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過去改変に消えたタイムリープ主人公の代わりに、この時間軸に取り残されたドン底不幸なヒロインを救う  作者: でい
第四章

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第36話 過去に戻る方法

 梅雨の湿った風が内庭から吹き込んでくる。

 窓際の風鈴がちりんと鳴った。


「過去に戻る方法、だろう?」


 都筑の父親が表情を引き締めて、切り出した。

 まるで事情をすべて見透かしているかのよう。


「はい。それが知りたくて、今日は訪ねました」


 時間の流れは、本来やり直しが効かない。絶えず進み続けるものだ。

 しかし、それに抗う唯一の方法がある。

 蒼一が持つ異能——過去をさかのぼる力、タイムリープ。

 もし僕にも、その力で過去を変えられるのなら——。


「そのすべはない」

「え」

「正確には、凛人くんには扱えない。もっと言えば、顕現できるのは——蒼一だけだ」


 コトンと湯呑みを置く音が響いた。

 おじさんはゆっくり腕を組み、昔語りの調子で口を開いた。


「遠い昔、先祖のひとりが同じような力を用いて、奇跡を起こしたと伝わっている。古い伝承では、恐ろしい水害から村を救ったとも」

「それって……未来から過去に戻り、先読みして避難させたとか?」

「先読みの部分は正しい。まるで見てきたかのように強く説得したらしい」

「……つまり、先祖にも似た力を持つ人がいたと」

「まあ、子守唄のように語り継がれてきた、おとぎ話みたいなものだがな」


 そう言われて、納得せざるを得ない。過去に戻って未来視で村を救うなんて、まさにおとぎ話。玉手箱を開けて一気に歳をとったり、鶴が恩返しにやってきたりするたぐい——さすがに、それよりはリアリティがあるか。

 そういえば、展望台の辺りに石碑のようなものがあった気がする。いまは角が丸く削れた石に成り果てているけれど。


「まさか、あの子がいにしえの逸話をなぞるとは思わなかった。だがおかげで、いろいろと腑に落ちたよ」


 もしかすると、それは隔世遺伝のようなものかもしれない。

 魔法のアイテムや儀式的なギミックではなく、神様から授かったチートでもない。あえて言うのなら、一族の中に眠る特異体質。

 先祖の逸話と同じく、蒼一はいくつもの事象を的中させたという。

 すでに未来を見ているあいつなら、予言めいた先読みができて当然だ。


「あの神社は、どうして廃れてしまったんですか?」


 もうひとつ、大きな疑問が残っていた。

 小学生の頃までは健在だったのに、いまやすっかり寂れて、異様な雰囲気を漂わせている。

 蒼一の父親はそこの宮司だった。管理を放棄している理由はなぜだろう。


 おじさんは神妙な顔つきになり、声のトーンをひとつ落として言う。


「白波神社を今のような状態にしているのは、蒼一の意向だ」

「え、なぜですか。神様がまつられていたはずでしょう?」


 身を乗り出して聞く。おそらく、僕が体験した出来事にも通じている。

 廃れてしまったせいで、神の怒りを買ったのかもしれない。


「正式には、御祭神ごさいじんだな。わしらの祖先は、代々この地の氏神うじがみとして祀られてきた」

「じゃあ、なおさら放っておかないほうが……」

「そうせざるを得ない理由があるらしい。あの子の境遇を思えば、いつまでも崇め続けてはいられんのかもな」


 その口ぶりには同情の念が混ざっていた。僕も知らない事実を、蒼一から聞いているのだろう。

 たしかに、あの能力はあいつにとって、ある種の呪いなのかもしれない。

 目の前で不幸な人間を見て、放っておける性格じゃない。

 汐見さんを救おうと——あるいは、凪瀬を救ったように。何度も似たような試練をくぐり抜けてきた。


「……あそこって、たしか別の名称がありませんでしたか?」

「ああ。祭りの祝詞のりとでも唱えるよ。白波神社は昔、時渡りのやしろと呼ばれていた」

「時渡り……僕、あそこで妙な映像を見ました。いや、映像というか——別の世界の残像のようなものを」

「ほう……聞いたことがあるような、ないような」

「何か文献が残っていたりしませんか?」

「いや……全部虫にやられた」

「しっかりしろ、元神主」


 笑っていいのかわからない。冗談であってくれよ。

 おじさんは「あそこの蔵に、まだ残っているかもなぁ」と、のんきにとぼけてみせる。

 思い返せば、境内の奥に怪しげな蔵が佇んでいた。立ち入る勇気はないけれど。


「……なぁ、凛人くん」

「なんですか?」

「あの荒れ地、もったいなくないか。何にすればいいと思う? いっそカラオケでも建てるのはどうだろう」

「心配しなくても、そのうち心霊スポットとして盛り上がりますよ」


 あんな不気味な場所、飢えた配信者が放っておくはずがない。まあ、本気で言ってるわけじゃないと思うけど。

 結局のところ、蒼一の実家でも、過去に戻る方法は見つからなかった。

 それどころか、不可能だとはっきり告げられた。

 だったら、僕はどうすればいいんだ。このままでは汐見さんに顔向けできない。


「安心しなさい。悪いようにはならない」


 僕の表情を見て、蒼一の父親は心を見透かしたように言う。

 懐の深い眼差しで、こちらを見据えている。そういえば、ここを訪ねた理由も察していた。

 藁にもすがる思いで、その真意を問う。


「どうして、わかるんですか」

「蒼一が言っていた。君が近々ここに来ることも予言していたよ」

「なるほど……」


 それなら間違いない。なによりも心強い言葉だ。『俺が見た未来』とか本でも出していれば、きっと飛ぶように売れたぞ。

 張りつめた空気を和らげて、蒼一の父は柔和な笑顔を見せた。


「蒼一は、親友の凛人くんを信頼していると言ってたよ」

「……そう、ですか」


 ——信頼。

 あいつは僕に、何を期待しているのだろう。

 何の力も持たない僕に、応えられることなんてあるのだろうか。


「あ、そうだわぁ」


 黙ってお茶をすすっていたおばさんが、思い出したように口を開く。


「凛人くん、蒼一の部屋を好きに見ていきなさい。あの子もそれを望んでいたの」

「……じゃあ、遠慮なく上がらせてもらいます」

「ベッドの下の雑誌もついでに持ち帰ってね」

「そういうものの隠し場所はもっと工夫したほうがいいよな……」


 会話を聞いて、おじさんがしょんぼりとした表情を見せる。おい、今日一の顔するな。


 ともかく。蒼一の両親の計らいで、親友の部屋を調べさせてもらえることになった。

 何かしらのヒントが残っているかもしれない。

 僕に何も告げず、勝手に過去へと消えた理由。

 せめて、一言でも書き残しておいてくれよ。


 真面目な話も落ち着いたところで、旧知のくだけた雰囲気が生まれる。

 蒼一の思い出話を持ち出しながら、なんとなく気になっていたことも聞いてみた。


「そういえば、リフォームしたんですね」

「蒼一の学費が浮くって早めにわかったから、思い切って改装しちゃったの」

「トイレも洋式でウォシュレット付きだ。使うなら座ションで頼む。母さんがうるさいんだ。あ、照明は自動で、水も勝手に流れるぞ」

「凛人くんのおうちも新居だから、きっと同じ感じよ。ね? 座ションよね?」


 なんというか、蒼一の両親だけあってたくましい。

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