第2話 じゃあね
本来の目的だった忘れ物のノートは回収した。
けれど、予想外の拾い物までついてきた。
教室を出てからも、隣を歩く汐見澪は、生気が抜けたまま黙り込んでいた。
西日に照らされた横顔は本来の顔立ちが戻って見える。
すっと伸びた鼻筋に、ぷっくりと形のいい唇。輪郭のラインがアイドルみたいに整っている。
背はそれほど高くないが、小顔のためか全体のバランスがいい。
遠慮がちな眉。長いまつ毛の下の大きな瞳は、けれど伏し目がちで虚ろだった。
「汐見さん、よかったら送っていくよ」
校門前で自然と口にしたつもりが、返事は遅れてやってきた。
「鳴海くんの帰り道って、どっち?」
「こっちだけど」
「じゃあそっち」
指さしたのは僕の帰る方角。
駅のほうじゃないのか。中学は別だったけど、案外近くに住んでいるのかも。
まあ、この街もそれなりに広い。どこかで分岐するだろう。
そのまま歩き出してしばらく。
汐見さんは無言で、面白くもないアスファルトを眺めている。
僕もどう声をかけていいかわからず、口を開きかけたり閉じたりを繰り返すしかなかった。実のところ、少し緊張していた。
蒼一はどんなふうにコミュニケーションをとっていたのだろう。親友なのに何も知らされてないぞ。
以前までの汐見さんはこんな雰囲気じゃなかった。澄んだ空気をまとうような清涼感があったし、いい匂いも漂っていた気がする。
ここ最近、彼女は学校を休んでいた。教室に顔を出した頃には、すでに周囲の視線も変わっていて。
噂は噂だと思う。
……思いたいけど、取り返しのつかない何かはあったのかもしれない。
蒼一がタイムリープを選択せざるを得ないほどの、何かが。
さらに十分ほど歩いて、ふとした違和感に足を止める。
「……ねえ、もしかして。これ、汐見さんの帰り道じゃないよね?」
問いかけても、彼女は虚ろなまま僕を見上げ、小さく首を振った。
「でも、歩き慣れてる道って感じがしない。あえて遠まわりしてる?」
「帰る家は、もうないから。どっちに歩いても同じだよ」
息が止まる。
投げやりに返された一言に、空気がズンと重さを増したような。
「それって」と聞き返すより早く、汐見さんは「じゃあね」とそっけなく呟き、交差点へふらふらと歩き出した。
「帰る家がないって……あ、ちょっと」
歩行者信号はすでに赤だ。車道の信号が黄色に切り替わる。
気づいていないのか、それとも気にしていないのか。
「おい、待てって!」
駆け寄りながら叫ぶと、汐見さんは振り返りもせず、同じ言葉を繰り返した。
「じゃあね、鳴海くん」
頼りなく揺れる小さな背中。
このまま赤信号に踏み込んでしまいそうで、胸の奥にざわざわとした焦燥感が広がった。
ぱらぱらと小雨の降りだした交差点で——
反射的に、僕は彼女の腕をつかんでいた。




