163年前の衝撃。なぜロンドンっ子は『地下』に潜ったのか?――世界初『地下鉄』誕生の物語
#人類を変えた足跡シリーズ物語 第五十七回
1863年1月10日
ロンドンの霧の下、未来が走った――世界初『地下鉄』誕生の物語
19世紀半ば、イギリスは世界最強の国家としてその地位を不動のものにしていた。その象徴とも言えるのが、蒸気機関の普及である。当時のイギリスには、まるで蜘蛛の巣のように鉄道網が張り巡らされ、ロンドン市民は列車に乗って国内のあらゆる場所へ行くことができた。
しかし、当時の市民にとって切実だったのは、遠くの街への旅行よりも、むしろ「日々の市内移動」であった。爆発的な人口増加に伴い、ロンドン中心部には住宅や商店、オフィス、工場が密集。富裕層は郊外へ移り住むようになったが、朝の通勤時には、高級な自家用馬車でさえも大渋滞に巻き込まれ、牛歩のような速度でしか進めなかった。世界で最も進んだ都市は、世界で最初に「交通渋滞」という壁にぶち当たったのである。
ロンドン交通委員会は解決策を公募した。「中央駅」の建設案も出たが、大規模な立ち退きが必要となるため、政府には到底受け入れられなかった。そんな中、「地下通路を作る」というアイデアが注目を集める。最終的に、これらを融合させた当時としてはSFのような概念――「地下を走る列車」が現実味を帯び始めたのである。
1853年、イギリス議会はファリントンからビショップス・ロード(現在のパディントン付近)を結ぶ、全長6キロ足らずの地下鉄建設を承認した。全7駅。10年の歳月をかけた難工事の末、ついにその日はやってきた。
それは世界初の地下鉄であり、一般市民が等しく利用できる、当時最も画期的な公共交通機関の誕生であった。
1863年1月10日。ロンドンはいつものように深い霧に包まれていた。しかし、人々の暮らしはこの日から一変する。彼らは地下へと降り立ち、かつては王族ですら手に入れられなかった「速度」で、街を駆け抜けるようになったのである。




