第14話 つけて?
いわゆる地雷系メイクの凪瀬と、並んで廊下を渡る。
厚底を履き替えた彼女は、それでも他の女子と比べれば高いほう。華奢すぎず、ほどよいくびれの目立つシルエットをしている。
前方から、クラスメイトの女子二人組がニヤニヤしながら通り過ぎていった。
「アイツ、よく学校来れるよね〜」
「無駄にメンタル強すぎて笑うわ〜」
「てかさ、永田山にまで色目つかってなかった?」
「ね、もう堕ちるとこまで堕ちたって感じ」
なんだか嫌な会話だ。
「ハァー。ああいうの、ホンットうっとおしい」
「同感だね」
凪瀬のため息に、僕もすかさず同意する。
ここのところ、陰湿なムードが教室に漂っている。
教室に入る。
晴れた朝の陽気が満ち、始業まではまだ間がある。クラスのあちこちで、ガヤガヤと小さな喧騒が起きていた。
それだけに、教室の中央にぽっかりと穴が空いたみたいな空白が、かえって目についた。
ポツン——と、孤独に席へ沈む女の子。
よれた制服。淡いブロンド色の、手入れの行き届かないミディアムカットの髪が気になる。
汐見澪。
校内きっての美少女として脚光を浴び、以前はあちこちから、羨望と欲望の入り混じった視線を向けられていた。
黙ってうつむく彼女に、そのオーラはない。
小さく丸まった背中を遠巻きに見ながら、窓際後方に腰を下ろし、バックパックをかける。
凪瀬も荷物を置くなり、すかさず僕の席へやってきた。
「気になる?」
「……まあね。凪瀬も?」
「うん。……正直、あまり他人事とは思えないし」
汐見を見つめながら、ぽつりと呟く。
去年転校してきたばかりの彼女も、はじめは似たような境遇だった。
個性的なファッションとメイク、ふてぶてしい態度——それらが気に障る人も多かったらしい。
馴染まない異質として扱われ、凪瀬彩伽も当時のクラスで浮いていた。
「凛人は信じてる?」
「……なにを?」
「さっき廊下ですれ違ったヤツらが、言ってたこと」
体育教師に色目を使ってた、とかいう陰口。
彼女について、正直よく知らない。だけど同じクラスになった当初の、清廉な佇まいは覚えている。そういうタイプには到底見えなかった。
「あれは逆。むしろ永田山のほうが頼られたいから、汐見さんに干渉してんの」
「そうなの?」
「うん。あの子、家の事情が事情だから」
「事情……」
凪瀬は顔を寄せると、唇の触れそうな距離で耳打ちをする。
「汐見さん、小学生の頃に両親を亡くして、今はおばあさんと二人暮らしなんだって」
「え、そうなんだ。やけに詳しいね」
「流美ちゃんからこっそり聞いた話だけど。ほら、うちも親父とふたりだし」
「ああ——」
凪瀬も父親との二人暮らし。細かい事情は違っても、シンパシーを感じるものがあるのだろう。
「優等生で見た目もいいし、しかも大人しい雰囲気じゃん? あんのエロ教師、頼りにされたくて必死に声かけてんだよ。キッモ」
「それは普通にキモいな……。でも仮に、男教師に色目を使ってたとして、急にあんな的にされるか?」
「まあ、あとは嫉妬だろーね。つまんねー女の嫉妬。実は隠れてアイドルしてたっぽいから」
「へぇ……」
たしかに、彼女の容姿なら違和感はない。大きな舞台で人気を博していたほうが、むしろ自然とすら思える。
「その割には、テレビで見かけないけど」
「そこは、わたしも詳しく知らんけど。あまり有名じゃないか、変装でもしてたんじゃない?」
「なるほどねぇ」
掘れば掘るほどいろいろ出てくるな、汐見澪。
おもしれー女。そりゃクラスの女子にもつまんねー嫉妬が生まれるわけだ。ひがんだところで、建設的なものは何も得られないだろうに。
机上をぼんやり見つめたままの彼女に、無視できない同情心が生まれる。
かといって、手を差し伸べるほどの接点が、僕にはない。
余計な行動を起こして、さらなる噂の火種をつくるのは気が引けた。
「……てかさ、くっつきすぎてない?」
ひと段落ついたところで、肩越しに凪瀬へ問いかける。
噂話を聞かされている間も、後ろからベッタリと、覆い被さるように寄りかかっていた。ビビッドピンクのツインテールが揺れるたび、甘い香りが鱗粉みたいに広がる。
「いいじゃん、べつに」
「よくない。見て、周りの目。ノリのいいクラスなら学級裁判で血祭りに挙げられてるよ」
「全然いいよ。見せつけちゃえ」
ぎゅうっと僕の頭を抱きしめてくる。
男子の視線が急激に冷えた気がする。キワモノめいた見た目で損しているが、小悪魔的な凪瀬の顔立ちは、あの汐見にさえ負けず劣らず整っている。むしろニッチな人気はこっちに軍配が上がるかもしれない。
「ずっとべつの子ばっか見てるから……なぁんか嫉妬しちゃった」
「あ、おい。締めすぎっ」
揉み合った拍子に、凪瀬のチョーカーが外れて机に落ちる。小さなメタルの星が、カランと乾いた音を立てた。
「ねぇ、凛人ぉ。……つけて?」
机を挟んで向かい合い、彼女はぐいと頭を寄せる。
言われるまま、チョーカーをつけ直す。細く白い首に手をまわす間、凪瀬はジッと僕を見つめていた。
試すような瞳から目を逸らし、前から気になっていたことに話題をずらす。
「ピアス、開けすぎだろ。それ痛くないの?」
「ふふ、これは約束だから」
「約束?」
「実は、見えないとこにもあるよ」
凪瀬は両手で口を囲い、僕にだけ見えるようべえっと舌を出す。真紅の唇から、てらてらに濡れた薄紅の舌先がちろりと覗いた。
「え、舌ピしてないのに、なんで見せてきた?」
「口の中、凛人に見てもらいたくて」
「どういう性癖……?」
見えないどこにピアスをつけているのか謎が深まるだけだった。
凪瀬はつけ直したチョーカーを愛おしそうに撫でている。
こういう不思議ちゃんな行動も、彼女を今なお孤立させる要因だと思う。
親しい仲として、少しは助言してあげたはうがいいのかもしれない。
「凪瀬も、僕とばかりいないほうがいいよ。せっかくそのキャラも認知されてきたのに」
「わたしは気にしてないもん。凛人さえいれば」
耳元で甘くささやき、凪瀬は蠱惑的な笑みを浮かべた。
べつの誰かと笑い合う姿はあまり想像できない。それくらい、凪瀬の依存度は高い。
地雷系メイクと、怖いくらい相性がいい。
でも、その本性は意外と常識人で、いたって普通の女の子なんだよなぁ。




