぬ場所で、

一人の新生児が産声を上げた。


戦場の咆哮に代わり、静かな家庭の空気が満ちる。


母親は微笑み、囁く。


「元気な声ね……」


赤子が目を開いた。


普通の、人間の瞳。


朝の空のように、柔らかく。


だが――


別の世界の片隅で、

もう一人の子供が、静かに瞬きをした。


泣かない。


ただ、見る。


その沈黙に、助産師は不安を覚えた。


一瞬。


蒼から黒へと変わる、不吉な光が瞳をよぎり――


消えた。


二つの誕生。

二つの始まり。


意味を持つか――

あるいは、持たぬか。


世界は、自らの失われた伝説を知らぬまま、

今日も回り続けていた。





ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

プロローグという形ではありますが、

この章は単なる導入ではなく、

物語の核心を先に見せるための章として書きました。

ゼロとデニグロス。

二人は「勝者」ではありません。

彼らは、自分たちで終わりを選んだ存在です。

そして、その選択は決して美しいものではありません。

正解でも、正義でもありません。

ただ――

「誰かに委ねるのではなく、自分で終わらせた」

それだけのことです。

この物語は、

運命に抗う話ではありません。

運命を否定する話でもありません。

運命と向き合い、それでも選ぶ話です。

この先に登場する主人公たちは、

ゼロほど強くなく、

デニグロスほど覚悟もありません。

迷います。

間違えます。

怖がります。

それでも、

“選ばされる”のではなく、

“選ぼうとする”存在です。

更新はゆっくりになるかもしれません。

ですが、一章一章、

「書く意味のあるもの」だけを積み重ねていくつもりです。

もしよければ、

次の章も見届けてください。

世界がどこへ向かうのか。

そして、誰が“次の選択者”になるのかを。

――また、次の章で。

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