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過去改変に消えたタイムリープ主人公の代わりに、この時間軸に取り残されたドン底不幸なヒロインを救う  作者: でい
第二章

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第15話 無視できないだろ

 凪瀬彩伽なぎせあやかが転校してきたのは、昨年の秋も半ばのこと。

 父親の仕事の都合で、市外から引っ越してきたらしい。


 担任の川嶋流美が「はい紹介おしまーい」と気の抜けた調子で言う。

 その内容は名前と出身地のみ。

 けれど、クラスの視線は彼女へと釘付けになっていた。

 唖然とするのも無理はない。


 漆黒の長いストレートに、冷たい青紫のインナーカラー。

 目元は濃い黒で縁取られ、青に塗られたリップは血の気を感じさせない。

 耳の軟骨まで連なるピアスが威嚇するみたいに光を反射した。

 他を寄せつけない、棘を抱えた青薔薇の雰囲気。


 地方の中都市。ほとんどが地元出身者で占められる公立高校には、あまりに衝撃的な姿だった。

 ざわつく教室の空気を割って、ムードメーカーを自負する男子が声をかけた。


「凪瀬さん、攻めてるねぇ。それ何系って言うんだっけ?」

「あんたに関係ある?」


 冷たい返しは一瞬で教室を凍らせる。

 もし違う言い方をしていれば、新しい風として受け入れられたのかもしれない。

 しかし今の彼女には、ただ異物を観察するような視線しか残されていなかった。


 そんな空気を、担任の川嶋は「さーてと」とあっさり切り替える。


「席替えするぞー。こっちの端から元の名簿順で」

「えー! この前替えたばっかじゃん!」

「覚えられなかった」

「せめて生徒の顔と名前くらい覚えろー!」


 あちこちから抗議が飛ぶけれど、我が道を行く女担任は意に介さない。「おい最後尾の山本、余ってる机と椅子とってこい」とパシリを命じた。

 不満を飲み込みながら生徒たちが席移動を始める。

 僕の前の席には、自然と例の転校生が来ることに。


 そこで、彼女が不意に足を止める。

 目の前に立った凪瀬彩伽は、驚いたように僕を見ていた。


「早く座れー」


 川嶋に急かされて、何事もなかったように席へ腰を下ろす。

 なんだ今の。もしかして目をつけられたか?

 と首をひねった瞬間、彼女の制服の肩口に小さなシールがついているのが目に入った。剥がした値札の切れ端のような。


「あの、凪瀬さん。これ、とっていい?」

「え? ……えっ、恥ず……」


 偶然のちょっとしたきっかけ。

 それを境に、彼女と少しずつ話すようになった。


「鳴海、凛人……だよね」

「名前覚えるの早いね。川嶋先生より教師に向いてる」

「いや、あの……凛人」

「うん、呼び捨てでいいよ。僕も、彩伽って呼んでいい?」

「……いいけど」

「じゃあさっそく、……凪瀬」

「呼ばないのかよ」


 見た目ほどぶっ飛んではいない。凪瀬は意外と冗談の通じる人間だった。

 クラスメイトの遠巻きな様子はなかなか変わらなかったが、気づけば、孤立しがちな彼女の拠り所となっていた。

 僕を介して都筑蒼一とも繋がり、クラス替えのあった二年生からは周囲の視線も変わって。


 ——今に至る。


 午前の授業を終えて、昼休み。

 朝食で補充したエネルギーもちょうど尽きかけていた。


「凛人、購買行こうぜ」


 財布を片手に、蒼一が声をかけてくる。そこへ当然のように凪瀬が割り込んできた。


「あっ、わたしも一緒に行くー」

「彩伽は弁当あるんだろ?」

「あるけど、凛人といたいし」

「俺も凛人といたいんだよ。男同士でしっぽりと」

「え、きも……」


 率直すぎる反応に、僕もすかさず頷く。

 けれど彼女が一緒だと、どうしたって注目を集める。なかには不愉快な視線も混ざってしまうだろう。

 昼食の買い物なんて、できればローリスクでさっさと済ませたい。


「悪いけど、すぐ戻るから」

「じゃあカフェオレだけお願いしていい?」

「お代は?」

「はーい」


 凪瀬は腰をひねってポーズをつくると、ウインクと投げキッスを飛ばしてきた。

 この会計はあとでちゃんと請求しよう。


 教室を出るとき、なんとなく汐見澪の席に目をやる。

 机は空席のまま取り残されていた。

 あからさまな嫌がらせの形跡はない。

 しかし、そこに座っていないだけで、嫌な視線は今もなお突き刺さっている。


「事務所がヤバいとこだったらしいよ」

「見た見た、その記事」

「SNSも炎上しまくってたし」

「じゃあ絶対、マクラしてんじゃん」


 聞きたくもない会話が耳に入る。

 曖昧な噂が尾ひれをつけ、根拠のない憶測を膨らませていた。不祥事だの炎上だの、本当に彼女に関わっているのかは疑わしい。

 けれど、嫉妬と面白半分の悪意が火に油を注ぎ、この炎はしばらく消えることはないのだろう。


 購買に着く。

 レジ前は焼きたてのパンの匂いと、我先にと列をつくる活気に溢れていた。

 僕はサンドイッチとカフェオレ二つを手に取り、できるだけ素早く会計を済ませる。

 一方の蒼一は、スイーツまで含めた大量の食べ物を両腕に抱えていた。


「めちゃくちゃ買うじゃん」

「いいんだよ。今日は好きなもんを好きなだけ食べる日だ」

「チートデイかよ」

「……ああ、まさにそれだな」


 意味ありげに笑う蒼一。隠れて筋トレにでもハマってるのか。成果を見せつけられたら嫌だな。


「彩伽を待たせるのも悪いから、先に戻っててくれ」

「マイペースのくせに律儀かよ。あとでな」


 お言葉に甘えて教室に戻る途中。

 担任の川嶋と廊下で鉢合わせた。


「鳴海、いいところに。さっそく貸しを返してもらいたいんだが」

「パンを見ながら言わないでください。間接的な金銭授受とみなしますよ」

「それは困る。先生はとてもひもじいのに」


 お腹を押さえて「くぅー」とわざわざ口で呟く。あまり同情心の湧かない姿だった。


「教師の給料はどこに消えたんですか」

「十三番台に預けてる」

「取り返しに行かないほうがいいですよ」


 軽口を交わしたところで、気になっていたことを聞いてみる。


「汐見さんって、祖母と二人暮らしなんですか?」

「……凪瀬から聞いたのか。個人情報はあまり軽々しく口にするなよ」

「先生も僕の一人暮らし、ちょいちょいバラしてますよね」

「汐見の件はもっとデリケートなんだ。それにもう——」


 リムレスメガネの奥の目が少しだけ曇る。


「……あいつの親族がちょっと厄介でな」


 そう呟いたあと、川嶋は言葉を切る。

 問い返そうとする前に、別の要求が飛んできた。


「鳴海、貸しの百をまとめて返してもらいたい」

「……食べ物以外で、利子のつく前に返せるなら」

「汐見のこと、目を配ってやれるか?」


 教室での彼女の様子に、やはり気づいていたのか。

 だけどその要望は、さすがに職務怠慢だろう。


「それって担任の仕事じゃないんですか」

「目線が違うだろ。贔屓でも特別扱いでもない、同じクラスメイトとして」


 川嶋の表情に、普段は見せない真剣さが宿る。


「私にできることは私がやってる。おまえに頼めることを頼んでるつもりだ」

「でも、僕は彼女とほとんど話したことがないですよ。……挨拶すらまともに」

「じゃあ、これをきっかけだと思え。頼まれごとなら、無視できないだろ?」


 たしかに。

 僕も見過ごせないと思い始めていたところだ。

 いじめの兆候はすでに出ている。

 エスカレートする前に教室の空気を戻せるのなら、それに越したことはない。


 ちょうどいい口実ができたのかもしれない。

 貸し借りの精算と同時に、その役目を引き受ける。

 ——凪瀬との、つつがない日常を守るためにも。


「わかりました。できるだけのことは、やってみます」


 僕の返事を聞くと、川嶋はすぐにいつもの覇気のない顔へ戻った。

 教師のベースは普通反対だろ。


「……あ、そうだ。あと、力仕事がいくつか」

「借りた百は別件で返済予定なので、ここからは貸付になりますけど」

「損得勘定がしっかりしてるな……」

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