表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過去改変に消えたタイムリープ主人公の代わりに、この時間軸に取り残されたドン底不幸なヒロインを救う  作者: でい
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/51

第37話 置き土産

 懐かしい光景だった。

 畳敷きの八畳間。建て付けの悪いすりガラス。星柄の青いカーテン。

 和の意匠と対照的なシングルベッドと木製デスク。

 入口近くの棚には、ずらりとマンガが並んでいる。よく見ると、どれも完結済みの名作だった。


「ここは変わらないでしょう。まだあの子が行った日のままにしてあるの」

「……相変わらず、子どもっぽい部屋ですね」


 いまにも帰ってきそうですね、とは口にしなかった。その可能性は本人が否定している。

 小学生の頃からほぼ変わらない景色。必要以上に手を入れる意思のなかった、蒼一の部屋だ。


「机の上もあえて片付けなかったのよ。それに、あの子の日記も」

「日記?」


 蒼一の母親が指さした引き出しを開ける。

 花の絵の表紙に『じゆうちょう』と書かれた使い古したノートが出てきた。


「中身……読みましたか?」

「いいえ、読んでないわ。暗号文みたいで意味不明だったの」

「なら読んでますね」

「でも理解できたのって、『花火師の仕事って、こんな感じなのかもな』くらいよ」

「そんなポエムみたいなやつ覚えないであげて」


 聞いたこっちのほうが恥ずかしくなる。

 おばさんは持ち帰り用の紙袋を手渡して、先に階下へ去っていった。

 めちゃくちゃごまかしたな。まあ、読みたくなる気持ちはわかるけれど。


 日記、か。

 あいつがマメに日記をつけるわけがない。

 宿題の作文すら、てきとうにお茶を濁して叱られるようなやつだ。

 だからこれは——間違いなく、僕宛てに残したものだろう。


 ほかにも何かないか、机の周りを見てみる。昔あげた土産のキーホルダーや、一緒に作ったプラモデル。そういう小物だけが残っていた。

 じゃあ、ベッドの下の本も処分しておけよ。これも置き土産のつもりか?


「……あれ、こんなのなかったよな」


 ふと、ベッド脇の壁に掛けられたコルクボードが目に止まる。

 角の丸くなった写真がいくつも、真新しい画鋲で留められている。

 そこには、切り取ったコラージュが一面を覆うように貼り付けられていた。


 ジャングルジムに登ってピースする僕たち。

 お遊戯会で主役のあいつと、脇役に徹する僕。

 サッカーの試合に勝ったときのメンバー。

 展望台でつまらなそうにベンチに座る転校生。

 中学の陸上部で撮った集合写真。卒業式の記念写真。

 家族で祝う誕生日。自転車にまたがる小さい頃の燈里ちゃん。成長した笑顔の燈里ちゃん。

 防波堤から飛び込む地元のツレ。カラオケで熱唱する僕。公園の地べたでバテている後輩。

 高校の体育祭。去年うちで催したクリスマスパーティ。不機嫌そうな凪瀬のワンショット。

 最近撮ったらしい正装の家族写真。

 肩を組んで、馬鹿笑いする僕と親友——。


「ふざけんなよ……絶対、泣かせにきてるだろ……」


 わざわざ手間をかけやがって。これが、おまえのハイライトかよ。

 まだまだ、一緒にやってないイベントが残っている。修学旅行で回る場所とか、文化祭で何かやらかそうとか、いろいろ話してたじゃねーか。

 これっぽっちじゃ、全然足りないだろが……。


「……ん、これって」


 目頭を拭っていると、見慣れない一枚が目についた。

 凝った衣装に身を包み、舞台上でマイクを手にした黒髪眼鏡の美少女——アイドル姿に扮した汐見澪。


「……見ず知らずの他人を助けるわけがない、ってことだよな」


 帰り道のない旅路。あいつは汐見さんを助けるために過去へ向かった。

 たとえ別の世界線に移っただけだとしても、苦しい決断に至った理由が必ずある。

 答え合わせが、このブロマイドなのだろう。


「ふぅ……よし、——読むか」


 蒼一のデスクに腰を下ろし、気合を入れ直す。

 目の前には、名前のない表紙。薄汚れており、手汗を吸ってわずかに反っている。

 僕がこれを読むことは織り込み済みだろう。

 あいつの残した日記。せめて、きれいな字で綴っていてくれよ。

 暗号文だろうと、きっちり解いてやるから。




 空気が冷えて、周辺からアマガエルやヒキガエルの鳴き声が響く。

 すっかり夕方になっていた。

 高台の玄関を出ると、海へと向かう斜陽が鋭い光を放っている。


「凛人くん、夕飯も食べて行っていいのよ」

「お気持ちは嬉しいけど、遠慮しておきます。友だちが待ってるので」

「そうなの、残念ねぇ。またいつでもうちの子になってちょうだい」

「ハードルの高い誘いですね……」


 挨拶を済ませて、都筑家をあとにする。

 蒼一の妹は自室に引きこもっていたらしいが、ノックすることはためらわれた。

 いまは彼女を気にかけるタイミングじゃない。

 いずれ、きっと会うことになる。


 帰り道。

 気づけば遠回りをしていて、足は自然とそこへ向いていた。

 足元に影が差す。威圧するように構える色褪せた鳥居。その奥に荒れ果てた境内が広がり、古い蔵が取り残されている。


「……やっぱり、嫌な雰囲気だ」


 潮風が梢を抜ける音だけが、ざわざわと響き渡る。

 ここに来たことで、ある違和感の正体が明確に見えてきた。

 あらかじめ両親に告げていた、僕への言伝ことづて

 わざわざ残した、日記やコルクボードのコラージュ。

 そのほか、あらゆる置き土産が気づかせてくれる。

 ——自分のいない時間軸タイムラインが残ることを、蒼一は知っていた。

 認知できないはずの並行世界を、確実に認識している。


「この先に、おまえがいるのか……?」


 白波神社——時渡りの社。

 違う世界線の残像を映し出す神域。

 もしかすると、蒼一のいる現在へ繋がっているのかもしれない。


 もう一度、ここに踏み入れたらどうなるのだろう。

 またしてもあの悪夢を見てしまうのだろうか。

 それとも、親友に再会できる?

 確かめようにも、凄惨な映像を思い出すと、どうしても足が動かない。


 それに、もうひとつ、気づいたことがある。

 蒼一の日記に書かれた、日付としるし

 凪瀬彩伽——

 あの映像で見た彼女は、ひとりではなかった。

 背丈や雰囲気も異なる複数の彼女を、見ていた。

 その顔は、親友の部屋で見つけた写真と一致している。

 六年前、あのとき、救われなかった世界線の凪瀬……いや、遠国は——。


「あれ——凛人先輩?」


 突然声をかけられる。振り返ると、そこにはボーイッシュな後輩が立っていた。

 さらさらのショートカットに、褐色の健康的な肌。短パンと肩を出したランニング仕様の格好。

 汗だくの顔を拭う女の子は、


「波留……」

「こんなところで、珍しいですね。……よかったら、一緒に走りませんか?」


 地元の町にいまも住み続けている幼なじみ——波留充希はるみつきだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ