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過去改変に消えたタイムリープ主人公の代わりに、この時間軸に取り残されたドン底不幸なヒロインを救う  作者: でい
第四章

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第39話 【小学校】

 キンコンカンコン。

 下校時間の合図。小学校の廊下に、ひび割れたチャイムの音が響いた。


「鳴海くん、遠国さん。迷惑かけてごめんね。先生はもう大丈夫だから、ありがとう」

「よかったです。……では失礼します」


 保健室のドアを静かに閉め、隣に並ぶ女の子に声をかける。


遠国とおくにさん、助かったよ」

「べつに、いいよ」


 カチューシャでまとめた、つやつやの黒髪。すらりとした手足に、女の子らしいピンク色のワンピース。

 遠国彩伽。

 ついこのあいだ越してきた転校生は、なんでもないように答えた。


「でも、すごいね。僕なんか焦ってばっかで、保健係なのに全然役に立てなかった」

「担任がいきなり倒れたんだから、すぐに動けただけでもえらいと思う」

「それは遠国さんのおかげ。処置が正しかったって、保健の先生も褒めてたし」


 さっきまでの出来事を思い返す。

 午後の授業を終えて『終わりの会』に移ると、担任の先生が急に息苦しそうにして床に倒れた。

 過呼吸、というらしい。強い不安や緊張のせいで起こると教えてくれた。

 たぶん、クラスであったいざこざが原因だと思う。他クラスでいじめ問題が出たから、些細なことでも、先生には大きな負担だったようだ。

 この春に赴任したばかりで、まだ慣れないのかもしれない。普段からよくテンパってる。


「袋を口に当てるなんて、よく知ってたね」


 遠国さんの指示で、僕はビニール袋を探しただけ。みんなもただ見守るしかできなかった。

 とっさに思いつくことじゃないし、五年生の授業でも習わないのに。


「……慣れっこなだけだから」


 彼女の返事はそっけない。妙に大人びた表情で、これ以上は聞きづらい空気だった。

 そのまま教室に差しかかったところで、


「よかったら、いっしょに帰らない?」


 気づけばそう口にしていた。しかし、遠国さんの顔にはわずかな驚きが浮かんでいる。


「え、どうして……?」

「どうしてって、たしか地区が同じじゃなかった?」

「地区……ごめんなさい。まだよくわかってなくて」

「引っ越してきたばかりだもんね。ついでだから、いろいろ案内するよ」


 なかなか返事がない。彼女は困ったように指を口に当てていた。

 よく考えると、ちゃんと自己紹介してなかった気がする。こいつ誰、とか思われてたりして。

 それなら、


「僕の名前は、鳴海凛人。どこにでもいる普通の小学五年生」

「知ってる。普通だよね」

「あ、うん。でもちょっと否定してほしかった」

「平凡なところ以外が見当たらなくて、ごめんなさい……」

「やめて。謝られると余計に心にくる」


 けっこうキツいこと言ってくるな。「自称普通がいちばん信用できない」とか、そういう返しを期待してたんだけど。

 たしかに身長は低いし、蒼一みたいにモテたりしない。学力も普通で、運動も目立つほうじゃない。せいぜいおばさん受けがいいくらい。

 つまり、平凡。

 遠国さんは、単に正直者なのかもしれない。変にごまかされるよりはマシか。

 そんなことを考えていると、彼女がぽつりと口を開いた。


「あ、風鈴みたいな名前」

「風鈴?」

「リン、と鳴る……みたいな」

「え……うわっ、気づかなかった! リントナルミ、外国で言ったらウケそう!」

「海外だと意味が伝わらないでしょ」


 的確なツッコミが入る。たしかにそうだ。

 ここは負けじと僕も頭をひねってみよう。


「それなら、遠国さんは……うん。思いつかなかった」

「遠くにいく、とかあるでしょ。引っ越す前によく言われたよ」

「……それは言いたくない。なんか、かなしい気がする」

「あはっ、意外と繊細なこと言うのね」


 遠国さんが吹き出す。八重歯がのぞき、目を細めると小悪魔みたいだ。

 年相応の笑顔を初めて見た。なんというか、けっこう可愛い。

 彼女はくくっと笑って、


「じゃあ、帰ろっか」

「え、いっしょに?」

「誘ったの、凛人でしょ」


 呆れたように、彼女はランドセルを肩にかける。そう、僕が誘ったんだった。

 というか凛人って。いつの間にか名前呼びになってる。


「それなら僕も、彩伽って呼ぶよ?」

「……いいけど」

「じゃあ、……遠国」

「ぷっ、呼ばないのかよー」


 あらたまると照れ臭いんだよ。

 それに蒼一と被るのも、真似したみたいで嫌なんだよな。『俺』って一人称も先に取られたし。


「そういえば、展望台にはもう登った?」

「……展望台?」


 昇降口まで降りたところで聞いてみた。


「ほら、丘の上にある」

「あそこって展望台なのね。ただの丘だと思ってた」

「この町自慢のランドマークなのに」


 市外から来た転校生はだいたい同じようなことを言う。さては彼女も都会っ子だな。

 今度は、遠国から質問が飛んできた。


「お友だち、今日はいっしょじゃないの?」

「蒼一のこと? あいつは先に帰ったよ」

「ふぅん」

「……あまり嫌わないでやってよ」

「嫌ってない。馬が合わないだけ」


 そうかな。

 遠国も蒼一もわりと雰囲気が似ている。本心と言葉が噛み合っていないところとか。

 ちゃんと話せば、仲良くなれると思うけれど。


「せっかくだから行ってみない? 町の景色がぜんぶ見れるよ」

「……まあ、いいけど」


 ***


「遅かったな。凛人、彩伽」

「え、なんでいるのよ」


 展望台に着くと、蒼一が待っていた。子分のように波留充希もいる。帰りに捕まったか。

 遠国は、だまされたような顔でこっちを見た。


「……凛人」

「先に帰ったとしか言ってないよ。家とは限らない」

「けっこうズルい手を使うのね」

「まあまあ、友だちの友だちは友だちって言うじゃん」

「敵の敵は味方でしょ。友だちの友だちはだいたい気まずいの」

「真理を突いてくるね……」


 気を取り直して、蒼一の持ってきたバドミントンで遊ぶ。

 波留と三人でローテーションを組み、遠国は混ざらず日陰のベンチで眺めていた。


「これ、買ってもらってよ。インスタントカメラ」


 テレテレッテーと効果音が鳴りそうな感じで、蒼一が大げさに取り出す。

 そのまま、ふてくされたように座る遠国に向けると、


 パシャッ。


「ちょっと、勝手に撮らないでよ」

「ビフォーの姿を撮っとかないとな」

「は? あとで整形するみたいに言わないで」

「これも思い出だ」

「勝手に思い出にしないでよ。元カノじゃないんだから」


 蒼一がわざとあおると、遠国は立ち上がって抗議する。

 そういうことするから馬が合わないとか言われちゃうんだ。




 蝉時雨が遠くで鳴きだす。

 気づけば、海側からまぶしい陽光が差し込んでいた。

 四人でバドミントンに熱中するうち、すっかり時間が過ぎていたらしい。


「うわ、きれい」

「ね、ここの夕日はすごいでしょ」

「うん……悪くない、かも」

「遠国さぁ。素直に、良いって認めなよ」

「……まあ、悪くないかな」


 案外、ひねくれてるなぁ。でもこれが彼女の素なのかも。

 照らされた横顔は、ほんのり赤みを帯びて、やわらかく見える。


「……連れてきてくれて、ありがと」


 小さな言葉がこぼれる。

 その本音が聞けてよかった。


「……そろそろ帰らないと」

「あ、そうだよね。途中まで送るよ」


 夕日が沈むということは、もう七時になる。

 彼女の両親が厳しかったら怒られてしまうかもしれない。

 遠国はこちらの様子を感じ取ったのか、


「気にしなくていいよ。暇をつぶせてよかった」

「暇つぶしなら得意。いつでも手伝うよ」


 蒼一たちにさよならを言って、急な坂道を駆け出す。

 遠国が同い年っぽく笑いながら追いかけてきた。


 もうすぐ夏休み。

 楽しい思い出を、今年もたくさん作れるといいな。

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