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過去改変に消えたタイムリープ主人公の代わりに、この時間軸に取り残されたドン底不幸なヒロインを救う  作者: でい
幕間

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第34話 【雨が降る】

 明晰夢。すぐに悪夢だと気づく。もう何度目かもわからない。

 重い体を引き上げるようにして、柵を越えて暗がりに飛び立つ。

 満天の星。宇宙遊泳に出かけるみたい。

 すぐに浮遊感が訪れ、闇の中へと深く深く吸い込まれていく。

 この時間がやけに長い。まばたきする余裕さえあった。

 星空の煌めき。

 きれいだなぁ。これで楽になれる——いやだ。

 いやだ。やだ。やだ。やだ。

 ぷつり——と途切れ、視界が赤く染まり、真っ暗に消える。


「……っ」


 息を詰めたまま、布団の上で身を起こす。

 鈍い頭を抱え、湿った畳の匂いをかすかに感じ取る。古く、狭い和室。

 現実に戻ったのだと、ようやく理解した。


「学校の時間だろ。早く起きなよ」

「……はい」


 細い目の男が顔を覗き込んでいた。背筋にぞくりとした違和感が走る。

 でも、こんな朝にも慣れてしまっていた。感覚が鈍ってきているのかもしれない。

 その視線を背中に受けながら、居間へ向かった。


「おはよう、ママ」

「彩伽……さっさと朝ごはん準備して」


 挨拶をしても、返事は返ってこない。もう、当たり前の光景になっていた。


「うん、食パンとコーヒーでいい?」

「朝から偏頭痛がひどいの。たぶん気圧のせい」


 ママは吐き捨てるように言う。

 ボサボサに跳ねた長髪。かつては艶やかな黒髪を誇らしげに整えていた。

 今日はよくない日だ。発作が出るよりはマシ。

 たぶん、雨が降る。


 朝ごはんの準備を終えて、隠れるようにして身支度を整える。

 薄ピンクのワンピースに袖を通し、鏡の前でカチューシャの位置を直す。


「ほんと気が利かないのよ、あの子」

「まあまあ。あと数年の我慢だ」


 薄い扉の向こうから会話が漏れる。

 男はわたしを子ども扱いしているから、何を言っても理解していないと思っている。

 だけど、大抵のことはわかる。

 あと数年すれば外に放り出せる?

 それとも——考えたくもない。


「……早く消えろ」


 この男とも、どうせ長く続かない。まともな仕事に就いているのかも怪しい。

 どうしてママはわざわざ引っ越しまでして、この人と一緒にいるのだろう。

 答えはない。わたしはついていくしかない。

 ママには、わたしがいないとダメだから。


 玄関で靴を履いていると、背後から声がした。

 振り返ると、ママの彼氏がにやけ顔をして立っていた。


「潮の香りがここまで届いてる。今日は大晴れになりそうだ」

「……そうですね」

「学校には慣れたか? 小学五年生なんて男はガキばっかりだろ」

「子どもっぽいとは、少し思います」

「なぁ、彩伽。もっとくだけて話していいんだぞ。なんなら、パパと呼んでもいい」

「……まだ、ちょっと恥ずかしいです」

「ふふ、まあ、そのうちな」


 ——そのうちなんて未来永劫こない。


「いってらっしゃい、彩伽」

「……行ってきます」


 傘を手にして、玄関を出る。

 外気に触れた瞬間、潮の匂いが風に乗って押し寄せる。夏日の強い陽射しが肌を刺した。

 高い建物がないから、影もない。

 バカみたいに青い空が広がっていた。


「……ぷふっ」


 思わず小さく吹き出す。

 こんな田舎町、来たくなかった。


 ***


 教室は朝からガヤガヤと賑やかだった。

 始業前のわずかな時間を楽しもうとする同級生たちのエネルギーに、少し感心してしまう。


「おはよう、彩伽ちゃん。今日もいい天気だね」


 席に着くと、クラスメイトが話しかけてきた。

 彼女の視線に合わせて窓の外を見る。青空の奥に、背の高い入道雲がもくもくとそびえていた。


「そうだね。いい天気」

「あ、そうだ。昨日のテレビ見た? 予言の番組」

「あー……見た。ちょっと怖かったね」

「アハハッ、彩伽ちゃん信じてるんだ。大丈夫だよ。昔も同じような予言があったけど何も起こらなかったんだって」

「……じゃあ、安心だね。よかったぁ」


 返事に満足したのか、登校してきた別の子へと移っていった。大きな笑い声が響く。あちらが本命か。

 わざわざ声をかけてくれるのは、転校生だからだろう。使命感かもしれない。

 でも、悪意じゃない。それはわかる。


 愛想よくしていれば、人間関係に問題はない。

 でも人付き合いは苦手だ。正直、好きじゃない。

 人の気持ちを考えられないのではなく、考え過ぎてしまう。

 こういうの、なんて言うんだっけ。また図書室で調べてみよう。


「彩伽、暗い顔してるな」


 短髪の男の子が馴れ馴れしく横から口を挟む。


「……そう? いつも通りだよ」

「いつも通りの不機嫌な朝か?」

「……違うけど」


 油断した。知らずのうちに口角が下がっていたらしい。

 この子はなぜか、人の心を読むみたいに言ってくる。

 何がわかるんだよ。


「蒼一、それじゃケンカ売ってるみたいだ」


 もうひとり、別の男の子が割って入る。

 蒼一と呼ばれた子は頭を掻いて、気まずそうに目を逸らした。


「ごめん、遠国さん。こいついいやつだけど、言葉がヘタで」

「気にしてないよ」

「そう? 心が広いね。僕なら舌打ちしちゃう」

「おい凛人、言いすぎだろ」

「舌打ちどころか、しっぺ、でこぴん、発勁はっけいしちゃう」

「聞いたことないヤバいやつ混ざってる」


 ふたりは相撲をとるようにふざけ始めた。それ、はっけよいでしょ。

 たしか、都筑蒼一つづきそういちと凛人——鳴海凛人なるみりんとだっけ。

 背は低いけど、嫌いな顔つきじゃない。ちょっと可愛げのある目元をしている。


 チャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。

 ふたりは軽く手を振って席へ戻っていく。


「……変なやつら」


 不覚にも、少しだけ笑ってしまった。

 転校生に話しかけるボランティア係、今日もお疲れさま。


 先生の声を聞き流しながら、窓の外を眺める。

 入道雲は灰色を帯び始め、隙間から吹き込む潮風が重たく感じた。

 ああ、やっぱり降るんだ。


 世界の終わり、近いんだよね。

 こんな世界、さっさと消えて、なくなってしまえばいい。

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