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過去改変に消えたタイムリープ主人公の代わりに、この時間軸に取り残されたドン底不幸なヒロインを救う  作者: でい
第二章

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第17話 余計なお世話だった?

 校庭からは部活動のかけ声が響いていた。

 一方、教室の中は放課後の静けさに沈んでいる。騒ぎを避けるようにクラスメイトたちは姿を消したのだろう。みんな、空気を読む力がすごい。


「帰ろうか、凪瀬」

「ちょっと待ってて。念のため保険かけとくから」


 凪瀬は僕の席にちゃっかり腰を下ろし、スマホを凝視しながら指を動かしていた。

 横顔に薄い笑みが浮かぶ。見慣れた地雷系の風貌とマッチして、思わず背筋がぞくりとした。


「……保険って?」

「弱みをちゃんとキープしとかなきゃじゃん? いろんなヒミツ」

「お、おう……」


 やるなら徹底的に、ってか。不良マンガでしか見ないぞ。

 凪瀬は指を動かしながら、ついでのように尋ねてくる。


「そーいえば、蒼一は?」

「授業の途中からトイレに引きこもってる。たぶん食あたりだろ」

「あー。救いがたいほどのアホだね」

「だな。……僕も今のうちにトイレ行っとくか」

「いってら」


 教室を後にしながら、振り返る。

 気の毒な顛末だったけど目的は果たせた。根も葉もない噂を育てる土壌は、これでだいぶ削がれたはずだ。

 あとは少しずつ、時間が空気を変えてくれる。


 それでも頭に残るのは、汐見澪の憔悴しょうすいしきった様子。

 陰口や悪評だけでは説明できない気がする。

 家庭のゴタゴタ……だとしたら、赤の他人が首を突っ込める領域じゃない。

 アイドル活動でトラブルを抱えているのなら、それも僕には手が届かない。

 週刊誌にカチコミに行く根性もなければ軍団もない。芸能人の不祥事のように、おとなしく沈静化を待つのが賢明だろう。


 ただ、学校くらいは安心できる場であってほしい。

 まずは友達になってみよう。挨拶を交わして、ちょっとした冗談を言い合えるような、そんな関係になれたら。

 彼女の気分も、少しは紛れるかもしれない。


 ……相手にされれば、の話だけれど。


 ***


 トイレを済ませて教室へ戻る途中。

 廊下の先に、小さな背中が見えた。

 乱れたプラチナブロンドの髪。自信なさげな佇まい。

 もう帰ったと思っていた汐見澪が、そこに立ちすくんでいる。


「……ん?」


 その隣には、体育教師の永田山。悪い噂の渦中の人物だ。

 永田山に肩を抱かれ、汐見はなすがままに連れられていった。


「……いや、さすがにマズくないか」


 平静を装いながら、距離をとって後を追う。

 階段を下り、角をひとつ曲がった先で、二人は生徒指導室に入っていった。

 扉がピシリと閉まるのを確認し、近づいて耳を澄ませる。

 中から低い声が漏れてきた。


『いろいろあって大変なんだろう? 先生が力に——』

『…………』


 汐見の声は小さすぎて、扉越しには届かない。

 あるいは返事にきゅうして、ただ黙っているのか。


『親戚と揉めてるらしいな。祖母の件は残念だったが——』


 すべては聞き取れない。だが言葉の調子から、ぐっと距離を詰めているのが伝わる。


 権力を笠に着た威圧感はあるが、永田山は悪人ではない。

 少なくとも僕の目には、厳しい態度が武器の、下心の少し透けた男性教師に映る。

 身近な大人代表として、本当に心配しているのかもしれない。


 けれど、凪瀬の言葉が頭をよぎる。


 ——むしろ永田山のほうが頼られたいから、汐見さんに干渉してんの。


 たしかに、その役目を永田山が担うのは違和感がある。

 普通ならそれは、同性で担任の川嶋流美。……まぁちょっと頼りなくはあるけども。


 でもまさか教え子に手を出すわけは……と思った瞬間。


『頼る人がいないなら先生が——』

『……いやっ』


 小さな拒絶の声と、机のきしむ音。

 考えるよりも先に体が動いた。

 僕は拳を握りしめ、振り上げて——


 コンコン。


「あー永田山先生、もしかしてそこにいます? 川嶋先生が探してましたよ」


 一拍の静寂。

 やがて扉が開き、永田山が顔を出す。

 その奥には、肩をすくめてうつむく汐見の姿があった。


「あれ、汐見さんもいたんですか。相談の途中でした?」

「……いや、相談事は終わった」

「そうですか。ちょうどよかった、日直の仕事がまだ残ってて」

「川嶋先生はどこに?」

「さっき声をかけられたときは職員室の廊下でしたけど」


 つらつらと嘘を重ねる。

 バレたところで構わない。川嶋なら都合よく力仕事を押し付けるはずだ。

 永田山は軽く頷き、廊下へと去っていく。

 残された汐見は、目を見開いてこちらを見ていた。


「どうして……」

「余計なお世話だった?」


 僕の問いかけに、今度は唇を噛んでうつむく。

 彼女は答えない。え、本当に余計だったか?

 ——いや、この表情は……違う。


「あの、永田山に何か——」

「されてない」


 短く遮る。冷たい響き。

 目を合わせようともせず、汐見はか細い声を落とす。


「……ごめんなさい」


 それだけを残し、ふらつく足取りで歩いていった。

 追いかけるには二の足を踏む背中だった。


「きっかけは、早くも失ったかなぁ」


 いきなり馴れ馴れしかったか。クラスメイトと認識されているかどうかも怪しい。

 僕の目線からできる手助けなんて、本当にあるのだろうか。


「ま、何事も距離感だよな」


 一歩目で縮めようなんて思っていない。

 徐々に近づいて、心を開いてもらえればいい。


 まあ、この件はいちおう川嶋先生にチクっておこう。

 永田山に下心があるかはわからないけど、二人きりの空間で誤解を招く行動をとったのは確かだ。

 歯止めがあれば、過度な干渉は控えるかもしれない。


 ***


 教室に戻ると、凪瀬が僕の机に腰かけていた。

 興味なさそうに眺めていたスマホから目を離すと、


「トイレ長すぎん?」

「ちょっと野暮用があって」

「もっと野心を出して」

「——ふん、瑣末事を片付けていた。だがそれも、我が覇道のため!」

「ノリいいじゃん」

「凪瀬が振ったんだろ」


 馬鹿みたいなやり取り。

 学校生活にいつもの日常が戻ってきた。

 今日はストレスのかかる出来事が多かったから助かる。

 こういうのでいいんだよ。こういうので。


「じゃあ、帰ろ?」

「校門前で早くも分かれ道じゃん」

「駅まで送ってくれてもいいけど?」

「……そうしますか」


 駅へ向かう道すがら。

 凪瀬は趣味の話に花を咲かせる。

 好きなマンガがアニメ化するとか、でも制作会社を知らなくて不安だとか。

 僕もそれなりにマンガ好きなので、頷きながら聞いていた。


「……あ」

「凛人、どしたー?」

「いや、忘れもの。気にしないで」

「それ構ってムーブすぎん?」

「凪瀬がよくやるやつね」

「それな」


 蒼一に貸した数学のノートを思い出す。

 机の中に入れると言ってたな。カバンに入れとくよう頼んどけばよかった。

 そのまま駅に着くと。

 改札前で、凪瀬はにっこりといい笑顔を見せる。


「じゃあ今度はわたしが凛人を送る番〜」

「エンドレスだろ」

「あと三往復くらいしよ?」

「あ、そうだ。明日は迎えに来なくていいからね」

「えっ、なんでよ」

「毎日一緒に登校したらありがたみが薄れる」

「えー生意気。もう迎えに行ってあげない」


 彼女はべーっと舌を出した。

 新しい靴で足が心配、とは口にしない。言えば反発して、余計に来たがるから。


「……ねぇ、待って」


 凪瀬がふいに声を落として言った。

 深刻なトーンで引き留めると同時に、僕の胸に小さな頭がトンと収まる。

 甘い香りがふわっと漂う。

 そのまま上目遣いで僕を見つめて、


「凛人……なんだか、ヤな予感がするの……」


 え、それはどういう——


「って、毎回へんなフラグ発言するのやめてくれない? 結局なにも起こらないのに」

「なら、べつにいいじゃん」

「だからよくないんだよ。逆に、なんか起これよって気持ちになる」


 凪瀬の一挙手一投足が僕を惑わせる。

 これも抱きつく口実だと思えば、むしろ胸がキュンとする。


 名残惜しそうに改札を抜けていく凪瀬の背を見送って。


「……せっかくだし、取りに行くかぁ」


 机に置きっぱなしの数学のノート。

 なくても困らないけど、帰り道に寄るくらいの手間だ。

 夏の気配が近づく夕映えの校舎へ、足を向ける。


 ラブコメみたいな日々を、明日もまた繰り返す。

 そんな幸せでいい。こんな幸せがいい。







「……あれっ、蒼一?」


 校門の前に、都筑蒼一が立っていた。

 その表情は、普段の親友らしからぬ沈痛さを帯びて見える。

 校舎のほうが、どこか騒々しい。


「凛人……また、ダメだった」

「え、なにが?」

「俺が、油断したから……ごめんな……」


 何を言いたいのか、さっぱりわからない。

 ノートを写しきれなかった、とか……それで?


 サイレンの音が幾重にも重なり、近づいてくる。

 残っていた生徒たちがせわしなく校内へ戻っていった。


「えっ、屋上から飛び降り?」

「うちの生徒?」

「マジっ? 誰!?」


 背筋に冷たいものが走る。

 嫌な予感しかしない。


 駆け足で校門をくぐる。

 校舎脇の花壇を大きく囲むように、人だかりができていた。

 青いビニールがばさりと風に鳴り、先生たちが大声で制止を叫んでいる。

 嗚咽と悲鳴、口を押さえて苦い表情。

 生徒たちの多くは目をそらし、顔を伏せていた。

 湿った土と鉄の匂いが鼻を刺した。


「亡くなったの、あの人らしい。二年の——」


 汐見澪。


 ……嘘だろ?

 ついさっきまで、生きていたのに。


 ……どうして。

 どうして、あのとき僕は追いかけなかった。

 それは本当に、余計なお世話だったか?


「……そうだ。おい、蒼一……っ」


 振り返る。

 だが、さっきまで立ちすくんでいた親友の姿はもうない。

 足音すら残さず、忽然と消えたように。

 赤い光が明滅する。けたたましいサイレンの中で、耳にこびりついた声がリフレインしている。

 ——また、ダメだった。


 ペトリコールの匂いが強まる。

 夕暮れの空には、暗雲が垂れ込めていた。

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