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過去改変に消えたタイムリープ主人公の代わりに、この時間軸に取り残されたドン底不幸なヒロインを救う  作者: でい
第三章

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第33話 六年前

遠国とおくに……?」


 口にした瞬間、当時の記憶がふっと蘇る。

 小学生の頃、内地から短い期間だけ転校してきた女の子。

 カチューシャでまとめた、艶のある黒髪。すらりと長い手足。

 愛想はいいのにどこか素っ気なく、やけに大人びていた。


「そうだよ。気づくの、遅すぎん?」


 前髪とツインテールにピンクのメッシュ。地雷系風の派手なメイク。軟骨まで連なるピアス。

 身長も高く、曲線美も違うはずなのに——。

 長い黒髪の少女の輪郭が、目の前の凪瀬と徐々に重なっていく。


「え、嘘だ」

「ほんと」

「だって名字が違うじゃん。ほら、遠国と凪瀬」

「その子の下の名前、思い出せない?」

「……あっ! たしか、アヤカ……いや、サヤカ? ……アヤコ?」

「思い出せよ」


 名前の輪郭はおぼろげだ。そういえば下の名前で呼んだことなかった気がする。

 でも、あの子のシルエットは確かに浮かんでいる。あらためて見ると凪瀬とそっくりだ。

 聞けば、『遠国』は母親の旧姓で、今の『凪瀬』は父親の名字らしい。


「こんだけ一緒にいるんだから、普通に気づいてよ」

「いや、このメイクじゃわかんないよ。ピアスもしてなかったし、だいぶ印象が違う」

「それでも気づいてほしかったなぁ、凛人」


 ゆっくりと区切るように、僕の名前を呼ぶ。

 その響きに、当時の呼び声が重なって聞こえた。


「本物の遠国だ……!」

「わたしは一瞬でわかったけどね」


 去年の秋、転校してきた凪瀬と目が合った瞬間を思い出す。そのすぐ後、いきなり下の名前で呼ばれた記憶。

 意外に気さくな子だと思っていたけど——あの時点でもう気づいていたのか。もしかすると、僕があの高校にいると予想していたのかもしれない。


「てか、蒼一はすぐに気づいたし」

「えっ? ……うわ、たしかにそうかも」


 蒼一と彩伽は、お互い下の名前呼び。いつの間にかそうなっていて不思議だったけど……小学校の頃から呼び合っていたなら納得。ひっそり嫉妬してたのが、今さら恥ずかしい。

 点と点が繋がり、当時の記憶がますます鮮明になった。


「いや、早く教えてよ」

「そんなのつまらないじゃん。……でも、さすがに気づいてほしかったから、今日ここに来たかったの」

「……なるほどね」


 眼下の景色は、当時をそのまま保存したみたいに変わっていない。空気の匂いすら、あの頃と同じだ。

 突き抜けるような空。碧い海。低い屋根の田舎町。

 この展望台は、僕たちの思い出の場所だった。

 放課後の遊び場であり、夏休みに繰り返し逢瀬を重ねた隠れ家でもあった。

 ——そして、夏の夜の秘密。ふたりきりで叫んだ、世界の終わり。


「あっ! じゃあ凪瀬、あの予言覚えてる?」

「もちろん覚えてる。忘れるわけないから」


 凪瀬の表情が、ほんのり感傷に染まる。僕も同じ顔をしていた。

 当時流行った、「世界の終焉」を告げる予知夢。人類滅亡のシナリオ。

 もっと昔にも似た大予言が流行ったらしい。恐怖の大王が降ってくる、とかいうやつ。

 リバイバルみたいな内容でも、当時の僕たちにはじゅうぶん刺激的だった。


「懐かしい。あれ、いつだっけ」

「わたしが転校してきて、また転校していった年だから——」

「あ、五年生の夏だ。十歳のときか」


 先に答えを見つける。けっこう小さい頃だったんだな。

 今思えば、あの歳でよくあんなことをしでかしたものだ。


「じゃあ、六年前になるのか。つい最近のような気がするな」

「いやいや……凛人、六年ってけっこう長いよ」


 凪瀬が呆れたようにツッコむ。

 たしかに六年もあれば、これだけ大人っぽく変わる理由もわかる。

 なんというか、女らしくなった。


「あ。今、エロい目で見てきたでしょ?」

「見てない。これ、真顔だから」

「真顔のときがいちばん怪しいんだわ」


 図星を突かれる。いや、エロい目じゃなくて、たまたま視線がいっただけ。

 真顔はカモフラージュにならないらしい。表情の作り方には気をつけよう。


「というわけなの、澪。……証明できたでしょ?」


 凪瀬は僕を飛び越えて、後方の汐見さんに話しかける。

 思い出話に花を咲かせて、すっかり置いてきぼりにしてしまった。


「……六年前から、ってこと?」

「そう。わたしのほうが早かったでしょ」

「なんの話? 僕も混ぜてよ」

「ま、そのうちね」


 凪瀬が意味深に返す。なんだ水臭いな。……え、まさか二次性徴についてのセンシティブな話題?

 だとしたら、気まずい……と汐見さんを横目で見る。どことなく彼女の表情が暗い気がする。

 たしかに、小学五年生の時期はいろいろあるもんな。

 もう六年も前かぁ。


 六年前——


「……ん? 六年前って」


 頭の隅で、嫌な予感にぶつかる。

 もう一度振り返り、汐見さんの顔を見つめる。

 そういえば——彼女の両親が亡くなった年も。


「あの、汐見さんがおばあちゃんと暮らし始めたのって」

「……うん、六年前だよ」

「あっ、ごめん……」

「いいよ。もう昔のことだから」


 汐見さんは少し伏し目がちになって、気を遣うような笑顔をつくった。

 彼女を襲った悲劇。そして、残された多額の保険金が意味するのは——。


「私は、両親を交通事故で亡くしたの」

「……そうなんだ。それは、残念だったね……」

「つらいけど、今なら仕方ないと思える。防ぎようのない事故だったから」

「防ぎようのない?」


 僕の反応に、汐見さんは静かに口を開く。あとで警察から聞いた話だと、その唇がわずかに震えた。


「事故が起きたのは——あの大規模停電の夜」

「え——」


 その言葉に、体がこわばる。

 聞き間違い……じゃない、よな?


「そう。街全体が真っ暗になった夜だよ。覚えてる?」


 忘れられるはずがない。

 あんな出来事は、一度しか経験していない。


「その日、私はたまたまおばあちゃんの家に遊びに来てて——」


 汐見さんは景色を眺めながら、思い出すように言葉をつなぐ。

 僕は唾も飲み込まず、黙ってその続きを待った。


「夜になって、両親が迎えに向かう途中、街灯と一緒に信号が消えて——」


 いや、まさか。嘘だ。そんなはずはない。

 僕は虚ろな気持ちで、相槌すら打てない。

 おそらく、背後の凪瀬も同じ。


「ライトしか映らない交差点で——トラックとぶつかって……」


 見通しの悪い交差点。たまたま大型車相手。古い信号機で、非常電源が備わっていなかった。

 いくつもの不幸が重なった、そんな事故だった。

 彼女の声は次第に途切れる。むしろ、僕の耳が遠のいていたのかもしれない。

 言葉の意味を受け入れるのを、頭が拒んでいる。


 沈黙が落ちる。傾き始めた西の空の下、遠くで潮騒がかすかに響いている。

 汐見さんは僕たちの顔を見て、ハッとしたようにうつむいた。

 違う。汐見さんのせいじゃない。


 そのまま、展望台を下って、駅の方面へと向かう。

 僕と凪瀬は、駅に着くまでほとんど言葉を発さなかった。

 汐見さんも何かを感じ取っていたようだ。

 帰りの電車で、三人とも——言葉を忘れたみたいに黙っていた。


 最寄り駅からの帰り道を歩く。

 学校へ行く手前の交差点で、汐見さんがふと立ち止まった。


「鳴海くん。私、今夜はおばあちゃんの家に帰るね」

「え、大丈夫なの?」

「たぶん、もう実紀さんたちはいないよ。普段の生活圏も近くないし、ずっといるわけにもいかないと思うから」

「でも……」


 とはいえ、週末だし可能性はゼロじゃない。万が一危険な目に遭ったらと思うと、快く送り出すわけにもいかなかった。

 すると、隣にいた凪瀬が手を挙げた。


「じゃあ、わたしがついて行くよ」

「でも……彩伽、無理しなくていいよ?」

「無理してないって。心配なの」


 凪瀬は汐見さんに微笑みかけ、今度は僕の顔を見る。

 あえて明るく振る舞うように、


「凛人も、わたしが護身術やってたの知ってんでしょ?」

「知ってるけど……」


 中学時代に少し齧っていたと、前に聞いたことがある。

 でも、それで心配が消えるわけじゃない。


「そういう自称経験者がいちばん不安だよ。男の力は強いんだから」

「……じゃあ、試してみる?」

「え?」

「ほら、わたしに襲いかかってみてよ」

「……どんな感じで?」

「こう、抱きしめる感じで」

「でも護身術でやり返されるんでしょ? 痛いのやだよ」

「やり返さないから」

「え?」


 一瞬、時が止まったように顔を見合わせ、思わず吹き出した。

 コントみたいなやり取りに、空気が少しだけ軽くなる。これが凪瀬の狙いだったのか。

 汐見さんの顔にも、どこか安堵が浮かんでいた。


「じゃあ、頼んでいい?」

「凛人に頼まれなくても、守るっての」

「……ありがとう、彩伽」


 夕暮れに差しかかる街を背景に、ふたりが交差点を曲がっていく。その姿が見えなくなるまで、じっと見送った。

 おそらく、凪瀬は自分の責任を果たすつもりだろう。

 僕と同じ後悔が、彼女の中にもある。


 重い足を引きずり、家に着く。この疲れは、心が呼び起こしたものだろう。

 その心境が影を落としているのかもしれない。玄関の灯りを点けても、独りきりの家はいつもより暗く感じた。

 明日は日曜日。予定はすでに決めている。もとより、行くつもりだった場所だ。


 僕は——タイムリープする方法を探さなくてはいけない。

 都筑蒼一のように、タイムラインをさかのぼる。

 過去に戻って、起こしてしまったあやまちをやり直す。


 汐見さんが大事な家族を失った、六年前の交通事故。

 彼女の両親が事故を起こしてしまったのは、

 僕のせいなのだから。

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