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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

パラレルワールドに来たので朝起きたら女になっていた

作者: 灰無りよ
掲載日:2025/11/22

 流星群がよく見える夜だった。


 数十年か数百年に一度だかにしか降らないそれを多くの人が少しでも見ようとしたのか、住宅街にも関わらず辺りは真っ暗で、空をすうっと横切る流星がいくつも見えた。


 自室の窓を少し開け、手元の携帯で(しゅう)と静かに通話を繋ぎながら、「あ、また流れた」『流れたなぁ』なんて取り留めのない会話をすることがこの上なく楽しくて。


(いつき)はさぁ、流れ星に何を願うんだ?』


 だから、修の質問に少々面食らってしまった。

 思わず、ずっと見上げていた首を戻して、音声だけが繋がっている液晶に視線を向ける。

 いつもと変わらない通話画面からは、いつもと同じトーンの声が出ていた。


「え、お前そんなロマンチストだったっけ」

『いや、こんだけ降ってたらなんか叶いそうな気ぃしてくるじゃん』

「まあ、たしかに?…………そうだな、でも特にないかも」

『マジ?欲ねぇなぁ』


 欲が無い、とは酷い言い草だなと思った。

 人並みの男子高校生として、日頃からそれなりにあれがしたいこれがしたいといった欲求は持ち合わせている。

 ただ、それらはわざわざ流れ星に願うほどのことではなくて、この美しい情景を前に釣り合うものを俺は持っていなかった。今のままで十分満ち足りているのだ、とふと思って、ああもう幸せなんだな、とすとんと腑に落ちた。


 窓枠のサッシに頭を傾けながら、何も気負うことなく言葉が滑り落ちた。


「だってもう幸せなんだよな。こうしてさー、いつまでもお前とダラダラ喋りながら、綺麗な物見てさ。ふつーに今が一番楽しいわ」


 言ってから、腐れ縁の男相手に何を話してるんだよと冷静な部分が咎めてきて、嫌な汗がじっとり背中に湧き出た。

 当然のように、電話口からはにやにやとした声音が響く。


『…………うっわ、俺のこと好きすぎん?』

「いやうぜー。今の言葉取り消すわ。てか自分でも言い過ぎた。なんだよ幸せって」

『だはは、照れんなって』

「ムカつくなー、そういう修はどうなんよ。なんか願い事あんの」


 本音が故の恥ずかしさを誤魔化すように尋ねると、液晶越しに少しの沈黙が届いて、それに違和感を覚える前にいつも通りの明るい声が返ってきた。


『俺もなかったわ!俺もさぁ、もう幸せだった』

「うっざ。うざすぎる」

『だはははは、いやでもガチよ、ガチガチ。樹と居んのがいっちゃん楽しいって』

「まあ、楽しくなきゃこんな夜中に男二人で流星群見ながら通話なんてしねーか」

『いつまでもくだらねー話してぇなぁ』

「同感、あー、大学受験が今から憂鬱だわ」

『一緒の大学行こうねェ、樹くん……!』

「きめ〜」

『だっははは』


 段々と増す声量が近所迷惑になりそうだったので窓を閉めて、修と話しながらその晩は眠りについた。

 何かを願うことはせず。

 綺麗な筋を描いて流れていく星々が脳裏に濃く映っていたからか、やけに深く、深く、深く、眠りに落ちて。




 朝、目が覚めると女になっていた。




 いつものように目が覚めて、いつものように服を脱ごうとしたとき、言いようのない気持ち悪さを覚えた。

 自分の腕ってこんな細さだったっけ、自分の胸はこんなに膨らんでいたっけ、自分の髪はこんなに長かったっけ、そもそも、自分は男ではなかったか?


「………………!?!?!?」


 体を慌ててまさぐり、今の自分がどうなっているのか確認する。柔らかく、細く、しなやかなそれらは、どう足掻いても男のものではない。というか、男だったらあるはずのものがない。無くなってしまっている。


「ど、ど、どういうことだ……?」


 自分の声帯から出たはずで、自分の声だと認識しているにも関わらず、これまでの低さとは異なるそれ。


 吐き気を伴うような混乱に、思わずベッドに逆戻りし、よろよろと布団に倒れ込んだ。


 何が起きているんだ。昨日の夜、流星群を見て、寝て、起きたら女になっていた……?いや、それだけじゃなかったような。何かとてつもなく衝撃を受けた記憶があって、んん?でもただ修と話をしただけじゃなかったか。

 ダメだ、頭がぐるぐるして上手く働かない。


 自室を薄目で確認すると、紛うことなくそこは自分の部屋なのだが、そこかしこになかったはずのものが存在し、あったはずのものが存在していない。


 勉強机の上のビニール袋は昨日買ったルーズリーフが入っているはずだが、これはどっち(・・・)の記憶だ?


 どういうわけか、今の俺の脳には、男として生きてきた記憶と共に、自分のこれまでの人生をそのまま性別だけ女に入れ替えた記憶が二重になっていた。

 これは現実なのだろうか?

 夢でも見ているのか?


「わけわっかんねー……」


 高い声に男の俺は違和感を覚えているのに、女の記憶がこれは己の声だと訴えてくる。


 もしかして性別が異なるパラレルワールドに意識だけ飛んじゃった的な?


 だって、どう見たってこの部屋は女の俺が住んでいた様子なのだ。選んでいる家具が殆ど同じだからこそ、細かな差異がいやに目につく。

 そして、それらを選んだ記憶もきちんと女の俺の記憶の方に残っているのだ。


 順当に考えるなら、ここは、この世界では、俺が女である方が正しくて、男の俺は明らかに異物だった。

 でも、今の俺は男だった。体は女の俺だったが、意識は紛れもなく男。

 これまで16年間男として生きてきて、これからもそうであると疑ってこなかった意識。


 しかし、同時に女であった、いや今は最早その女であるのだが、記憶も存在しているせいで、アイデンティティがガッタガタに歪んでしまっている。どちらも俺なのだが、性別が違うというだけでこんなにも変わるものだったのか?


 一人分の、俺ではないのに俺のものである記憶に脳の容量が圧迫され、部屋を見ているだけで正気を失いそうになったので、大人しく目を瞑ってベッドの中で蹲る。


 わからん。

 わからんときは寝るに限る。

 起きてたってどうしようもない。

 今日くらい休ませてくれ。

 こちとら起きたら性別がまるっきり変わってたんだぞ!?

 ただしこの世界ではそれが正常で、俺が男だったと言い出したら逆に俺の頭がおかしいことになるのである。狂っちゃいそう。

 いやもうおかしくなっているのかもしれないが。

 なんで性別変わった世界に来てんの?いつものように寝ただけなんだが?俺は男なんだが?でも今は女ですよね?どういうこと?俺が一番聞きてえよ!


 記憶の混濁は気持ち悪いし全然寝れないしで、しかめっ面をしながらうんうん唸っていたら、いつまでも降りてこない俺を心配した母親が部屋をノックしてきた。


「樹ー?どうしたの、朝ごはん出来てるよ?」


 優しい声に、メンタルズタボロの俺は思わず縋り付きそうになったが、必死で頼りたくなる心を押さえつけた。この母親にとっては俺が娘である方が当たり前というか、そもそも娘が息子になっている可能性なんて一ミリも想像していないだろう。俺だって今朝になるまでそんなこと一切考えてなかったのだ。

 母親を傷付けたくないし、母親に理解されないことで傷付きたくもない。


 今必要なのは落ち着くための時間だけだった。

 俺はどうにか言葉を絞り出した。


「………………きょう、むり」

「え、体調悪いの?熱は測った?」

「測ってない……」

「お母さん部屋入るよ?」

「いま、むり……」

「だって熱測ってないんでしょう」

「たぶん、ない……めっちゃきもちわるい、だけ」

「ええ?とりあえず、高校に休みの連絡だけしとけばいいの?行けそうなの?」

「休みって、言っといて……」

「わかった。吐くんだったらトイレ行きなさいね。バケツとか用意しといた方がいい?吐き気止めは?」

「いらない、ありがとう……」


 優しさが身に染みる。

 涙腺がバカになったのか、涙が溢れ出て鼻声になりかかっている。


「……なんか本当に心配になってきたけど、部屋は入っちゃダメなのね?」

「うん、ごめん、むり」

「はあ……お母さん仕事行くけど、何かあったら連絡してよ。有給まだ残ってるし、すぐ帰って来れるから」

「う゛ん」


 男のときよりもやや心配性な母親、いやいつも通りの母親?ああこれは女の記憶か、が去っていったのを感じながら、俺はだらだら涙を流していた。滂沱の涙ってこのことなんだな、とふと思った。

 悲しかったのではない。苦しかったのでもない。心配された嬉しさ、だけでもない。

 なんて言えばいいんだろう。


 あ、喪失感か。


 母親なのに、母親ではない。俺が16年間育てられた母親ではないのだ、あの母親は。

 でも育てられた記憶がある。俺は女だったから。いや、男だった。男の方が過去だった。

 気持ち悪い。

 なんだこれ。

 夢なら早く覚めてくれよ。


 吐き気が止まらなくて、苦しくって、なんかもう全てを放棄したい。何も考えたくない。こんなの俺のいる世界じゃない。男に戻りたい。戻らせてくれ。でもどうやって?


 ─────ピコンッ。


 ずぶずぶと沈みそうな意識の外から、急に機械音がした。

 携帯の通知だ。


 のろのろと指で携帯を引き寄せて、着信元を見る。


 誰だよ。って、修か。

 いやでも、修は……。

 女の記憶が何かを思い出そうとして、思い出せずにふわりと空を掴んだ。なんなんだよ。


 曖昧な記憶を振り払うように視線を動かし、液晶に浮かんだ文言を見て、思わずガバッと起き上がった。


『急に変なこと聞くけど、男の記憶持ってる?』


 持ってる。

 持ってる持ってる持ってる!!!


 修もこのパラレルワールドに来てたってことか!?


 俺は焦る気持ちを抑えながら、震える手で携帯に打ち込んだ。


『もってる』

『ここてなに』

『パラレルワールド?』

『女になつてんたまけど』

『しゆうは男だってわか?』


 ああもう手が震えて覚束無い!誤字だらけだ!

 俺が苛立ちを込めてもう一度打ち直そうとしたら、修から通話が掛かってきた。声の方が手っ取り早いと判断したのだろう。

 俺は一も二もなくそれに応答する。


「修!修だよな、修だよな!?俺って男だったよな!?」

『うお、荒れてんな。男だったよ、少し落ち着け』


 変わらぬ修の声に安堵して、更に涙がぶわりと出てきた。ああもう、本格的に涙腺がおかしくなっているらしい。俺ってこんなに涙脆かったっけ?

 ごしごしと袖で目元を拭いながら、俺は必死で修に訴えかけた。


「う、う゛ん、お、俺わけわかんなくて……」

『こっちも混乱してるけど、多分樹ほどではないっぽい』

「俺なんか性別が変わってんだよ当たり前だろ!!!」

『キレるなキレるな。てか今部屋か?今日休むってこと?』

「こんな状態で行けるわけない……いや、体的には健康なんだけど記憶がやばくて気持ち悪い。頭ん中が男の時と女の時のでごっちゃごちゃしてんの」

『そっか、俺は普通に学校行ってるから、放課後にプリントとか持ってくついでに家寄るわ。とりあえず今は寝とけ』

「たすかる……流石俺の親友。愛してる……」

『だはは、は、……あー、のさ、樹?』

「なに?」


 我ながら弱々しい声が出たな、と思った。

 それに修はうぐっと唸ったあと、躊躇うように何度も言葉を詰まらせていたが、暫くしてひとつ大きく息を吐いた。


『いや、悪い。これも放課後に話すわ』

「なんだよ、気になるだろ」

『多分、今の樹の精神状態じゃ余計混乱すると思う』

「ええ、何……?怖いんだけど」

『とりあえず、落ち着くためにも今は何も考えんな』

「……わかった。連絡してくれて助かった。ありがとう、修」

『どうってことねぇよ、親友だろ』

「ふは、恥ずかしいやつ」

『幸せって素面で言うやつに言われたくねーわ』

「うるせーよ」

『だはは、じゃあ切るわ。……あー、いや、不安だったら繋げっぱにしとくけどどうする?』

「ううん、大丈夫。寝とくから」

『おっけ、おやすみ』

「うん。おやすみ」


 通話が切れて、部屋がしんと静まり返った。

 ベッド脇に携帯を置いて、俺はもぞもぞと布団に潜り直した。

 混乱は未だおさまらないが、修が男の俺を知っていたというだけで、心がびっくりするくらい軽くなっていた。


 よかった。修がいるなら安心だ。


 摩耗した精神に柔らかな安心感が加わったおかげか、俺の意識はあっという間に眠りに落ちていった。




 目が覚めると夕方だった。

 オレンジ色に暗くなった光が窓から差し込んでいる。


 朝覚えていた気持ち悪さは一応落ち着いて、記憶の混濁もおさまっているようだ。男のときの記憶と女の記憶が上手いこと共存している。ぐちゃぐちゃに散らばっていたのが整理された感じだ。


 すっきりした頭とは反対に、顔面が泣いたせいもあってぱりぱりしていた。洗いに行こうと階下の洗面所に向かう。


 歩きながら、体の節々に違和感を覚えた。

 慣れているのに慣れていない感じ。

 まあ、過ごしていくうちに次第におさまっていくだろう。

 それはつまり、俺が女の体に順応するということではあるのだが。


 修に相談してみようかな。いやでも修も困るかな。


 家の中を裸足で歩くが、人の気配は無い。

 母親はまだ帰ってきていないらしい。携帯に何か連絡が来ているかもしれないから確認せねば。

 濡れた顔をタオルで拭いて、鏡を見る。


 俺だ。

 女の俺。

 見慣れているのに、見慣れていない。

 でもほぼ男の俺と既視感がある。


 俺が女だったらこんな顔になるんだな、という顔。


 男のときと同じく、黒目がちのツリ目に、小さめの鼻と口。細い眉。睫毛は少し長くなっている、のか?

 あと前髪が眉の少し下あたりで揃えられているのが変な感じ。俺は女だとこんな前髪をするのか。

 後ろの髪の毛は肩の下あたりまで伸びている。結構長い。


 腕を伸ばして、手を見てみる。小さい。あんまり関節が強調されていないとでもいうのか。

 爪が深爪気味なのは同じで、俺なんだなぁという感じがした。


 ……胸。鏡で見る分には、膨らみがうっすらわかる程度。形がそこまでわからないのだが、体感的には結構ずっしりきている。胸って重いんだな。

 一瞬揉んでみようか悩んで、怖くなってやめた。もし自分の胸に何も思わなくなっていたら、本格的に男の俺が削れてしまう気がした。


 一通り鏡で自分を見終わったので自室に戻った。


 携帯には案の定母親からいくつか心配のメッセージが届いていたので、だいぶ良くなったと返信しておく。他にも普段高校で一緒にいた女友達……当然ながら女だったので女友達がいるのである、からのメッセージに返信。

 女友達との記憶はある。それなりに仲良くしていたと女の俺が覚えている。

 ただ、これからも上手く付き合えるかは自信が無い。だって、俺男だし。記憶はあるといえど、感情が絶対に変わってしまっている。


 最後、修だ。

 もう学校は終わったらしい。そろそろ来るそうだ。


「了解っと。あ、服、着替えた方がいいか……?」


 男だったときは寝間着でも気にせず会っていたが、女の記憶が流石に異性と会う時に寝間着はちょっと、と言っている。いや、女の俺は記憶があるだけで特に意識はないのだが。


 それにしても、男って言ったって修だぞ?幼馴染で親友の修。というか、もう男が異性に当たるのか。そうか。


 ショックを受けながら、仕方なく服を着替える。

 めんどくさいので、緩めのシャツにジーンズだ。流石パラレルワールドの俺というべきか、服の好みは結構似通っていた。


 着替え終わったタイミングで丁度よくインターホンが鳴った。おそらく修だろう。


 確認してちゃんと修だとわかったので、モニター越しに「今開ける」と告げる。


 ガチャリと玄関を開ける。

 女になって身長が縮んだからか、見上げなくてはならなかった。悲しい。昨日までは同じくらいの背丈だったんだけどな。


「ダッシュで来たから汗やべーわ」


 だはは、と笑う修。

 俺が無条件に安心出来る相手が、いつものように、よっと軽く手を挙げて挨拶してきた。


「よう、上がってくれ」

「樹、体調は大丈夫か?」

「一旦平気。寝たらなんとかなった」

「お前、昔からとりあえず寝たらなんとかなるって言ってるもんなぁ」

「睡眠は偉大だよ」


 靴を脱いだ修を伴って俺の部屋へ。

 修は部屋に入る前に「え、入っていいんか」と聞いてきたが、「何馬鹿なこと言ってんだよ、いいに決まってるだろ」と押し込んだ。重かったので全然動かなかった。女の非力さに衝撃を受けつつ室内に入る。


 いつものように適当に座り合い、鞄を落ち着けた。

 修はきょろきょろと部屋の中を見たあと、不思議そうに呟いた。


「それにしても、変わんないな」

「何が?」

「いや、樹の部屋。男でも女でも似たような感じじゃん」

「まあ、どっちも俺ってことなんだろうな」

「なるほどなぁ。あ、これプリントな。授業のノートもあるから写真撮るか?別にこのまま写してもいいけど」

「おー、ありがてえ。めんどくせーから写真撮るわ」


 机の上に出してもらったノートをパシャパシャ撮り、返却。

 プリントは軽く目を通したところ、緊急のものではなさそうなのでしまい込む。


 一通り学校関係の書類が終わったので、はあー、と大きく息を吐いて、倒れるように机に顔をくっつけた。それを見て修も話す体勢に入ったのか、少し姿勢をズラした。俺の部屋には人をダメにするクッションが置いてあり、基本修が居る時はそこが定位置となっているのだ。


「でさぁ、なんで俺らこの世界に来たんだろ?」

「樹はパラレルワールドだって思ってんだっけ」

「うん。だって、どう見たってここの俺は女だったんだよな。男の俺の方がおかしいっていうかさ。でも、女の俺も俺なんだよ……上手く言えないけど、俺だってわかる」

「それは俺もそうだった。なんていうか、憑依した感じ?いや、憑依とも違うな、入り込んだ……というか、意識が入れ替わった?交換した?」

「そうそう、それがしっくりくる。でもただ交換したんじゃなくて、体の記憶が融合されているというか」

「重なってるんだよな」


 修と言葉をぽんぽん交わしながら認識を擦り合わせる。

 やはり、この世界は元いた世界のパラレルワールドであるんだろう。

 ボタンがひとつふたつ掛け間違えられたような、よくよく似ているけれど異なる世界。間違い探しのようなふたつの世界。

 その中で明確に異なっているのが、俺の性別であった。


「何かあるとしたら、昨日だよな。流星群見た夜。でも、俺の記憶では別に変なことはなかったはずなんだけど……」


 俺がふと呟くと、こっちを何故か唖然とした表情で見ていた修が、じわじわ顔を手で覆った。

 はぁぁーーーと長い溜息も聞こえてくる。

 そのままぐるりとクッションの上で俯せになって、「言いたくねえー……」という呻きまで漏れた。明らかに様子がおかしい。


「え、なに、何?修どうした?」

「樹さぁ、ガチで覚えてねーの?」

「は、え、何を?だって昨日の夜、俺らだべりながらそのまんま寝たじゃん。変なこと……いや確かに幸せだなんだとは言ったけど、それだけでパラレルワールドに行くかよ?」

「違くてさぁ、そっちじゃねぇんだよ……」

「は?そっちじゃない?」


 俺が焦りながら修のもとに近寄ると、手のひらの隙間からこちらを見る視線がいやに強くて、ドキリと心臓が鳴った。


「修?」

「…………なぁ、本当に覚えてない?記憶が混濁してるって言ってたけど、まだごちゃってんの」

「落ち着いてはいる、けど。……修こそ、大丈夫かよ」


 困惑した俺は、修を落ち着かせようと肩に手を伸ばした。

 途端、何故かぐいっと強く腕を掴まれ、自然と修の胸の中に飛び込むことになった。


 女の小さくなった体では、すっぽりと抱え込まれてしまうくらいに体格差がある。悲しい。加えて、力の差もある。しょんぼりする。

 逃げ出すことは難しそうだが、俺は修を心の底から信頼しているので、そのままもぞもぞと上手いポジションに体を落ち着けた。具体的には、修の腰を跨ぐように座り、腕を鎖骨のあたりに置いた。男の時にはなかった胸の膨らみが圧迫されて少し苦しい。

 修の腕は何故か俺の背中に回されているため、強制的に距離が縮まる。


 近くなった距離で、じっと修の目を見つめる。あと10センチほどでくっついてしまいそうだ。男のときにふざけてじゃれ合ったことは幾度もあるが、息が吹きかかりそうな距離を保ち続けたことはないので、少し気恥ずかしい。

 それに、やけに真剣な瞳は落ち着かない気持ちになる。


「急になんだよ」

「この距離でなんとも思わないわけ?」

「だって、俺と修の仲じゃん」

「……あー、男の修のままなんか」

「は?どういうこと」

「いや、さぁ……この世界の俺、さぁ」

「はっきり言えって」

「本当に言っていいのか?」


 修は未だに歯切れが悪いし、なんかどんどん顔色も悪くなっているが、目だけが爛々と力強い。

 若干何を言われるのか怖くなってきた。

 が、ごくりと唾を飲み込んだ。


「…………いいよ。言えよ。ここまで引っ張ったんだし気になるだろ」

「じゃあ言うけど。この世界の俺が、昨日の夜、この世界のお前に告白したの覚えてる?」

「………………はっ?」


 ぱーん、と脳が弾けるように、女の俺の記憶が鮮明に蘇った。


 こ、こここここ告白。

 告白だ。

 告白された。

 告白されたのだ、昨日の夜、流星群を見ながら通話していて、そこで、願い事の話になって、修が、この世界の修は、この世界の俺を女として見ていて、いやこの世界の俺は女なんだけど、そうじゃなくて、付き合う対象として見ていて、恋愛対象として、好きだ、付き合って欲しいって……。


「あ、あ、あ、あう」

「え、樹?大丈夫か?」


 思い出した途端、顔が真っ赤になったり真っ青になったり落ち着かない。修が心配そうに覗き込んでくるし、労わっているつもりなのか頭を撫でられているが、それどころじゃない。頭どころか耳まで擽られているが、え、耳?くすぐってえな何やってんのこいつ?いやそれは今はどうでもよくて!


 なんでこんな重大事を忘れていたんだ女の俺!?!?!?


 しゅ、修から告白されるなんて、想像もしていないことがあったらガチガチに覚えてるに決まってるじゃないか。意識にこびりつくはずだ。思い出さずにはいられないはず、忘れたくても忘れられない。

 余程強くそれを忘れようと思っていない限り!


 あ、そうか。


「忘れたかったんだ……」

「え」

「女の俺は、修のことを友達としか見ていなくて……告白されたことがショックで、もし自分が男だったらずっと友達で居られたんじゃないかと、願って」


 おそらくそれが叶えられた。

 あの、美しい流星群によって。


「……ふむ」

「たぶん、だから俺の意識が女の俺と交換されたんだ、と思う。うん。……?いや、それだと俺だけしか意識が交換されないはず?なんで修もパラレルワールドに来てるんだ?」

「だって、俺も願ったから」


 え、と息を漏らした俺を強く抱き締めてきたため、胸板にぎゅうと顔が密着した。硬い。男の体だ、と思った。

 そろりと視線を上げると、この上なく優しい眼差しをした修と目が合った。


「樹が好き」


 昨日ぶり、2回目……いや、この修(・・・)からは初めての告白だった。


「大好きだから、ずっと一緒に居たい。それで、叶うなら……この気持ちが報われる世界に行きたいって、願ってた。ごめんな、樹」


 謝られると、困る。

 困ってしまう。

 修には、笑っていて欲しいと思ってしまう。


 今日、急に女になって、頭がぐちゃぐちゃになって……その中で唯一、修にだけ心をさらけ出せた。


 元の俺を知っている、この世界でたった一人の人間。


 信頼してて、大好きで、そんな相手からそれ以上の気持ちを寄せられて、嬉しくなっている俺がいた。


「そんなの、知らなかった」

「言わなかったし」

「言えよ」

「だはは、言ってよかったのか?」

「……寂しいじゃん。言われたら、真剣に考えるよ、俺」

「この世界の樹は逃げ出したのに?」

「パラレルワールドだし。俺だけど、俺じゃないから」

「それもそっか。俺が好きになったのも、こういう樹だし」


 ぼっ、と自分の顔が赤くなるのがわかった。


「はっっ……ずかしいこと言うな!?お前!!!???」

「好きだよ、樹。付き合って」

「待て待て待て、急にくるな急にくるな!!!」

「押したらいけそうだなって」

「やめろやめろやめろバカ、俺は今精神が弱ってるんだぞ」

「よく言うじゃん、傷心に付け込めって」

「鬼畜の所業だろそれ!」

「でも真剣に考えてくれるんだろ?」

「考える!考えるから!待て!少し待て!!」

「おー、いっぱい考えてくれ」


 だはは、といつものように笑う顔に、不本意ながら少し安心してしまったのも事実で。


 さっきから強く修に抱き締められたまま、このままいくとあっという間に流されてしまいそうだ、なんて思った。

 だって、こいつと居ると安心して、俺がすっぽり収まってしまう腕の中はやけに暖かいものだから。


 片腕でぎゅうと抱きしめられ、もう片方の手で優しく頭を撫でられる。体の前面が密着してぽかぽかするし、これでもかと甘やかすような触れ方は心地がいい。


 修に頭を撫でられて若干ぽやぽやした気分になっていたが、そこではっと気付く。


「あっ、やばい、たぶん今日母さん早めに帰ってくる!」

「ん?別に、学校のプリントとか届けにきただけだし、何も疚しいことはないだろ?」

「今の体勢がやばいって話なんだけど?」


 人をダメにするクッションの上に半ば寝転がる修と、その上に跨るようにして抱き締められてる俺である。


「俺は樹と密着できてめちゃくちゃ嬉しい。男の樹も抱きつくと心地よかったけど、女の樹も柔らかくて良い」

「え、何?男のときもそういう目で見てたんかお前?」

「当たり前だろ、何言ってんだ。もう告白忘れたのかよ、悲しいなぁ」

「何言ってんだはこっちの台詞なんだけど、いいから離れろ!今の俺は不本意ながら女なんだぞ!?お前とこんだけ近い距離にいたら付き合ってるって思われるだろ」

「いいじゃん、付き合おうよ」

「真剣に考えるっつったろバカ」

「だははははは、樹のそういうところが好きだよ」

「なっ、バッ、…………とにかく離れろ!」

「はいはい」


 ようやく腕を離されたので、そろりと後ろに下がる。

 それ以上修がこちらに対してちょっかいを掛けてくることはなかった。


 さっきまで暖かったから、少し寒い。

 体温が離れたことで心細くなる自分を振り払うように、ぺちぺちと頬を叩く。


「何それ可愛い」

「可愛い言うな」


 修はにこにことこちらを見ている。

 余裕の表情って感じで、若干気に食わない。笑っているのは嬉しいけど。


「とにかく、今日はもう解散!」

「おう、明日からもよろしくな」

「俺のことを知ってるのはこの世界で修だけだから、頼りにしてるぞ」

「いくらでも頼ってくれ。好きだよ」

「好き禁止!」

「ええ、横暴だろ」

「し、真剣に考えられなくなるから、ダメ」

「……これは攻めろってことか?」

「ちっげーよ」


 口ではじゃれあいつつも、本当にこれ以上何かする気はないらしい。

 修は置いてあった鞄を肩にかけ、玄関に向かった。俺はその後を追って行き、靴を履き替えるのをしゃがんで見ていた。


「樹、なんかあったらすぐ連絡しろよ」

「おー。修もな」

「本当はずっと傍にいてぇけどなぁ」

「……今までだって、ずっと一緒にいたわけじゃねーじゃん」

「好きな子の近くに居たいっていうのは、前の世界でも今も変わんねぇよ」

「恥ずかしいやつだなー」

「世界変わったし、若干吹っ切れつつある」


 修はくしゃくしゃと俺の頭を撫で、いつもの安心させる笑顔になった。


「無理はすんなよ。いつでも飛んでくからな」

「そっちこそ」

「樹が告白受け入れてくれたら無敵なんだけど」

「まだ、無理」

「ん、いっぱい考えて、俺のことで頭いっぱいにしてくれ。どんな樹でも好きだから、不安になったら何でも言えよ」

「…………俺、まだ自分が女になったこと受け入れられてねーよ?」

「おう。お前が今の世界を受け入れるのでも、元の世界に戻りたいって言うのでも、なんでも一緒にやるぞ?」

「バカだなー……俺のこと好きすぎん?」

「世界超えるくらい好きだよ」

「なら元の世界で告白してから言え」

「だははは、それはそう!でもこっちで告白したし!」


 手のひらが俺の頭から離れるのが名残惜しくて。

 こいつと、ずっと一緒にいることが俺の幸せなんだって、わかった。前の世界から知っていた。


 まだ、告白を受け入れる心の準備は出来ていないが、いつか、俺から好きだと言えたら、その時は。


「ん、樹?」

「……なんでもねー。早よ帰れ。暗くなるぞ」

「心配してくれてありがとな」

「おー、じゃあ、また明日」

「じゃあな!」


 俺は自分の力で告白できたぞって、流星群に願いを叶えてもらわないと告白できなかったこいつを笑ってやろうかな、なんて、既に告白を受け入れることを考えている自分に、俺は一人になった玄関で顔を赤くしたのだった。


「顔、あっつ」


 長い髪の毛で顔を覆うことが出来るのは、この体の良いところだと思った。

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