第43話 キス確定
ダイニングには穏やかな団らんの空気が戻っていた。
丸テーブルの左側に汐見さん、右側には凪瀬。真剣な顔つきで、配られたトランプと向き合っている。
そして、仕切り直したババ抜きの結末は。
「勝った……」
勝ってしまった。ジョーカーを抱えず、あっさり一抜けしてしまう。
となると、この場合——どうなるんだ?
「それじゃあ、凛人が決めるわけね」
「え」
「キスの相手」
「えっ、えっ」
「で、どっちとすんの?」
凪瀬と汐見さんが、ぐいっと身を乗り出す。
テーブルの上にまだ決着のついていない手札が散らばった。汐見さんがジョーカー持ちかよ。ポーカーフェイスすぎて逆に負けてるじゃん。
いや、待て。
どうしてキスする前提で進んでんの。
落ち着け。冷静になれ。流れに飲まれるな。
「まあ、夜はまだ長いし、一回戦目だしね? あ、お風呂の順番もこれで決めちゃう? なんてね、はは」
「で、どっちとすんの?」
ピリッとした空気が走る。
あれ、冗談で終わらない感じ?
「ちなみに、両方選ばないってのは」
「なし。女の子が勇気出して言ってるのに失礼だよ」
「失礼……まあ、そうだよね」
「凛人さあ、言っとくけど、もうキスのピークは来てるから」
「ピーク……?」
ドンッ、と凪瀬がテーブルに拳を置く。隣の汐見さんが深く頷いた。
え、今ので通じた感じ?
「わたしは思い出の場所で、ようやく正体に気づいてもらった。ほら、あの頃からお互い好き同士だったわけじゃん」
「私は相続問題が解決して、クラスでの誤解もなくなった。鳴海くんにプロポーズもした」
ふたりの顔がぐぐっと近づく。圧がすごい。
「映画ならとっくにクライマックスの熱いキスしてるから!」
「むしろ遅すぎるくらいだよ!」
「えっ、なんで君たち共闘してんの!?」
「私たち本気だから」
「もう引っ込みがつかないの! どっちとキスするか、どっちにもするか。来世に持ち越すか、今ここで決めて!」
「キス確定演出!?」
ごくり、と生唾を飲む。
キスはしたい。
正直に言うと、めちゃくちゃキスしてみたい。
こんなチャンス、二度と来ないかもしれない。
凪瀬の唇は真紅に艶めいていて、汐見さんの唇は薄ピンクに潤っている。
どちらも、見惚れるくらい魅力的だ。
ゲームですら派閥を選んだり花嫁を決めたり、取り返しのつかない選択肢で迷うのに。
僕に選べるわけ——待てよ、三択の中に変なのが混ざってたような。
「あの、どっちにもキスって?」
「え、それを選ぶわけ……」
「さいてー……」
「おい! 罠じゃねえか!」
選んでないけど、そもそもそんな選択肢を置いとくな。
あと来世に持ち越すってなんだよ。これもバッドエンド直行だろ。
「どちらか……」
つい先日、決めなきゃと決意したところだ。
ラブコメみたいな日常にいつまでも浸るわけにはいかない。
凪瀬のことは前から意識していた。一方で、汐見さんにも惹かれている。
僕が優柔不断なのはわかってる。でも、どちらかを選べば、どちらかを傷つけてしまう。
すぐに答えは出せない——。
「てか悩むくらいなら、どっちにもしてよ」
「うん、順番とか気にしないから」
「ええっ、さっきダメって言わなかった!? そんなのあり!?」
「ありあり。キスなんて挨拶じゃん」
「そうだよ。おばあちゃんもしてた」
「それは絶対、嘘!」
おばあちゃんの武器を欧米フォームで使おうとすんな。
だが、冗談めかしながらもふたりの熱は着実に上がっている。
「凛人は、わたしのこと……好きじゃないの?」
凪瀬が潤んだ瞳でこちらを見る。好きに決まってるだろ、ずっと好きだ。
「鳴海くんは私のこと、まだ対等に見られない?」
汐見さんが真剣な顔で問いかける。その呪縛はとっくに解けてる。この感情は、同情なんかじゃない。
さっきから頭の中の悪魔が「さっさとしちゃえ」とささやいてくる。天使も「してあげたほうがいいよ」と逃げ道を塞いでいた。
ふたりがこうして勇気を出しているのに、うだうだ悩んでる場合か。
このまま、都合のいい状況に身を委ねても——。
「……やっぱり、ダメだよ。遊びの流れなんて、誠実じゃない」
たとえダサくても、都合のいい展開に甘えてはいけない。
ここは心を鬼にして、血の涙を流すつもりで言葉を吐く。
「キスくらいって思うかもしれない。ここがピークなのかもしれない。ふたりのことは好きだけど……正直、大好きだけど——でもこんな中途半端な気持ちでキスするなんて、僕にはできないっ!」
しん——と、ダイニングが静まり返る。
「凛人……」
「鳴海くん……」
ふたりが小さく名前を呼んだ。
わかってくれた——と思ったその瞬間。
「ラップ」
「……ラップ?」
「うん」
汐見さんが立ち上がり、キッチンへ向かう。
数秒後、食品用ラップを手に戻ってきた。
「これを使う」
「は? え、まさかバッドエンド? 全裸でぐるぐる巻きにして猟奇的な犯行を……!?」
「なわけないでしょ」
じゃあ何に使うんだよ!
心の中で叫ぶ。怖くて、声にはできなかった。
「本物のファーストキスは、凛人のタイミングにとっておいて」
「これからするのは、ただの練習。ノーカウントだから」
「練習……?」
頭の処理が追いつかない。
ふたりは本気の顔をしている。そこには、有無を言わせない気迫があった。
「『ふたりのこと好き』って言ったよね。それなら、鳴海くんも覚悟を決めて」
「しよっか。ラップ越しのキス」




