第18話 来ちゃった♡
そよ風に揺れるカーテン。
隙間から心地よい朝日が差し込んでくる。
普段よりも早い時間に目が覚めた。
さすがに二日連続ともなると、原因はすぐに察しがつく。
慣れない布団と枕——そして胸の上にある、柔らかな重み。
それは穏やかな顔で、スゥスゥと寝息を立てている。
汐見澪が、覆い被さるように抱きついていた。
「……実は起きてるだろ」
「んん……むにゃむにゃ。ふわ〜ぁ。おはよぉ」
「普通、そんなあざとい寝起きしないから」
冷静にツッコむ。
汐見さんは「あ、しまった」という顔をした。というか呟いた。
陽光を反射する、さらりとしたプラチナブロンド。透明感のある肌。目の下の薄いクマ。
とろんと、寝ぼけ眼を残して僕を見ている。
目と鼻の先で、アイドルのような素顔のまま、彼女は言い訳をする。
「でも鳴海くん、『おまえは僕のカイロだから、冷たくなるまで離れるな』って言った」
「言ってない。長々とした捏造を重ねるな」
「あと『できるだけ寄り添うから』って」
「……言った。それは言ったけど、こういう意味じゃないから!」
汐見さんの肩を、両手で支えて持ち上げる。
途中でノーブラと気づき、慌てて目をそらした。重力が憎い。
僕の狼狽に気づき、彼女はにんまりとした表情で見下ろしてきた。
「どうしたの?」
「……いい加減にしないと縛り上げるよ」
「鳴海くんが、そういうの好きなら」
「ちゃうわい!」
すてーんと転がす。彼女はなすがままに布団を転げていく。
昨晩から距離感が近すぎる。いちいち行動も危ういし、汐見さんの目的は一体なんなの。
「あのなぁ、そんなことばかりしてると勘違いするぞ」
「勘違い?」
「……男は、チョロい女の子でも、べつに気にしなかったりするんだよ」
汐見さんが僕に甘えているのは、傷ついた心の拠り所がほしいだけ。
そこは勘違いしちゃいけない。弱みにつけ込むのは避けなければならない。
あくまで一般論として、彼女の迂闊な行動を諭しておく必要がある。
僕の言葉を聞いて、汐見さんは事もなげに言う。
「勘違い、していいよ?」
返す言葉が喉にひっかかる。
今度はしっかりと目が合った。
虚ろな瞳ではなく、訴えかけるような眼差し。
視線が離せない——
ピンポーン。
ブブブ。
チャイムとスマホが同時に鳴った。
まさか。急いで時計を見る。
まだ七時を回ったばかりなのに、早すぎる。
「お客さん?」
僕の様子を見ていた汐見さんが、首をかしげて声をかけてきた。
「あ、いや……宅配便かな」
「こんな早い時間に?」
「うん、時間指定って便利だよね。配達員さんには申し訳ないけど」
言いながら、スマホで返信を打ち込む。
少しでも時間を稼がないと。
この状況を見られたら、とんでもない勘違いをされるに決まっている。
「悪いけど、汐見さん。ちょっと静かにしててもらえる?」
「……どうして?」
無垢な瞳がまっすぐ射抜いてくる。
宅配便の受取ごときでこんなお願い、そりゃ不自然に感じて当然だ。
わかってる。僕だってわかっていますとも。
ブブ、ブブ、ブブとスマホが小刻みに震える。心拍とリズムを合わせたみたいに追い打ちをかけてくる。
もう時間がない。経てば経つほど不利に傾く。
——嘘を重ねても、どうせバレる未来しか見えない。
「……友達が来た」
「学校の?」
「うん。見つかると、かなりマズい」
正直に打ち明ける。たぶん、ちょっと涙目になっていた。
頼む汐見さん、どうか空気を読んでくれ。
「……わかった。念のため隠れてるね」
「助かる!」
話が早い。返事を聞くやいなや、僕はドドドと階段を下りた。
寝巻きのままだし、顔も洗ってない。寝癖を直す余裕なんてどこにもない。
「迎えに来るなって、言い忘れてた……っ!」
そうだ、これだった。
昨晩の電話で言い逃していた大事な言葉。
その後悔が今さらになって襲いかかってくる。
「お、おはよー」
急ぎ足で玄関を開けると、そこで待っていたのは——
ツインテールと前髪のメッシュ。艶やかな黒髪に混ざるビビッドなピンク。
真っ白な肌に、タレ目気味の赤いアイライン。真紅のリップ。
軟骨まで並んだ両耳のピアス。黒のチョーカーが首元で揺れる。
「おはよ、鳴海凛人くぅん。来ちゃった♡」
後ろ手を組み、甘える声で挨拶を返す。
目を細めて、にっこりと笑みを浮かべた——
凪瀬彩伽が立っていた。




