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過去改変に消えたタイムリープ主人公の代わりに、この時間軸に取り残されたドン底不幸なヒロインを救う  作者: でい
第三章

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第24話 元気そうね

 窓の外は、暗澹あんたんとした空に影を落とすにわか雨。

 水滴がガラスを斜めに伝い、廊下の色を一段と暗くしていく。

 今朝はあんなに晴れていたのに。典型的な梅雨の天気だ。


 昼休み。

 応接室へ向かうと、すでに川嶋流美が待っていた。

 僕たちの姿を認めると、


「なんだ、またお手てを繋いでるのか」

「強力な磁石で、どうにも外れないみたいです」

「さっさと離せ。お遊戯会じゃないんだぞ」


 川嶋は静かにそう告げると、キリッと表情を引き締め、眼鏡の奥を光らせた。

 こんな雰囲気の担任教師は見たことがない。


 汐見さんが、覚悟を決めたようにそっと僕の手を離す。反対側の凪瀬も続いた。

 僕も、ここからは手じゃなく、存在そのもので支えるつもりだ。


「鳴海、凪瀬。その表情は抑えておけ。……まずは冷静にな」


 ノックののち、ドアをくぐる。

 革張りの匂いと、シックな掛け時計の秒針が室内に響いている。

 普段は足を踏み入れない応接室は、学校の中にあって別世界のように感じる。

 どこか息苦しい。

 その原因は、すでに応接椅子に腰を下ろしている二人にある。


 ローテーブルを挟み、ソファに川嶋先生、汐見さん、僕、凪瀬の順で腰を下ろす。

 正面の奥には叔母夫婦。


「お伝えしていたように、汐見の希望で友人のふたりを同席させます」


 川嶋が丁寧な口調で先陣を切る。

 相対する夫婦は温和に応じた。


「大丈夫ですよ。そのほうが澪も落ち着いて話せるのなら、こちらとしても大歓迎です」


 すでに座っていた女の人——叔母の鉢谷実紀はちたにみきは、しっかりメイクのコンサバスタイル。頬はマットで、口紅は落ち着いた赤色。

 隣の男性、鉢谷孝也はちたにたかやは浅く腰掛け、背筋の伸びた真面目なビジネスマン然としている。

 叔母夫婦と聞いていたが、二人とも想像よりずっと若い。三十代半ば、といった印象。

 汐見さんの話から、もっと嫌味な見た目を想像していた。


「澪……無事でよかった。帰ってこなかったから心配してたの」


 小さく腰掛けた汐見さんを見つめ、実紀が眉をハの字に寄せる。


「……でも、良かった。元気そうね」

「……はい」


 実紀の言葉に、汐見さんはぐっと堪えるように返事を絞り出した。

 少しかすれた声。組んだ指先が、膝の上でかすかに震えている。


「連絡が返ってこなかったから、澪に何かあったのかもと思って、学校に連絡したの」

「そしたら、今日は澪ちゃんが登校してると教えてもらってね。こうして慌てて来たんだ」


 実紀の言葉を孝也が引き取り、ホッと表情を崩した。


「とにかく、何事もなくてよかった」

「そうよ。もう、連絡もなしに外泊して。母は気にしなかったと思うけど、普通は大問題よ?」


 彼女の言う『母』とは、汐見さんの祖母のことだろう。

 どこかトゲのある言い方が耳に引っかかる。


「……さっそくだけど、本題に入りましょう」


 心配はここまでとばかりに、叔母夫婦は姿勢を正した。


「——澪、あなたのことは私たちが保護者として引き受けます」


 実紀は、よく通る声でまっすぐ言った。


「まだ話し合いの途中だったよね。母の死で辛いのは私も同じ……でも、ちゃんと決めなきゃ」

「そうだよ、澪ちゃん。お祖母様ばあさまが亡くなった今、頼る大人が必要だろ?」


 襟元を指で正しながら、孝也が柔和に続ける。


「君は、まだ高校生だからね。大人の目で見守らないといけない」

「未成年後見はいろいろ手続きが必要だけれど、私たちが責任を持って進める。安心していいからね?」


 頼る大人。大人の目。

 最初の印象も汐見さんを気遣うものだし、二人の主張も真っ当に聞こえる。

 事前に彼女の告白を聞いていなければ、信頼に足る大人に見えただろう。


 それがたとえ、表向きの顔だとしても。


「まあ……学校は別のところに転校になるが、まだ二年生だ。遅すぎることもないだろう」

「もし進学するつもりなら、学費の減免とか、奨学金って制度もあるのよ。その分、勉強をちゃんと頑張らないとね」


 ほがらかな表情で、説得力たっぷりに話している。

 まるで、準備していた台本をなぞるよう。

 しかし同時に、決定的な視点が欠けている。


 そこで、黙っていた汐見さんが、小さく声を出した。


「……実紀さんたちとは、一緒に住みたくない」

「え……じゃあ、どうするの?」

「……おばあちゃんの家が、あるから」

「ああ。でもあそこは古いし、大きな震災が起こればいつ潰れてもおかしくない」

「それでも土地付きだから買い手は見つかるでしょ。澪に余計な手間はかけさせないから」


 実紀と孝也は、やさしく取りなすように言葉を重ねる。

 叔母夫婦は相続した祖母の家を処分するつもりらしい。

 その提案に、汐見さんが慌てて食い下がる。


「で、でも、あそこは——」

「将来の資金をつくらないと。母の遺産も、あとで澪が困らないように、私たちがしっかりと管理してあげる」


 やっぱりだ。

 汐見さんのためと言いながら、本人の意向をまともに受け取ろうともしない。

 これは、はたして話し合いと呼べるだろうか。


「……嫌、です。転校するのも、あの家を売るのも」

「澪ちゃん、わがままばかり言っちゃいけない。今まではお祖母様に可愛がられて自由に育ったかもしれないが、そろそろ大人にならないと」

「姉たちももういないのだから、次の選択に目を向けましょう?」


 と、そこで——。

 こちらを横目で見ながら、実紀が鼻で笑う素ぶりを見せた。


「今は友達がいて転校したくない気持ちはわかるけど、これはあなたの将来の話よ。つまり、私たち身内の話」

「それにね」


 孝也が食い気味に被せる。革の椅子がばり、ときしむ。


「アイドル活動をしていたらしいけど、あれも事務所の不祥事で大変じゃないか。記事で読んだが……本当にヒドいところだったみたいだ。澪ちゃん、君の決断が正しいとは限らない証拠じゃないか」

「ねえ、澪、わかるよね? あなたは未成年で、何もかも自分で決めるには早すぎる」


 実紀は、これが答えだと言わんばかりに言い放つ。


「こんなに心配してる。私たちが唯一の家族なの」


 言い分だけ並べれば、筋は通っているように聞こえる。

 未成年の管理は大人が——正論に近い。

 僕だって一人暮らしとはいえ、両親の家で、仕送りをもらって生きている。決して自立しているわけじゃない。


 けれど、どうにも空気がざらついていた。

 言葉はたしかに汐見さんへ向けられている。だが、二人の視線は彼女に注がれていない。

 むしろ、その背後にある『何か』を見ているようで。


「……じゃあ、どうして」


 最初はかすれて聞き取れないほどの声だったが、言葉の矛先ははっきりしていた。

 汐見さんは、顔を上げないまま続ける。


「両親が亡くなったときに、手を差し伸べてくれなかったの」


 それを聞いて、実紀は「はぁ……」と深いため息をついた。


「仕方ないじゃない。当時は私も二十代で独り身だったし、そもそも母が引き取ると言ったの」

「……でも、おばあちゃんが入院してから、一度も様子を見に来なかった。おばあちゃんは、実紀さんをずっと待っていたのに」

「行こうとはしたさ。でも僕たちにも仕事や生活がある。なかなか足を運べなかったのはわかってくれるだろ?」


 孝也が遮るように言い訳を並べる。


「これからをやり直したいんだよ、澪ちゃん」

「もう私たちしか頼れないの、澪」


 言い終えると、叔母夫婦はすっきりした顔を見せた。

 言うべきことは言い切った——そう告げるような表情だった。

 短い沈黙。

 そこで、様子を窺っていた川嶋が、静かに切り出した。


「お二人の言うこともわかりますが、もう一年もすれば汐見も成年。それなりに判断できます。最近の子どもは、意外と大人ですよ」


 ふたたび沈黙が落ちる。

 時計の硬質な針の音だけが、やけに大きい。

 いつの間にか、手のひらが痛い。強く握りすぎていたらしい。

 隣の凪瀬も、組んだ指が真っ白になっている。相当、我慢の限界にきているようだ。


 こんな相手だから、彼女はこんなにも苦しんだ。

 行ったり来たりと上辺を並べて、都合のいい理屈で支配しようとする。

 腹の底では汚い下心がぐちゃぐちゃ煮えているくせに。


 左肩越しに、プラチナブロンドの髪が揺れる。

 汐見さんが、意を決したようにもう一度顔を上げた。


「おばあちゃんの家……私たちの大切な思い出は——絶対に渡さない」


 絞り出す声、それでもまっすぐな視線で、彼女は言い切った。

読んでいただき、ありがとうございます。

次回は【9/22 22:00】更新予定です。

よろしくお願いします。

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