ホーンが鳴った日 — 世界の録音が始まる
#人類を変えた足跡 シリーズ物語 第三十七回
1877年11月21日
エジソン、蓄音機の発明を発表
トーマス・エジソンの発明の多くはまったく新しい発明というより、既存の技術を買い取り改良したものだ。たとえば、彼が最初に電球を“発明”したわけではなく、十分に完成していない特許を購入し、商用に使える白熱電球へと仕上げた。しかし、1877年に発明した蓄音機は、彼の数少ない純然たる独創のひとつである。これは音を記録し再生するという、前例のない初めての装置だった。
電話が生まれたばかりの時代、エジソンは研究のなかで、マイクの膜が声の強弱や抑揚に応じて振動することに気づいた。そこで針を用いてその振動を錫箔に刻みつければ、刻まれた軌跡に沿ってもう一度針を動かすことで、過去の音を再現できると考えたのだ。
エジソンが示した設計図に基づき、助手たちは簡単な“音のタイムマシン”を組み立てた。エジソンはクランクを回し、童謡を一節歌った──「Mary had a little lamb, Its fleece was white as snow」。その後、針の位置を戻して再びクランクを回すと、蓄音機はまるでエジソンの声をなぞるように、ゆっくりとその歌を繰り返した。中年の男性が歌ったおよそ8秒の童謡は、世界の録音史に残る最初の音声となった。
こうして1877年11月21日、エジソンは蓄音機を公開演示し、「話す機械」が誕生したと言える。そのニュースは瞬く間に世間を驚かせた。
初期の蓄音機には、朝顔の花のように大きく開いたラッパ形のホーンが取り付けられていた。唱針で読み取った音は非常に小さいため、ホーンで音を増幅する必要があり、それが蓄音機の象徴的な姿となった。このことが、牽牛花が「ラッパバナ(喇叭花)」と呼ばれる由来の一つでもある。
現代のオーディオ機器は、復古趣味でない限りホーン型の外観を持たない。しかし、同じ原理に基づくCDやDVDはいまも、より鮮明に、立体的に、記憶された音をくり返し聴かせてくれる。
エジソンは少年期から聴力に問題を抱えていたとされ、蓄音機を発明した当時は30歳だった。聴力が人より弱かった一人の発明家が、かえって世界に無数の美しい音を残す助けをしたというのは、皮肉であり、同時に不思議な巡り合わせでもある。




