世界を変えた粘着力:透明テープの秘話
#人類を変えた足跡 シリーズ物語 第六回
1930年9月8日
3Mが透明テープの販売を開始
ジャズの調べ、パーティー、ミニスカート、禁酒令と密かな酒盛り……。それは『華麗なるギャツビー』に描かれた「狂騒の20年代」の光景。ピカピカに磨かれた自動車が、ボブヘアの少女たちを乗せて、歓楽の街を駆け巡る。
街の片隅にある工場では、自動車の作業員たちが途方に暮れていた。華やかなツートンカラーの車が流行し始めたのに、塗装の色分けには、糊と新聞紙という不器用な方法しかなかった。2色の境目がガタガタになり、塗装面が簡単に傷ついてしまうのだ。
3M社の若き社員、Richard Drew は、衝動的にこの問題を解決すると約束した。上司の後押しを得て、彼は2年をかけて、適度な粘着力を持ち、剥がしやすいマスキングテープを開発した。さらに防水性を求めるために、デュポン社が開発したセロファンを用い、1年余り後、世界初の透明テープが誕生した。
3Mの透明テープが市場に出た頃は、まさに大恐慌の時代だった。ところが、その販売量は逆に急増した。本のページや楽譜、カーテンの修繕に使われ、銀行員は紙幣の補修に、主婦たちは服の裂け目を直すのに、農民たちは割れた卵を密封するのさえこのテープで。
3M社は、世界で数少ない大恐慌期に人員削減をしなかった会社のひとつとなった。当時、それは想像もつかないことだった。ちょうど、現代の私たちが透明テープのない世界を想像できないように。




