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過去改変に消えたタイムリープ主人公の代わりに、この時間軸に取り残されたドン底不幸なヒロインを救う  作者: でい
第三章

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第27話 よろしくね

 昼休みを丸ごと奪った、長すぎる修羅場を越えて。

 午後の授業は矢のように過ぎ去り、気づけば下校時間を迎えていた。

 そして——舞台は変わって、僕の家。


「さーて、汐見さんの御家騒動も一段落したし、次の議題に移ろっか」

「もう俎上に載せないでほしかったのに……」


 リビングのソファで、凪瀬がすらっとした足を組む。短めのスカートから白いふとももがのぞき、目のやり場に困る。

 家主の僕は、フローリングに正座していた。今回は指示されてこのポーズ。異端審問でもはじまるのかよ。


「今朝はバタバタしてたし、ちゃんと確かめてなかったんだけど——」


 凪瀬は心配げな眼差しを、ソファに並ぶ汐見さんへ向けた。


「凛人に、何もされなかった?」

「いやいや! 何もしないって!」

「ちょっと、凛人に発言権はないから。てか、必死に否定したら汐見さんが傷つくじゃん」


「じゃあどう弁解すればいいんだよおおお!」と心の中で叫ぶ。発言権は取り上げられている。

 凪瀬の問いに、汐見さんは落ち着いた表情で答えた。


「うん、去勢されたオオカミみたいに何もしなかった」

「もっと言い方あるだろ」

「はい、凛人は静粛にー」


 審問官の凪瀬が止める。こんなの、中世の魔女裁判じゃんか。


「ま、傷心した女の子に手を出す人じゃないもんね」

「鳴海くんは誠実だった」

「そこはさすが。……汐見さんの事情はもう知ってるし、凛人の家に泊まったのも、たぶん筋の通った経緯があると思う」


 そこで、凪瀬は鋭く切り込む。


「でも、まさか今夜も泊まるつもりじゃないよねぇ?」


 汐見さんを見やりながらも、その言葉は明らかに僕に向けられていた。


「川嶋先生が『鳴海くんに任せた』って」

「いや、流美ちゃんの言葉に法的拘束力はないから。一時的な避難なら納得できる。けど、普通に男子の家じゃん。しかも一人暮らしの」


 凪瀬の主張は真っ当かつ正論だ。むしろ、こうして常識を突きつけてくれる存在が必要だったはず。

 両親に許可を得ているとはいえ、本来なら高校生の男女がひとつ屋根の下で暮らすのは危うい。

 何かの拍子に間違いが起こらないとも限らない。

 自分で言うのもなんだけど、汐見さんみたいに魅力的な子とふたりきりでいて、理性を保ち続けられる自信はない。耐久値は着実に減りつつある。


 リビングに小さな静寂。

 凪瀬の言葉を受けて、汐見さんは弱々しくこぶしを握った。


「うん。ほんとは甘えだってわかってる。でも、できるなら……まだひとりにはなりたくない……」

「なるほど、ね。では被告の意見を聞いてみますか」


 凪瀬は試すような視線をこちらに送る。

 だからその目、そのメイクと相性よすぎるんだって。


「……まあ、同級生男子の家にクラスメイトの女の子が居候するのは、どう考えても問題あるけど」


 僕の言葉に、汐見さんは動揺したように瞳を揺らす。


「——でも、まだあの叔母夫婦が家に残ってるかもしれないし、今すぐ帰れって言うのは無責任かなぁ……って思うんだけど」

「……ふぅん」


 僕の言い訳を、凪瀬は冷めた目つきで受け止める。

 隣の汐見さんが顔を伏せ、唇を引き結んだ。

 凪瀬はしばし目を閉じ、考えるような素振りを見せると——。


「まあ、そのとおりだと思う」

「えっ」

「いや、凛人が言ったんじゃん。アイツらが待ち受けてるかもしれない以上、無理に帰すのはかわいそすぎん?」

「あ、うん。そうだけど」


 凪瀬は腕を組み、うんうんと頷く。

 今度は汐見さんが小さく声を絞り出した。


「凪瀬さんは、それで納得してくれるの?」

「するしかないじゃん。ていうか、べつにわたしも汐見さんを突き放したいわけじゃないし、そもそも凛人の行動にいちゃもんつけられる立場じゃないから」

「……凪瀬、おまえってほんとに良いやつだな」

「あはっ、ますます惚れ直すでしょ? ……でもぉ、かといってふたりきりの危険な状況を見過ごすわけにもいかないからぁ——」


 そこで、凪瀬は居住まいを正し、右手を挙げて堂々と宣言した。


「わたしもここに住みまーす!」

「へえっ!?」


 思わず正座を解いて立ち上がる。出したことのないハイオクターブが口から飛び出した。


「ということで、親父おやじに連絡します」

「いやいや、絶対ムリでしょ」


 凪瀬は父親と二人暮らし。男の家に転がりこむなんて報告したら、全力で止められるだろう。なんならお叱りを受けてもおかしくない。

 だが止める間もなく、凪瀬はもうスマホを鳴らしていた。

 応答を確認すると、そのまま耳に当てる。父親の声はここまで届かない。

 僕と汐見さんは、固唾を飲んでその成り行きを見守った。


「あ、親父? 今晩、友達の家に泊まるから」


 凪瀬は相談のニュアンスをすっ飛ばして言う。

 そんな急に告げられても、父親なら戸惑うはずだ。


「え、いーの? だよね。ありがと」


 いけるんかい。

 まあ、ここまでは想定の範疇。まだ友達が異性と知らないのだから、理解を示す親もいるだろう。

 まさか、このまま女友達の家に泊まると嘘をつくつもりか?


「は? 友達くらいいるよ。そう、男の子」


 言うんかい。

 ていうか友達いないの心配されてたのか。いいお父さんじゃん。


「いや、クラスメイトの男子だよ。男。男性。そう、異性の。……いや、地球人だって」


 どんな会話だよ。

 いきなりそんな爆弾発言されたら混乱するのも仕方ない。むしろ泣きたくなるかも。


「……はぁ。親父、なに泣いてんだよ」


 泣くんかい。

 いや、心配を通り越して泣くのもわかる。

 僕も可愛い一人娘がこんなこと言い出したら、きっと不安でしょうがない。


「めそめそ泣くな! 甲斐性見せろ! そんなんだからママに捨てられたんだろ!」


 めっちゃ言うじゃん。オーバーキルだろ。

 複雑な家庭背景がダダ漏れなんですが……なんとなくわかってはいたけど、凪瀬、大丈夫?


「……はいはい。わかってるって。ちゃんと連絡するから。……ありがと。親父、大好き」


 そう言って、凪瀬は通話を切った。

 そして何事もなかったような笑顔で告げる。


「快諾だったわ」

「絶対嘘じゃん!」

「快くうべなされたわ」

「言い換えただけじゃん。てかそんな語彙初めて知ったよ」


 ——というわけで。


「汐見さん、こんな形だけど、納得してもらえる?」

「うん。凪瀬さんが一緒で、なんかお泊まり会みたい」

「だね! わたし実はこういうの初めてなんだ〜」

「私も。ほんとに嬉しい」


 ふたりが和気あいあいと盛り上がる。あの、誰かのことを忘れていませんか。

 そして、思い出したように僕へ視線を向けると、


「今夜からよろしくね、家主さん」


 凪瀬はにっこりと小悪魔な笑みを浮かべる。

 悔しいけど、可愛すぎる笑顔だった。


 でも。

 今夜から、って。……父親への大事な報告、何か漏れてない?

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