第13話 ラブコメみたいなもん
朝の通学路。
辺りには同じ高校の制服も増えてきた。
熱気を帯びたアスファルトの道を、凪瀬はときどき跳ねるように歩く。厚底ローファーがグキッとならないか、こっそり左手を添える準備をしておく。
校門の影が見えてきて、今日は難なく着きそう。
「凛人せーんぱいっ」
と、目の前に小動物が割り込んできた。
健康的なショートカットの黒髪。陸上部で焼けた小麦色の肌。
その正体にすぐ気づく。
一学年下の後輩女子、幼なじみの波留充希だ。
「おはようございます」
「おはよう、波留。なんかバタバタしてるね」
「そうなんです。今日は日直で、ちょっと遅れちゃいました」
「そんな遅れてる? むしろ早いくらいだと思うけど。真面目でえらいよ」
「えへへ。朝から凛人先輩に会えるなんて、今日はいい一日になりそう!」
人懐っこい後輩が、満面の笑みで白い歯を見せる。日焼けした頬とのコントラストが、甘酸っぱい青春の色って感じ。
太陽の化身みたいな表情は、夏が近づくほど、もっと似合うようになるだろう。
——中学の頃に比べたら、だいぶ打ち解けて、なにより明るくなった。
そう感慨にふけっていると、
「後輩、わたしは?」
わかりやすくワントーン落とした声。
隣で腕組みをした凪瀬がジト目でにらんでいた。
「あ、ちわーす。気づきませんでした彩伽先輩」
「こんな存在感ある見た目を、どーやったら都合よくスルーできるわけ?」
「光のすぐそばにあるものって、どんなに真っ黒でも霞んで見えないんですよね」
「ほー、上等。光が強いほど影も濃くなるって教えてあげる」
ざわめく人波の中、バチバチと視線の火花を散らすふたり。よくわからん会話が盛り上がっている。朝から元気だね。
ほどなく、にらみ合いを中断した波留は僕をちらと一瞥して、
「では、凛人先輩。またね」
「うん、頑張ってね」
「……あっ、そうだ。今度一緒に走りませんか?」
「さっさと行ったら?」
横から凪瀬が茶々を入れる。波留への返事もそこそこに、手の甲をひらひらさせて「しっしっ」と追い払ってしまった。
「なんで凛人の周りには、こうもハエがたかってくんの?」
「人をうんこみたいに言うなよ」
そうこうしている間に学校へ着く。
校門をくぐると、二人の教師が登校する生徒を迎えていた。
そのうちの一人、若い女性教師がこちらに気づく。
「おーす。鳴海、凪瀬……」
「おはようございます。川嶋先生。相変わらず覇気がないですね」
「私が本気出したら生徒が泡ふいてバタバタ倒れるよ。……てかさ、この業務いる?」
「教師がそれ言っちゃダメでしょ。ちゃんとあたたかい目で見守ってよ」
担任の川嶋流美は、手でぱたぱたと扇ぎながら、心底めんどくさそうに「あちー」と呟く。
リムレスメガネの奥から、投げやりな視線をこちらに向けた。
「なんかラブコメみたいなもん見せられて、朝っぱらから食傷気味なんだわ」
「ラブコメ……やっぱりそう見えますか」
「うん。現実で見せつけられると、マジでキッツいものがあるよな?」
「もっと言葉選んでよ……」
隣のほうでは、凪瀬が体育教師の永田山に目をつけられていた。
永田山は髪色からスカートの長さ、ローファーの厚底まで舐めるように身だしなみを指摘する。一方の彼女は、ふてくされた立ち姿であさっての方角を見ていた。
たしかに、ある程度ゆるい校風とはいえ、あの目立つ格好は許容範囲を超えているかもしれない。
しかし、そのファッションは彼女がこだわり続ける乙女のポリシー。
助け舟を出そうと、担任に小声で相談を持ちかける。
「川嶋先生、可愛い生徒のためになんとかならない?」
「貸し、百な。利子はトイチで」
「闇金じゃん」
「まぁ、一肌脱いでやるよ」
川嶋は大あくびをひとつして、永田山のもとへ向かう。すると、急にころっと猫撫で声に切り替わり、身だしなみチェックを瞬く間に取りなした。人肌で擬態したエイリアンかよ。
ただ、あの体育教師が川嶋に気があるのは周知の事実。けしかけた僕もなかなか卑怯な手を使った。
巻き込まれないよう少し先で待っていると、解放された凪瀬が剣呑とした雰囲気で近づいてきた。
「わたし、アイツ嫌ーい」
「まあまあ。生活指導に厳しいのは、体育教師の宿命みたいなものだから」
「いちいち目線がヤラシイんだよね。あと流美ちゃんにデレデレしてるとことか」
「どこの学校にもああいう役回りはいるんだろうな」
不人気ポジション。使命感に燃える、モテないだけのアラサー独身男性教師なのに。
憐れんだ視線を向けていると、こちらを見つけた川嶋流美がウインクで早くも追い込みをかけてきた。早く返済しないと、あらぬところの毛まで毟り取られそう。
校舎の玄関口まで進んだところで、親友の都筑蒼一と遭遇する。今朝は知り合いとのエンカウントがやたらと多い。
「よっ、凛人。彩伽も、おまえらいつも一緒だな」
「そうやってわざわざ茶化すな。ベタすぎる」
「そんな露骨にベタベタしてるのに、おもしろがらずにいられるかよ」
蒼一は前髪をかき上げながら、ニヤッと口の端を曲げる。ニヒルな顔つきが妙にサマになるのも、持ち前の整った顔面ゆえだろう。
そんなやりとりを、凪瀬がすかさずイジる。
「蒼一、なんかモブキャラみたいじゃん」
「相変わらず口が悪りぃな」
「にひひ、せいぜい囃し立ててくださいな」
蒼一がツッコむも、凪瀬はまんざらでもない顔。なんで挑発すんのよ。
そこで、僕はある様子に気づく。
「蒼一」
「ん? どうした?」
「あ……いや。なんだか部活を卒業したみたいな顔してるなと思って」
「なんだそれ。高校からはもう陸上はしてねーよ?」
「いやそれは知ってるんだけどさ」
何かをやり遂げたような、すっきりした表情をしている。
こちらの怪訝な顔に気づいてか、蒼一はニカっと笑った。
「実は朝から一発、——」
「聞きたくねえよ!」
「オンゲで大量キルかましてきた」
「おま……ハメ技を決めにきたな?」
くだらない応酬に、相方は腹を抱えてひとしきり笑うと、
「おっと、用事があるんだったわ」
片手を挙げたまま、蒼一は校舎の中へと先に駆けていった。
爽やかなのか暑苦しいのか、とにかく朝からご機嫌なやつだ。




