透けて見えた世界:レントゲンのX線発見物語
#人類を変えた足跡 シリーズ物語 第三十二回
1895年11月8日
初めてレントゲン線が発見された
初期のレントゲン線研究に携わった研究者は非常に多く、ニコラ・テスラやトーマス・エジソンといった名だたる人物の名も見られる。しかし、ドイツの物理学者ヴィルヘルム・レントゲンは、そうした先達より一歩進んだ発見を成し遂げた。
1895年11月8日の夜、レントゲンは暗く整えた実験室で、正体不明の蛍光を偶然に見出した。それは彼が本来研究していた陰極線とは異なるもので、厚い書物やゴム、アルミ板を容易に透過する一方で、厚さわずか1.5ミリの鉛板にはほとんど通らないという奇妙な性質を示した。
レントゲンはその後も熱心に実験を続け、暗室で黒紙に包んだ感光板を用い、実験の一環として妻アンナ・ベルタの手を被写体に撮影した。この静止画像は約15分の露光で得られ、フィルム上にははっきりと手の骨の像が写っていた。薬指に嵌められた結婚指輪も同時に写っており、皮膚や軟部組織はX線に対して透過性が高いため骨ばかりが明瞭に写り、指輪があたかも骨の上に直接あるかのように見えた。
この一葉の写真は、人間の身体を比較的簡便な方法で透視できることを示した歴史的重要な記録であり、見る者にわずかに不気味さと、どこか温かみのある情感を与える。
発見当初、レントゲンはこの未知の放射線を数学で未知数を表す記号「X」に倣って「X線」と名付けた。当初は「レントゲン線」と呼ぼうという意見もあったが、レントゲン自身はその命名に固執しなかったため、仮の名がそのまま広く定着した。
X線は波長がおよそ0.01ナノメートルから10ナノメートルに及ぶ電磁放射の一種である(定義は資料により若干の幅がある)。発見から数か月のうちに医学画像への応用が始まり、骨や一部の軟部組織の異常を検出するうえで威力を発揮した。取扱いは手軽で精度も高いが、放射線である以上人体に対する影響もゼロではないため、検査の際には例えば「妊娠している、妊娠の可能性があるか」を確認されることが多い。
1901年、ノーベル賞(の物理学部門)は初めて授与され、レントゲンはその発見により第1回ノーベル物理学賞を受賞した。
なお、発見当時のレントゲンは、数週間家を空けて実験室に寝泊まりし、髭をのばして無精な格好で研究に没頭していたが、その時点で既にヴュルツブルク大学の学長(rector)に選ばれていた点は、現代の目から見ても驚くべき逸話である。




