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過去改変に消えたタイムリープ主人公の代わりに、この時間軸に取り残されたドン底不幸なヒロインを救う  作者: でい
第三章

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第20話 修羅場

 カーテンを開け放した窓から陽が差し、壁にかけた制服をぽっかりと照らす。

 部屋は静かだった。

 机には読みかけのマンガがいくつも重なり、シングルベッドはきっちり整っている。布団一式は隅に畳まれ、壊れたクローゼットを蓋していた。


 置き時計がチチチとさえずる。


 僕は正座をしていた。

 言われたからではなく、そのほうがいいと自分で判断しての姿勢だ。

 隣には汐見さんがぺたん座り。男にとっては坐禅より難易度が高い。


 ——これは、修羅場というやつだろうか。

 目の前には、気になっている女の子。

 隣には、気にしている女の子。

 ふたりの美少女に挟まれ、普通なら羨ましがられる状況だろう。

 実際は、浮気をしていない浮気現場に立たされたような。


 凪瀬が地雷系メイクの冷たい目つきで見下ろす。

 病み系との違いはよくわからないけど、たぶん今はそっち寄り。この場に殺伐とした空気を生み出している。

 静かに、凪瀬が口を開いた。


「それで、どーして汐見さんがお泊まりしてたわけ?」

「ああ。これには深い事情がある。話のわかる凪瀬に、いっぱい伝えたいことがあるんだ」

「顔つくらないで。そういうのいいから」

「……はい」


 おためごかしは効かない。

 僕は敬虔な態度で、経緯をかいつまんで説明した。


「——かくかくしかじかで」

「——うんぬんかんぬんってわけね」


 こちらの弁解をひと通り聞いて、凪瀬はおもむろに腕を組む。

 難しい顔、思案顔と表情をころがし、最終的に諦めたようなため息をついた。


「ま、凛人はお人好しだからね」

「……りんと」


 汐見さんが小さく呟く。

 そちらに反応したいのをこらえて、まずは凪瀬に礼を伝える。


「ありがとう! わかってくれたんだね!」

「うん、よーくわかった」

「な、凪瀬ぇ」


 なぜか目元が熱くなる。病み感のあるメイクで惑わされがちだが、意外と常識人で、話せばわかるやつだ。

 言い訳の難しい状況をすぐに受け入れてくれた——と思ったら、


「で、汐見さんはなぁんでブラしてないわけ?」

「んんっ」


 触れられたくないところを射抜かれる。

 腕組みで隠したつもりが、逆に目立った感じもある。どう見ても問いただされる側の態度じゃない。


「寝苦しいから外したの」

「……正直気持ちはわかるけど、にしても不用心すぎん?」

「だって……おばあちゃんも寝る前は着けなかったから」


 汐見さんがぽつりと言う。

 申し訳ないけれど想像してしまった。あまり知りたくない情報だった。

 しかし、活路を見出す。

 同じ家で暮らしていれば生活はうつる。祖母は彼女にとって唯一のお手本だ。


「ほら、凪瀬。汐見さんのおばあちゃんがそうしてたなら仕方ないよ」

「は? それが何の言い訳になんの?」


 深い事情を知らない凪瀬に祖母補正は通用しない。

 汐見さんは勝手に「おばあちゃん……」と感傷的になっていた。


 妙な空気が充満する。

 形勢はじわりと不利。


「どこにあんの?」


 凪瀬に言われ、汐見さんは僕の枕カバーの中から水色のブラジャーを取り出す。

 僕は咄嗟に目を泳がせ、泳いだ先で凪瀬のジト目とぶつかる。気まずい。

 ていうかそんなとこに入れてたんかい。夢見が変わるぞ。


「……じ、時間もあるし、とりあえず朝食にしない?」


 僕の提案で状況を変える。

 洗面所で汐見さんが顔を洗う間、トースターに食パンを放り込み、コーヒーをコポコポと淹れる。

 香ばしい匂いが広がる頃、彼女がダイニングに顔を出した。女子の身支度は時間がかかるらしいが、汐見さんの場合は僕と大差ない。


 円卓に向かい合って座り、「いただきます」と同時に口にする。

 サクサクと食パンをかじっていると。

 頬杖でこちらを眺めていた凪瀬が、そこで唐突に切り込む。


「おばあちゃんの件は残念だったけどさ。家がない理由はどーしてなん?」


 僕が聞きたくて聞けなかったことを、凪瀬はズバッと尋ねる。


「……叔母さんが相続するからって」

「叔母さん?」

「お母さんの、妹。あとその旦那さん」


 やはり相続の問題——。

 彼女の様子から、深刻なのは薄々勘づいていた。


「でも家は残ってるんでしょ。戻ればいいじゃん。叔母さんのもとに——」

「嫌」


 一言。

 悲しみを超えて、汐見さんの瞳に刃のような色が混ざる。

 長年祖母と二人暮らしをしていたことから推測できる。

 両親を失った汐見さんを今まで放置した、近い親族。

 あまり良い関係性とは思えない。


 凪瀬はその様子をじっと観察し、ひとつ息を吐いた。


「ふぅん。とりま、学校に行こっか。泊まりの件は放課後に持ち越し」


 もう俎上に載せないでほしい、と心の中で本音が漏れる。

 というか、もう学校に行って大丈夫なのだろうか。

 僕が尋ねると、凪瀬が目配せをする。汐見さんは小さく頷いた。


「行くって、学校」

「え、平気なの?」

「本人がそう言うんだから、大丈夫でしょ」


 心配だ。昨日の今日で無理はさせたくない。

 彼女の自暴自棄な行動は完全におさまってはいない。サボった日も、海で危うい仕草を見せていた。

 とはいえ、本人の意向を無視して置いていくわけにも。


 汐見さんが僕の部屋で着替えている間。

 リビングに残った凪瀬が裏の事情を明かした。


「……実は、流美ちゃんに頼まれてんの。あのコのこと、目を配ってやれるかって」

「へ、そうなの?」


 衝撃の事実に思わず素っ頓狂な返事をする。

 担任の川嶋先生が裏で動いていたらしい。教室での様子に気づいていたのか。


「昨日、こっそり相談を受けてね。ほら、わたしたちちょっと似た境遇じゃん?」

「……うん」

「おばあちゃんが亡くなったってのも、そのとき聞いた。ずっとひとりで看病してたらしいね。頼る相手がいないのって……辛いよね」


 凪瀬は遠い目をする。

 彼女が父親と二人暮らししている理由も、複雑な経緯があると前々から匂わせていた。


「でもびっくりだな。あの先生、そんな気遣いができる人だっけ」

「それなー。あ、凛人への貸しが百あるって言ってたよ。あと九日で百十になるって」

「タチ悪ぃ……」


 トイチのカウントダウンするな。悪徳業者にも程があるぞ。


「というわけで。べつにわたしは怒ってないから」

「そっか。……ありがとな、凪瀬」

「ふふっ。惚れた?」

「いや、惚れ直した」

「はうっ」


 凪瀬は胸を押さえる。わざとらしい仕草もいちいち可愛い。

 一波越えて落ち着いた空間に、いい雰囲気が流れる。


「あのね、わたしも凛人のそういうとこ、ずっと——」


 と、凪瀬が口を開いたタイミングで。

 準備を終えた汐見さんがリビングへと戻ってくる。


 さっきまでの寝起き姿とはだいぶ見違える。

 さらさらのプラチナブロンドは光を帯び、ぱりっとした制服が本来の清楚さを引き立てる。昨晩のうちにアイロンを当てておいてよかった。


「……ちょっと、ふざけないでよ」


 凪瀬が呟いて、すくっと立ち上がる。

 そのまま化粧ポーチを取り出すと、汐見さんのもとへと向かう。

 彼女の目元をメイクでさっと整え、保湿クリームを軽くのせていく。手際がいい。


「はい、これでよし」


 凪瀬の手直しが終わり、思わず息を呑む。

 残っていたクマの跡は薄れ、素材の良さが素直に立ち上がった。

 ナチュラルメイクの汐見さんは、まごうことなき美少女へと戻っていた。


「やっぱり、めっちゃ可愛いじゃん」


 凪瀬は満足げ——だけど、どこか悔しそうでもある。


「……凪瀬?」

「頭では理解してる。けど……この苛立ちをどこにぶつければいいか考えてる」

「ま、まぁ。時間も時間だし、そろそろ学校の準備しなきゃね」


 凪瀬の複雑な心境は、なんとなく察せる。

 本来の美貌が隠れてしまうほど汐見さんは追い込まれていた。

 教室の陰湿な空気も、その一端。なんとかして変えてあげたい。

 その方法はまだ、見つけられてないけれど。


 凪瀬が汐見さんの髪を結う間、僕も身支度をしに自室に戻った。

 さっと着替えを済ませて階下へ降りると、


「お待たせ。行こっか」

「待たせすぎ。……あっ、凛人」

「なに?」

「今日も可愛いね」

「それは——」

「鳴海くんは寝顔も可愛かったよ」

「ンン゛ッ」


 汐見さん、急にやめてよ。凪瀬がピリッとしたじゃん。


 玄関に出る。

 外は澄んだ空気に満ちていて、呼吸の仕方を思い出した気分になる。


「……ん? 汐見さん?」


 隣を見ると、汐見さんが無言で手を差し出している。

 その手をどうしろと——。


「り……鳴海くん、『汐見さんがまたひとりで歩けるまで、この腕はつかんだままでいるよ』って」

「たぶん言ったけど混ざってる!」

「へぇ……」

「あの凪瀬、これには事情が」

「いちいち言い訳しなくていいから」


 凪瀬が黙って僕の反対側の手を取る。


「凛人の性格は、よーくわかってるし」


 両手に花のまま、学校のほうへと歩き出す。

 向かう舞台は仲良しのお遊戯会ではない。


 汐見さんを取り巻く環境、苦しみの原因。

 教室の雰囲気と嫌な噂のスピーカー、永田山先生の過干渉。それに親戚とのごたごたや、アイドル事務所の不祥事や炎上……どこまで関わって解決できるのか、わからないけれど。


 僕はもう見過ごすことはできない。

 ——彼女の、つつがない人生を守るためにも。

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