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過去改変に消えたタイムリープ主人公の代わりに、この時間軸に取り残されたドン底不幸なヒロインを救う  作者: でい
第三章

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第31話 海見日和

 土曜の昼前、天ノ浦海岸。

 灰色がかった雲が低く流れ、波はささやくように寄せては引いていく。


「おおー、絶好の海日和じゃーん!」


 浜の手前で、凪瀬が両手をひろげて海風を吸い込んだ。


「ああ、見事に曇ってるな」

「……せっかく来たんだからムードだけでも合わせてくれん?」


 凪瀬は腰に手を当て、不満げにこちらをにらんでくる。黒いワンピースの裾が潮風にあおられ、ひらひらと舞う。

 そう言われても、梅雨時期の海はただ閑散としている。

 砂浜には海の家の骨組みがぽつんと残り、ライフセーバーの旗も、人のざわめきもない。


「どっちにしろ泳がないんだし、涼しいくらいがいいやん」

「……まあ。それならたしかに、今日は絶好の海()日和だね」

「あ、水着回じゃなくて残念なんでしょ」

「それはもちろんそう。……え、顔に出てた?」


 凪瀬と汐見さん。美少女と評判のふたりと一緒なのだから、できるなら拝みたかった光景だ。

 けれど、海開きはまだ先。叶わぬ願いなのはわかっている。夏よ早く来い。


 ふと視線を向けると、汐見さんは前と同じく、水平線を見つめていた。

 ネイビーのキャップからこぼれるプラチナブロンドが風に揺れ、血色を取り戻した淡雪の肌にさらさらと触れている。

 広がる大海原を前にして、今の彼女は何を感じているのか。


「……ん、どうしたの?」


 視線に気づいた汐見さんが小さく首をかしげた。

 その表情にかすかな笑みが浮かんでいる。


「いや、つい見惚みとれてた」

「えっ!?」

「え? あっ、ごめん! 凪瀬との悪ノリが出ちゃった」


 驚いた彼女の顔を見て、ようやく自分の言葉を自覚する。


「ふぅん……見惚れてたんだ」

「……仕方ないだろ」


 だって、前にここへ来たときの無表情な横顔とはまったく違う。

 年相応の自然な、少女らしい素顔に見えたから。


「なぁに、いい雰囲気になっちゃってんの」

「凪瀬にも見惚れてたよ」

「ついでみたいに言うなし」


 凪瀬は、つんと真紅のリップを尖らせる。彼女らしい小悪魔な仕草。

 ほんとほんと。贅沢な状況だと理解してるって。


 海岸線を並んで歩き、途中で防砂林の縁のコンクリブロックに荷物を下ろす。


「浜の中まで歩く?」

「えー、砂がつくじゃん」

「え、じゃあほんとに眺めるだけに来たの?」

「そうだけど」


 凪瀬はあっさりと答えた。ドライすぎる。

 元地元民の僕も今さら興奮はしないけど、せっかく海に来たのだから、もうちょいテンションを上げてもいいと思う。

 浜を駆けて波打ち際できゃっきゃするとか。


「ねー、陽が照る前にピクニックしちゃおーよ」

「そうするかぁ。お腹も空いたし」

「私、飲みものを買ってくるね。どれがいい?」


 持参した弁当を広げる。

 サンドイッチと唐揚げ。担当を分けつつ、早朝から協力して準備した。すっかり三人暮らしも板についた感じ。

 さざなみの生演奏をBGMに、なごやかなランチタイムを過ごす。

 平穏そのものだ。こういう休日を過ごせるって、まさに青春だよなぁ。


「はい、凛人のお茶」

「ん? このペットボトル、さっき凪瀬が飲んでなかった?」

「間接キスしよ?」

「どんな誘いだよ」

「その次、私に回してね」

「どういう展開だよ!」


 これが青春、なのだろうか。

 高校生には少し複雑で、贅沢すぎる関係な気がする。


 ***


 ランチも終えると手持ち無沙汰になり、今度は海から町のほうへと歩き出す。

 今回は前回とは逆に、反対側の海岸線から展望台を目指した。

 休日にも関わらず、人通りは少ないまま。

 僻地には少子化の波が着実に侵食している。引越してった僕が言うのもなんだけど。


「——だからね。小数点以下の計算を強いるくらいなら、そもそもの基準点を見直すべきなんだって」

「いや、なんでベルマークをそんな熱く語れるわけ」

「おばあちゃんですらもう集めてなかったよ」


 そんな会話を繰り広げていると、さびれた境内——白波神社の前に出た。


「おっ、蒼一の先祖の神社じゃん。荒れ放題になってんね」

「あれ、凪瀬知ってるんだ?」

「まあね。前に、聞いたことあったから」


 意外とマニアックな情報をつかんでたんだな。

 けれど、さすがに都筑蒼一の現在地までは知らないだろう。

 あいつが時間旅行に出かけたことは秘密だし、凪瀬はチベット高原の僧院で修行中だと思っている。というか、こんな荒唐無稽な話を、よくもまあ皆すんなり信じられたな。

 彼女には真実を伝えてやったほうがいいのだろうか。案外、マンガ好きだからすぐに受け入れるかもしれない。


「なんだか、不気味ー」

「昔はそんなふうに思わなかったけどな。よく遊びに来たし」


 神社は、静まり返った寂しさを漂わせていた。

 瓦礫と枯れ草の隙間から、雑草が伸び広がった荒れ地。奥に眠るおんぼろの蔵。

 入口の色褪せた鳥居が、近づきがたい異様な存在感を放っている。


「でも、今は踏み入れたくないなぁ」

「虫いそうだし、罰ゲームでもイヤ」

「……彩伽、そんなこと言ってバチが当たらない?」

「平気っしょ。おばあちゃんっ子は信心深いねぇ」


 ——そのとき。

 鋭い突風が境内を突き抜け、汐見さんのキャップが宙を舞った。

 そのまま、敷地内へと飛んでいく。


「澪にバチが当たった」

「どうして私なの……」

「いいよ、僕が取りに行くから」


 鳥居をくぐって、鬱蒼とした雑草の中を五歩、六歩と進む。

 ストリート調のキャップを拾い上げて——


「あれっ?」


 一瞬、手からすり抜けたように見えた。

 しかし、手元にはしっかりと握られている。なんだ今の。


「大丈夫、汚れてはないよ」


 キャップを掲げながら振り返った、

 その瞬間——


「——え」


 こちらを見る汐見さんの姿が、砂嵐にまぎれたようにぼやける。

 そして、一瞬にして()()にすり替わった。


「うっ——」


 思わず視線を逸らす。今度は凪瀬が視界に入った。

 心配そうに見つめるその顔が——ぐにゃりと歪む。


 反射的にぎゅっと目をつぶる。

 だが、もう遅かった。

 スプラッタを十倍速で再生するかのように、ドス黒い光景が濁流となって襲いかかる。画面が切り替わる間もなく、赤と黒のフィルムが連続して明滅し、まぶたの裏を灼き焦がした。耳鳴りと吐き気が同時にこみ上げ、呼吸すら奪われる。

 ——鉄くさい匂いが鼻腔を満たすほど、不快な幻影が脳内を駆け抜けた。


 気づけば、境内の外に飛び出していた。

 道路に倒れこみそうなところを、ふたりが慌てて引き止める。

 心臓が飛び出そうなほど早鐘を打つ。

 全身から嫌な汗が吹き出ていた。


「ハァ……ハァ……っ」

「ど、どしたん?」

「大丈夫……?」


 凪瀬と汐見さんが、心配そうに覗き込む。

 焦った表情は珍しいが、それ以外は何も変わらない——いつも通りの姿。


「鳴海くん……?」

「え……いや、なんでも……」


 ないわけがない。

 なんだよ今の映像——ふたりの、あの姿は。

 白昼夢にしては、あまりにリアルすぎる。


 握りしめたキャップを膝に当て、目の前の風化した朱の門を見上げる。

 湿り気を帯びた木肌から、古い苔と腐葉土の匂いがかすかに漂う。


 色褪せた鳥居は何も語らず——

 ただ、威圧するようにそびえていた。

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