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金色のアーチが生まれるまで —マクドナルド兄弟が変えた食の速度

#人類を変えた足跡  シリーズ物語 第三十九回

モーリス・ジェームズ・マクドナルド(1902年11月26日生)

ハンバーガー15セント、注文してすぐ受け取れる――20世紀半ば、アメリカ・カリフォルニア州サンバーナーディーノにある、公道沿いの小さなレストランが、人々の食事のスピードを一変させました。創業者はマクドナルド兄弟。兄のモーリス・ジェームズ・マクドナルドは1940年にこの店を始め、その後、移動中の客に対応するために店の運営を大幅に見直しました。


当時、アメリカでは自家用車が急速に普及し、ハイウェイ網の整備が進んでいました。ルート66のような幹線道路を旅する人々は、ゆっくりとした正餐を取る余裕がなく、できるだけ手軽で迅速に食事を済ませたいと望んでいました。


マクドナルド兄弟はそこにビジネスチャンスを見出し、次のような改良を加えました。メニューを絞り(ハンバーガー・フライドポテト・ドリンクを中心に)、厨房はライン作業化して料理長を置かず各自が役割を分担する方式に変え、素材や調理法、揚げ時間まで反復試験で基準を定めて徹底的に標準化し、配膳はセルフ方式にしてサービス係を廃止しました。


こうした変革は、食品提供の「工業化」の始まりを告げました。やがて金色のアーチは世界的なシンボルとなり、マクドナルドは多くの人々にとって、速くて安定した食の選択肢となりました。

挿絵(By みてみん)

タイムリミットは39時間

たったの39時間。それが、日本で初めてのマクドナルドの店舗を建てるために与えられた時間でした。出店の条件は、店舗が入る銀座三越の営業の妨げにならないこと。そのため、三越の日曜日の営業が終わる午後6:00から、次の営業が始まる火曜日の午前9:00までの間に工事を終わらせる必要がありました。「本当に実現できるのか?」という不安が関係者の脳裏によぎる中、工事にあたるスタッフは別の場所に土地を借りて、実際に店舗を建てては解体するという作業を繰り返してシミュレーション。3回目にして、ついに36時間で完成することができるようになり、本番に臨みました。わずか22坪の店舗の建設に動員されたスタッフは70名。張り詰めた空気のなか、見事時間内に工事は完了。盛大なオープニングセレモニーの舞台裏では、想像を絶するドラマが繰り広げられていました。

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