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過去改変に消えたタイムリープ主人公の代わりに、この時間軸に取り残されたドン底不幸なヒロインを救う  作者: でい
第四章

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第44話 ラップ越しのキス

「ルールを説明します」


 椅子を引き、凪瀬と汐見さんが正面に座る。

 膝をつき合わせる距離で、彼女たちは続けた。


「そのいち、トランプを引いて奇数なら澪、偶数ならわたしとキス」

「そのに、息継ぎのタイミングで交代。全部引き終えたら終了」

「公平のため、絵札とジョーカーは除外してるから」

「……ん? 四十回もキスするってこと!?」


 僕を無視して、ふたりは指を折りながら交互に説明していく。マンガで闘技場の審判がやるくだりじゃん。


「さん、場外に出た場合は拘束して継続する」

「逃げるのは許さないと……」

「よん、腰が砕けたらリタイアとみなす」

「申し訳程度の敗北条件つけてるけど、そんなことある?」


 あらかじめ練っていたのか、着々とルールが提示されていく。

 ……どうしてこうなった。


「そもそも、ラップ越しのキスってなに……?」

「ラップを間に挟んでするキスじゃん」


 凪瀬が当たり前みたいに答える。

 いやそれ、まんまキスでしょ。


「違うよ。ラップがあるから正式なキスにカウントされない」

「じゃあセッ……アレのときにゴム使ったらノーカンになる?」

「……なるんじゃない?」

「なるわけないだろ!」


 思わず立ち上がってツッコむ。

 論理破綻もいいところだ。整体の「リンパ溜まってますねぇ」級の雑な嘘つくな!


「いいじゃん! キスくらいでぐだぐだ言うな!」

「力技に入った」

「澪、教えてあげて!」

「統計では高校生の約三割がキスを経験済み。でもこの場はゼロパーセント。由々しき事態だよ」

「え、凪瀬と汐見さんも?」


 ふたりは目を逸らし、ほぼ同時に頬を染めた。その様子を見てどこかホッとする。もし経験してたら地味にショックを受けていただろう。

 練習とはいえ、ファーストキス。

 彼女たちの覚悟はよっぽどだ。


「鳴海くん、好き同士なのにキスをしない理由はありますか?」

「男ひとりに女ふたりの状況とか」

「それを度外視すると?」

「したらダメでしょ!? そこが問題の根幹なんだから!」

 

 理性の強さに苦しむタイプなのは自覚してる。後先を無視して本能のままに行けたら、どれだけ楽か。

 煮え切らない態度の僕を見据えて、汐見さんは淡々と切り出す。


「彩伽と話したんだけど、この膠着状態はこの先も続くと思うの」

「……それは、僕に意気地がないから?」

「それもあるけど。わたしも澪も超可愛いから、普通に選べなくない?」


 凪瀬はさも当然のように言ってのける。

 たしかにそう。選べないから僕も困っている。

 ただ、見た目よりも内面に惹かれている。ふたりと過ごすほど、感情は複雑になる一方だ。

 落ち着いて向き合う間もなく、贅沢な状況に身を任せて宙ぶらりん。

 このままではいけないと、頭では理解している。


「——その気になれば、無理やり奪うこともできるよ」

「こっちは強硬手段に出ても構わないんだから」


 すん、と据わった視線で迫ってくる。生殺与奪を握られたみたいな圧。

 ふたりの目は冗談抜きで本気だ。

 ここまで追い込んでしまった理由は——結局、僕の優柔不断か。


「……わかった。覚悟を決める。ここまで言わせて断るのは男じゃない。ふたりがそれでいいなら……あ、でもさすがに四十回は多すぎ——」

「じゃあ一回ずつでいいよ」

「え、」

「合意ってことだね」

「あっ、もしかしてこれ——」


 ドア・イン・ザ・フェイス。最初に無理な要求を突きつけて、小さな承諾を取りにいく交渉テクニック。

 まるで必殺技みたいに決め打ちされる。心理戦は最初から始まっていたらしい。

 流れはもう止まらない。

 いや、覚悟はできてる。本番じゃなくて練習。ラップ越しなら、案外あっさりしたものかもしれない。


「凛人は座ったままでいて。奇数なら澪、偶数なら——」


 言いながら、凪瀬は山札の上から一枚を引いて表に返す。偶数。


「わたし」


 ピッ、とラップをちぎり、凪瀬が立ち上がる。

 腰をかがめながら、ためらいもなく僕の口元に当てがった。

 小さく頷いて、目を閉じる。


「ちゅ」


 わずかな音が響いた瞬間、世界が止まる。

 まず感じたのは、熱。

 フィルムを挟んでも、凪瀬の体温のいちばん熱い部分が直に伝わってくるみたいだ。

 そして、やわらかい。

 ぐい、ぐいと押しつけられる感触がふわふわしている。

 唇って、こんなにやわらかいのか。頭がぽーっとして——正直、言葉が浮かばない。


「んん……」


 吐息が漏れる。

 薄目を開けると、凪瀬は目をぎゅっとつむって眉を寄せていた。

 遮るラップにもどかしさを覚えたのか、鼻息が徐々に荒くなる。


「んっ——」


 息が詰まりかけたところで、ラップを剥がされる。

 はぁ、はぁと呼吸を整えると、向かいの凪瀬も肩で息をしていた。

 頬は明らかに紅潮。濡れた唇がおもむろに開いた。


「……もう、ラップいらないよね」

「えっ?」


 凪瀬の両手が僕の頬を包み、顔を固定する。

 その瞳は揺れて、焦点が合っていない。

 ラップ越しじゃないって、それもう——。


「彩伽、順番だよ?」


 近づく凪瀬の顔を、汐見さんが横からがしっとつかむ。

 凪瀬はぱちくりと瞬き、我に返った。


「え……わたし、何してた?」

「正気を失ってたみたい」

「へ、そうなの? 記憶が飛んでる……」

「じゃあ次は、私の番」


 汐見さんが凪瀬をそっと押し退け、僕の口にラップをぺたりと貼る。

 よだれを拭く間もなく、視界が彼女の顔でいっぱいになった。

 待って、まだ心の準備が——。


「んちゅっ——」


 薄膜を挟んで唇が重なる。いきなり激しい。

 ラップがくしゃりとたわみ、温度が一気に届いた。角度を変えながら、むさぼるように唇をむ。


「れろっ」


 唇の間から、より熱いものが侵入しようともがくが、ラップの弾力がそれを拒む。

 うねるフィルムのじれったさに、反射的に舌先で押し返した。


「んっ」


 ラップを押さえる彼女の両手がびくりと震え、同時に力がこもる。

 長いまつ毛がぴくぴく瞬き、僕の頬をかすめた。


「——ぷはっ。ラップいらないね」


 ラップを乱暴に外し、汐見さんが息を弾ませて顔を寄せる。

 接触する寸前、凪瀬が素早くその頭をぐわしっとつかんだ。


「え、私……」

「正気を失ってたの」

「ふぇ……?」


 汐見さんはぽかんと目を瞬かせる。虚ろな視線が宙をさまよっていた。

 彼女でさえそうなのだから、自分の顔は想像もつかない。たぶん間抜け面。口元も整えられないまま脱力している。

 今のは、ヤバかった。中毒性がありすぎる。

 ふたりのとろんとした表情を見ていると、頭がおかしくなって、理性が溶けて消えそうになる。ますます欲しがる自分がむくむくと這い出てきた。


 ——ダメだ。ここで瓦解したら、関係がただれたものになってしまう。

 ここから先は、自分の意志で決めないと。

 脳内のわずかな理性をかき集め、気力を振り絞って中腰で立ち上がった。


「こんな誘惑だらけの部屋にいられるか! 僕は自分の部屋に戻る!」

「え、なんで急に死亡フラグ立てた?」

「この場合は、誘ってるってこと?」

「違ーう!!」


 完全に理性を失う前に、ダイニングを抜け出す。急いで二階へ逃げ込んだ。

 変身直前の狼男みたいな気分。僕は悲しきモンスターかよ。

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