第4話 おふろ
タオルで拭いたとはいえ、雨に打たれた。このまま風邪をひかれたら困る。
汐見さんがおかわりを楽しんでいる間に、手早く湯船を洗い、お湯を張っておく。
普段の一人暮らしならシャワーで済ませるところだけど、
彼女の冷え切った部分は、湯船でじっくりと温めてほしい。
余計なハプニングを避けるため、あらかじめバスタオルと着替えも用意。僕のシャツやジャージだけど、濡れた制服よりはマシだろう。
昔から妙なハプニングに巻き込まれやすい。もはや体質とすら思う。
なので事前準備は綿密に。あとでギクシャクするイベントは、こちらから絶対に発生させたくはない。
「鳴海くん」
「うわ、びっくりした。気配、絶ってた?」
「そんな達人みたいに振る舞えないよ。……お皿洗い、してもいい?」
食べ終えてしまったらしく、汐見さんは手持ち無沙汰に見える。
「あとでやるから大丈夫。あ、そうだ。雨にも降られたし、お風呂入ってきたら?」
気の利いた前置きは思いつかず、直球で提案する。
堂々と言うことで、下心はどこにも隠していませんよ——という僕なりの最大限の意思表示でもある。
「おふろ……」
「お湯も溜めてあるし、ゆっくりと湯船に浸かってきなよ」
「ゆぶね……」
やっぱり警戒してるか? そりゃよく知らない男子の風呂だもんな。オオカミの誘いくらい警戒されて当然だ。
「……お湯、借りてもいいの?」
「え、あ、うん。もちろん。決して覗かないから安心して」
「覗かれても鶴にはなれないけどね」
お風呂場まで案内し、使い終わったタオルの入れ場所やドライヤーの位置、ボトルの違いなどを簡単に説明する。
彼女は素直に頷いて、洗面所の扉を閉めた。
決して覗いてはいけません、って鶴の恩返しか。汐見さん、冗談言えるんだな。よくわからん返しだけど。
肉じゃがのくだりもそうだけど、少し天然なところがあるのかもしれない。
ただ、平坦な口調は気になる。今日の身だしなみも、女の子らしいケアが追いついていない感じだった。
やつれた表情は食事で少し緩んだけれど、心はまだ疲弊しているのかも。
「先にシャワー浴びてこい、の次に『うちに泊まってけよ』は、さすがに言えないよなぁ」
かといって他に選択肢はあるか? 未成年ってホテルはそもそも無理だったはず。漫画喫茶やカラオケも、今の彼女を外に出すのは不安しかない。
せめて今夜だけでも、様子を見守りたい。
一階の客間を使ってもらって、僕は二階の自室に退避。
それなら納得してもらえるだろうか。……無理かもなぁ。
「まあ、念のため」
布団の準備くらいはしておこう。シーツを替えて、枕カバーは予備のやつを。
「泊めてくれるの? ありがとう」
小一時間ほどしてお風呂から出てきた汐見さんは、あっさりと頷いた。
僕のシャツは明らかにぶかぶか、変哲のないプリントがついたオーバーサイズの部屋着。なのに、まるでモデルみたいに着こなしていた。
ドライヤーでしっかり乾かした髪はつやつやで、頬に血色が戻り、すっかりと見違える。
さすが、校内で話題になる美少女だけある。
「……汐見さん、鶴の恩返しについて考えてみたんだけど」
「うん」
「もしも覗かれなかった鶴は鶴にならないから、ただの女の人でしかないよね」
「……うん」
「覗かれるまでは『鶴かもしれないし人かもしれない』。つまり、汐見さんにもまだ鶴の可能性が残ってる。シュレディンガーの鶴なんだよ!」
「人だよ」
「あ、ごめん」
照れ隠しに余計な話はしないほうがいい。してもこうなるのがオチだから。
風呂上がりの彼女は、離れていてもとにかくいい匂いがした。
同じシャンプーを使ったはずなのに不思議だ。
女子秘伝の、特殊な調合とかしているのだろうか。一種の錬金術みたいだな。




