第23話 充電
汐見さんとの面会を求めて、叔母夫婦が学校に来る——
叔母といえば、汐見さんの母親の妹にあたる、近縁の親族だ。
けれど、これまでの様子から察するに、関係はあまり良くなさそう。
理由は、祖母の家を叔母夫婦が相続したこと。
汐見さんは「帰る家はもうない」と言っていた。育った居場所を奪われたも同然だ。
ただ、単なる誤解でこじれただけの可能性もある。
追い出されたってのも早とちりで、実は手続きの行き違いだったり。
女子高生が二日以上帰っていないのだから、学校に押しかけても不思議じゃない。
スマホを触っている様子もなかった。連絡がつかず心配になって駆けつけた、と考えれば辻褄は合う。
それでも「面会を求めて」という言葉が引っかかる。
できればそばで見守りたい。でも、赤の他人にどこまで許されるのか……。
「同席したい? まあ、いいよ」
「えっ、本当ですか」
自習となった一時間目の最中。
廊下に出ていった川嶋先生を呼び止めると、あっさり頷いた。
「鳴海、おまえが頼んだんだろ?」
「そうですけど、簡単に通ったから拍子抜けで」
「汐見の意向だと伝えれば、相手も無下にはできないだろう」
そう言って、僕の隣を見る。
汐見さんが制服の裾を小さく握っていた。
「うん……鳴海くんがいたら心強い」
「というわけだ。可愛い子に頼られて羨ましい限りだな?」
「……でも、意外と柔軟なんですね」
「相手は嫌がるだろうが、表向きにはそういう顔をするさ」
表向きには。つまり、裏もあると川嶋は匂わせる。
「あ、わたしも行っていい?」
ついでのような口調で、横から凪瀬が割り込んできた。
川嶋は微妙な顔をしたが、「そもそも目を配れって言ったの流美ちゃんじゃん?」とでも言いたげな目で反論する。
「凪瀬さんも、いてくれたら嬉しい」
「いえーい」
「まあ、汐見がそう言うならいいだろ」
それもあっさりと決まる。結局、川嶋はどっちでもいいらしい。
こうもすんなり話が通ると、念を押したくなるのが人間の性だろう。
「あの、本当に僕たちも一緒でいいんですか?」
「あまりダメな理由を考えさせるな。私はそういう面倒くさいのが嫌いなんだ」
「教師に向いてなさすぎる……」
川嶋は気を取り直すように、リムレスの眼鏡をくいっと直した。覇気のない目は相変わらず。
「ちなみに、学校として対応はするが、話し合いに他の先生を挟む予定はない」
「校長とか、校長の座を狙う教頭あたりが同席するイメージですけど」
「みんなそういう面倒ごとは避けたいんだ。これが教員の本音だ、覚えておけ」
「聞きたくなかった……」
となると、汐見さんの叔母夫婦に対するのは、川嶋先生と僕たち三人。
妙な顔ぶれだが、それで汐見さんの負担が和らぐのなら。
彼女のために僕にできることがあればいいけど——いや、ここまできたら最後まで支えるしかない。
「それじゃ、昼休みになったらすぐ、一階の応接室まで来るように」
「え、昼休み? 今からだと思ってた」
もう気持ちを作っていた自分がバカみたいだ。
じゃあ一時間目を自習にしたのはなんだったんだよ。
川嶋を問い詰めると、あの状況で授業なんて入ってこんだろと言われる。たしかにそう。
一時間目の終業チャイムが響く。川嶋は「うわ、休憩時間が」と露骨に漏らした。
そういや僕たちも普通にサボってるな、と振り返ったその時。
「っ、汐見さん?」
膝を折るほどよろけた彼女を咄嗟に支える。
肩が小刻みに上下し、呼吸はヒュッヒュッと途絶える。顔は苦しげに歪んでいた。
「過呼吸かも」
「えっ」
「保健室いこ。凛人は袋探してきて」
汐見さんの肩を支えた凪瀬が、落ち着いて指示を飛ばす。
次の授業の担当教師に声をかけながら、一緒に保健室へ連れて行った。
***
「息を吸って、吐いて。繰り返して」
保健室。
ベッドに腰かけた汐見さんは、凪瀬があてた袋の中で呼吸を整えていた。
息の流れに合わせて、ビニール袋がガサガサと音を立てる。
「そう。そのままゆっくりと深呼吸して」
「凪瀬、手慣れてるね」
「……まあね。あんま自慢じゃないけど、慣れっこだから」
「でも、なんか……見覚えがある——」
たしか小学校の頃にも、同じ光景を見た気がする。
と、そこで。
汐見さんがゆっくり手を挙げる。もう大丈夫だと示していた。
「……ありがとう、凪瀬さん。鳴海くんも」
「気にしなくていーよ、このくらい」
「今朝から、タフな出来事が続いたもんな」
思い返せば、ここ数日で怒涛の変化が彼女を取り巻いていた。
当事者である汐見さんに心労が溜まるのも無理はない。
すると、凪瀬がんーっと背伸びをした。
「わたしも、ずっと気ぃ張ってて疲れちゃった」
汐見さんの隣へ、僕をベッドに押し込む。
そこにべったりと横から抱きついてきた。
「充電しよーっと」
「えっと、凪瀬。見られてるから」
カーテンの隙間から、女性の養護教諭と目が合う。
じーっと見られたかと思えば、鼻で笑って「ごゆっくり」と去っていった。……この人も誰かさんと似たタイプっぽい。
「こうしてないと、バッテリーが一秒ごとに減るんだわ」
「バッテリーパフォーマンスやばいよ。早めに交換したほうがいい」
「もう充電器つなぎっぱでよくない?」
凪瀬は「にひひ」と上目遣いで見上げる。小悪魔めいた仕草が、彼女の魅力をさらに引き立てる。
今度は反対側からトスンと重みが加わった。
「あの、汐見さんはなにを」
「……充電中」
左肩に頭を預けられる。シャンプーの香りがふわりと鼻腔に届いた。
今どきは、くっつけるだけの磁気充電式が流行りらしい。
……なにこの状況。こんなの、完全にラブコメじゃん。
特異なシチュエーションに、思わず本音が溢れた。
「……ここが保健室でよかった」
「ベッドがあるから?」
「え、マジ、その気になってるの?」
「いや違ーう!」
教室だったら、周囲の圧で僕のブレーカーが落ちてるところだ。
次なるイジメのエイム先が満場一致で決まっちゃうだろ。
授業中の、静かで穏やかな時間。
昼に訪れる場面を思えば、ひと時の余暇があっていいのかもしれない。
ふたりとも、すでに大仕事をやってのけたわけだから。
徐々に、左肩の重みと、右から回される腕の力が強まる。
こんなふうに拠り所となれるのも、悪くないか。
「あっ、凪瀬、耳は噛んじゃダメ——汐見さんもぐりぐりしてこないでっ」
ややあって。空気がひと段落した頃。
ふたりの落ち着いたタイミングを見計らって、声をかけた。
「……ねえ、汐見さん」
「なに?」
「辛いかもしれないけど、叔母夫婦との間に何があったのか教えてもらえる?」
間近に控える話し合いに備えて、僕には把握しておくべきことがある。
川嶋の匂わせた裏の顔。
汐見さんの居場所を奪った事実。
彼女をここまで消耗させた原因は、叔母夫婦にある気がする。
「叔母——実紀さんと、夫の鉢谷孝也さんは……」
言い淀んで、汐見さんは少し俯いた。密着した体が小さく震える。
やがて、決心したように唇を開いた。
「私は……おばあちゃんの最期を——見届けてあげられなかった」
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次回は【9/21 12:00】予定です。
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