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過去改変に消えたタイムリープ主人公の代わりに、この時間軸に取り残されたドン底不幸なヒロインを救う  作者: でい
第一章

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第9話 お買い物

 高校最寄りの駅を避けて、電車で一駅先の繁華街へ向かう。

 放課後にしてはまだ早い時間帯だが、車内にはちらほら学生の姿もある。

 堂々としていればサボりを疑われる心配は少ないだろう。


 繁華街の駅ビルには、ファーストリテイリング系のお手頃なショップが入っている。

 いくつか回って、当面の服装を揃えるつもりだった。


「ちなみに予算はどのくらい? いちおう、僕の手持ちもいくらか用意したけど」

「足りるよ。いざとなったら、これもあるから」


 そう言って彼女がバッグから取り出したのは、裸のままの通帳。

 しかも、当然のように僕へ差し出してくる。


「え、迂闊すぎない?」

「どうして?」

「いやいや……他人に通帳渡すなんて、絶対やめたほうがいいよ。大抵は詐欺の受け子なんだから」


 これは天然なのか、それとも僕を信頼しているのか。

 頼られて悪い気はしない。

 だとしても、常識的な警戒心は残してほしいところ。


 汐見さんは素知らぬ顔で、


「鳴海くんは、他人なの?」

「え、うーん……他人と言えば、他人かなぁ」

「……これでも?」


 繋いでいる手を、彼女はこれ見よがしに持ち上げる。


「じゃあ……友達、かな? わざわざ言うのも照れくさいけど」

「……同じ布団で一晩を過ごしたのに?」

「そっちが勝手に入ってきたんだろ!」


 全力のツッコミに、汐見さんはブスッと口を尖らせる。いつもは無表情を貫いているくせに一体何の駆け引きだよ。


 では、気を取り直して。


「通帳、本当に見ていいんだな?」

「いいよ。渡してるんだから」

「学生にとっては通帳ってだけでハードル高いんだよ。うちなんかスマホのキャッシュレスに生活費送金制度だし」


 そして、慎重に通帳を開いた瞬間、


「えっ、せん——!?」


 喉が裏返り、慌てて周囲を見回して声をひそめる。


「汐見さん! これ全然少しどころじゃないから! 高校生が持ってていい額じゃないって!」


 通帳を持つ手が震える。

 こんなの、たとえ闇バイトを週五勤務しつづけても貯められない。たぶん、先に捕まるだろうから。


 ——光明が見えた。

 この大金さえあれば、きっと汐見さんは不幸な境遇から抜け出せる。

 本人は気づいていないが、間違いなく起死回生のチャンスだ!


 僕の高揚に反して、彼女はそっけなく言い放つ。


「少しだよ。私に残ったものなんて、それだけ」

「っ……」


 開いた口が着地点を失う。

 そこに考えが及ばなかった自分の浅はかさ。

 通帳の日付を見返す。六年前。あくまで推測でしかないが、突然こんな額が振り込まれるとすれば、それは彼女のご両親の——。

 そして、その後の出金履歴は見当たらない。

 彼女の祖母は、おそらく汐見さんのために手をつけていなかった。

 悲劇と慈愛が遺された印字に、胸が締めつけられる。


「でも、おかげでこうしてお買い物はできるから」


 気に留めない様子で、彼女は店頭のサングラスを手にとった。


「このサングラス、どうかな。変装用」

「……逆に目立つよ。それより、こっちのキャップのほうが」


 ネイビー地に白いロゴが入った、スケボーブランドのキャップを差し出す。

 汐見さんは受け取ると、備え付けミラーの前で被る。


「ふぅん。悪くないかも」

「いや、むしろいいよ。めちゃくちゃ似合ってる」

「……ほんと?」

「うん、すごく可愛いと思う」


 プラチナブロンドの髪色とストリートの無造作感が絶妙に噛み合っている。

 小顔も相まって、まるで本物のモデルみたい。素材の力が強すぎる。


「そう……」


 汐見さんはキャップを脱ぐと、そのままレジへ向かう。

 ついでのようにサングラスまでつかんでいった。

 そっちも気に入ってたんかい。


 会計を終えて、汐見さんが足早に戻ってくる。

 すかさず、サッと手を差し出された。


「……ん」

「はいはい」


 僕はその手を握りながら、彼女がそれを繰り返し要求する理由に、ようやく思い当たる。

 とっくに伝えていたと思ったが、どうやらタイミングを逃して忘れていた。


「あのさ、汐見さん」

「なに?」

「心配しなくても、今さら見放したりしないから」


 わざわざ僕と手を繋ぎたがる理由。

 彼女は置いて行かれる——独りになることへの、潜在的な恐怖があるのかもしれない。


「それは……今晩も泊まっていい、ってこと?」

「住むところがないんだから、今夜と言わず、落ち着くまでしばらく居ていいよ」

「えっ。……ほんとに?」

「実は今朝、両親に相談したんだよ。で、しっかり許可を得た」


 汐見さんがぐっすりと安眠している時間を使って、海外にいる母親に連絡をとっていた。

 行き場を失った彼女。その安息地を見つけてあげたい。

 深い事情をどう説明しようか悩んでいたものの、母さんは何かを察したらしい。二つ返事で許可が下りた。


「ってことで、気兼ねはいらないよ」

「鳴海くん……ありがとう」


 こちらを見つめた彼女の瞳が揺れる。

 不安のひとつが解消されて、張り続けていた気が緩んだのだろう。


「でも……異性が泊まること、よくご両親は許してくれたね」

「まあ、そもそも一人暮らしの家を任される時点で、信用貯金がすこぶる貯まってるんだよ。汐見さんの口座並みにあるかも」

「……意気地がないと思われてるんじゃない?」


 汐見さんは言わなくていいことまで言う。

 むしろ我慢強さを誉めてもらいたいけどな。


 それからお店を転々としながら、部屋着などの必要な物資を買い集める。

 最後に、下着ショップの前で、お決まりの一悶着。


「ねえ、選んでくれないの?」

「ダメ。ひとりで行ってきなさい」

「いつか女装したとき役立つ経験だよ」

「そんないつかは来ない」


 ムッとする汐見さんを半ば強引にショップへと押し込む。男には入り口にいる下着姿のマネキンがアマゾネスの門番にしか見えないのです。


 しばらくして。

 彼女は澄ました表情のまま、購入した袋を片手に戻ってくると、


「鳴海くん。……これにした」

「わざわざ見せなくていいから!」






 その帰宅路。

 揺れる電車内で、海での一幕を思い返していた。


 防波堤で彼女の言動を目の当たりにして。

 あるいは、それ以前から何度も見せていた兆候に、

 ある疑念がわく。


 蒼一はタイムリープ直前に「過去に戻って、すべてをやり直す」と言った。

 そして「もう失敗しない」とも。


 すでに繰り返している。


 僕たちの生きるこの時間軸は、蒼一がすでに手遅れと諦めた世界線なのでは。

 だから、新たにやり直すことを決めたのだと。


 今となっては、はっきりとわかる。

 汐見さんは、死の気配と隣り合わせで生きている。

 情緒の揺らぎが激しい女の子だと、単純に断言はできない。

 彼女の見せる一面や、複雑なバックグラウンドを知ってしまったから。


 おそらく、まだ知らない秘密が隠されている。

 たとえ取り返しのつかない事情だったとしても。

 時間の流れに、やり直しは許されない。


 心もとない細い吊り橋を——

 深い霧の向こうまで、無事に渡り切れるだろうか。

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