第48話 見覚えのある
日曜日。
外は快晴。夏への扉が早くも開かれたのだろうか。梅雨の只中にしては晴れの日が続いている。
最近では珍しく、日中にゆっくりできる時間が生まれた。
「ほう、深刻な雨不足。心配だな」
ニュースを見ながら、思ってもいないことを口にしたところで、ピーピーと機械音が鳴る。
回していた洗濯物を取り出しに洗面所へ向かう。
「洗濯が日課になるなんてなぁ」
一人暮らしだった頃より家事の負担は増えた。
一方でやりがいも感じる。とくに料理。喜んでくれる人がいるだけで、ぐっと意欲が増しちゃう。
同居人のふたりは朝から買い物に出かけていた。
スキンケアや日用品など、女の子は備えなきゃいけない物が多いらしい。風呂場にはすでに真新しいノンシリコンのシャンプーが並んでいる。
当初は、同居生活がこんなに長引くと思っていなかった。
……そして、まだしばらく続くとも。
昨日のことを思い返す。
汐見さんと一緒に、彼女の祖母の墓参りに行った。
本当なら両親の墓にも手を合わせたかったが、父方の先祖と同じ墓所で、日帰りでは行けない距離らしい。
その分、入念に手を合わせた。
おばあちゃんを通して、ご両親にも届けたい言葉。
汐見さんがまたひとりで歩けるまで、僕たちが彼女を支えます。
償いでも、禊でもない。大切な友だちだから、そう伝えた。
「将来の夫を紹介できてよかった」
「ふぇっ!?」
その帰り、汐見さんが急にとんでもないことを呟いた。
いや、突拍子もない冗談はいつものことだけど。
問題はそこから。
「へぇ。じゃあ次は、うちの親父に紹介ね」
「ふぁっ!?」
「ちょうどタイミングよく帰ってきてるから」
そのまま、電車に揺られて凪瀬の家の最寄駅へ。
いずれ話したいとは思っていたけれど、心の準備はまだ。
内心ビビりまくりで、凪瀬の父親に挨拶へ伺った。
セキュリティの整った賃貸マンションの一室。
六年前に一度会っていたが、当時の印象はほとんどない。
両サイドを刈り上げたイカつい見た目に反して、物腰の柔らかい人だった。
「話はよく聞いてるよ。いつもありがとね。ひとりにさせるよりよっぽど安心していられる。ほんと、ほんと」
長距離トラックを運転していて、普段は留守になることが多いそう。
不在がちな父子家庭。凪瀬のド派手なファッションやピアス。
表面的な部分だけなぞれば、複雑な家庭事情にも見える。
実際に会って親子の空気感に触れると、先入観に過ぎないのだとわかった。
「凛人くん。彩伽のこと、末永くよろしくね。……ほんとに」
とまで言われて、思わず背筋が伸びる。見た目の圧が強すぎた。
「これで親公認だね」
寄り添うように、凪瀬がにっこりと笑いかける。
外堀は完全に埋まってしまったらしい。
こうして、ラブコメみたいな同居生活は延長戦に突入している。
汐見さんも凪瀬も、この特殊な環境を楽しんでいるよう。
そして——正直、僕も。
ひとりでいた頃とは違う、にぎやかな空間。
おはようからおやすみまで、孤独を感じずに済む。
前のように戻りたいとは思えなくなっていた。
となると、終了のホイッスルは誰が吹くのだろう。
「よっと……うわ、重っ」
洗濯物をかごに移し、ハンガーにかける前に手際よく仕分けしていく。
せっかくだから天気の良いうちに干しておきたい。
家事も増えれば、葛藤の時間も増える。
そもそも僕なんかが選ぶだの選ばないだのと、偉そうに悩んでいいのだろうか。
曖昧な態度ばかりとっていたら、すぐ呆れられてしまうかも。
愛想を尽かされないよう、せめて見合う男にならないと——。
「えっ——これ、まさか」
仕分けしていると、くたっとした小さい布が出てくる。
見覚えのある艶っぽいピンク。
広げてみる。テラテラした生地に、細かい黒の刺繍とリボンがついていた。
パンツだ。
「え、パンツだ」
口でも繰り返す。
以前、凪瀬が履いていたのを階段の下から覗き見てしまった。忘れられるわけがない。
どうしようと洗濯かごに目を向ける。もうひとつ、丸まった白い布の塊を見つけた。
広げてみる。白一色かと思いきや、細やかなレースがついてサイドの部分が透けていた。
パンツだ。
「パンツだ」
汐見さんと買い物に行った日、下着ショップから出て見せてきたブツ。忘れられるわけがない。
というか、白のパンツ自体が印象深すぎて。
高校入学の日、カバンに引っかかってまる見えだったの伝えたことあったなぁ。
たぶん彼女は覚えていないだろうけど。
それより、下着関連は別で洗濯するルールなのに、ふたりともうっかりしていたのか?
カゴを漁る。見慣れない洗濯ネットが出てきた。型崩れを防ぐために使うやつ。
「どうしよう……」
たぶん、ブラが入っている。そう直感している。
開けてみる。やっぱり入っていた。二組とも上下で合わせたデザインになっている。
これ、どう干すのが正解なんだろう。
「放置しとく、ってわけにもいかないし……」
普段どこに干してたっけ。外? 記憶にない。
でも、衣服と一緒に庭で干したら盗まれないかな。
安全策を取るなら、二階か。
「ググるか」
下着の干し方を調べながら、二階へ向かう。
あ、直射日光はダメなのね。やっぱり部屋干しで正解か。
ほう、ブラは肩紐で吊るすと伸びるのか。
アンダーバンドをピンチで留める? どこだよそれ。
「カップの形を保つように手で軽く整えて……」
そこで、混乱から覚める。
「——いや、こんなもの勝手に干しちゃダメだろ!」
握りしめていたブラとパンツを慌てて机の上に放る。
危なかった。これらのアイテムには正気を奪う魔力が込められている。うかつに触らないほうがいい。
「……わざと入れたな」
今まで別々に洗っていたものが、偶然、丁寧にネットに入れられて混ざるわけがない。
ふたりして何やってんの。アプローチが僕に効きすぎるぞ。意識を持ってかれる寸前だった。
どうして彼女たちは共闘できるんだ。
呉越同舟といっても、僕はひとりしかいない。
まさか一夫多妻を本気で考えているはずもないだろうに。
「……ん、これ」
机を眺めたついでに、棚の教科書の間にそぐわないタイトルが目に入った。
手にとってみる。蒼一の置き土産。エロ本だった。
「こんなところに……」
彼女たちが片付けたらしい。これも教科書の類とでも言いたいのか。
変な知識がつく前に、ちゃんと処分しておかないと……。
ペラペラとめくってみる。うーん、捨てるには惜しい代物。
「てか折り目ついてるじゃん。なんだあいつ、お気に入りを開きやすくする派かよ」
開いてみると、ふたりの女がひとりの男をあれこれ籠絡しているシーンだった。
閉じる。折り目をつけたの、蒼一じゃないな。
というか、間違いなくあの子たちだ。
「え、ほかにも折り目、あるんだけど……」
本の端をパラパラとなぞる。七つ、八つ……けっこうある。
これ、開いて確認すべきだろうか。とんでもない描写が出てきたりしない?
確認する勇気が生まれず、指先で折り目を撫でていると——
ふと、頭の隅で何かが引っかかった。
パラパラ漫画。
ノート。
たしか、あいつに貸したことがあったよな。
まさか。
思い立って、バックパックから数学のノートを取り出す。
あれから授業で使ったが、ちゃんと確認したわけじゃない。
四隅をパラパラとめくる——。
「……まあ、書いてあるわけないわな」
当然、描かれていない。
そりゃそうか。パラパラ漫画にメッセージ載せる発想はアーティストすぎる。
「オマケ、つけとけって言ったのに——」
と、途中のページで目が留まった。
白紙と白紙の間に突然、黒が混じる。
一面に書き連ねられた文章。
見覚えのある汚い字が、そこにはあった。




