第12話 ラブコメのヒロイン
「……六時半」
普段なら七時すぎまで寝ているのに、やけに早い時間に目が覚める。
昨晩は夜更かししたのに。その原因は、隣にある違和感のせいかもしれない。
誰かが隣で眠っている——ような錯覚。
振り返れば、寝る前に読んでいた山積みのマンガが雪崩れ込み、ベッドを圧迫しているだけだった。
カーテン越しに朝の光が差し込み、壁にかけた制服をぼんやりと照らしている。
梅雨入りにもかかわらず晴天だ。今日もいい一日を送れそう。
軽く身支度を整え、余裕をもって朝食をとる。
朝を抜くとエネルギーが切れて、どうしても勉強に集中できない。
勉強が好きなわけじゃないけれど、しておくことで将来の選択肢も増えるだろう。
「あ、財布……小銭入ってたっけ」
購買にもスマホ決済を導入してくれたらいいのに。
かといって、わざわざ自分ひとりのために弁当をつくる手間はかけたくない。
手を抜くところは抜く。そんな処世術も高校生活二年目ともなれば身についてきた。
ピンポーン。
指先についたパンの粉を払っていると、家のチャイムが鳴った。
同じタイミングでスマホが震える。
メッセージアプリの通知——『ついた』と簡素な一言。わざわざチャイムと同時に送ってくるのが彼女らしい。
「おはよ、鳴海凛人くぅん。来ちゃった」
「もっと召喚されたみたいに言ってみて」
「——我、呼びかけに応じて馳せ参じた……!」
「朝からノリいいね」
「やらせたの凛人やん」
玄関まで迎えにいくと、そこで待っていたのは——
両サイドでくくった黒髪、その毛先をビビッドピンクに染め、前髪にも同様のメッシュが差し込まれている。
マネキンのように真っ白な肌に、タレ目風のアイラインがほんのりと赤色を帯び、潤んだリップは真紅に光る。
両耳にいくつものピアス。黒チョーカーのメタルが喉元で揺れていた。
凪瀬彩伽が立っていた。
「今朝は早いね。着替えて歯磨きしたら出れるけど、中で待つ?」
「うん、凛人の部屋で待ってるね」
「そこで着替える予定なんだけど」
「渡りに舟じゃん」
「どこを渡ろうとしてるんだよ」
リビングで朝の情報番組を見せて凪瀬を待たせる。その間に自室で制服に着替え、通学用バックパックを手にとる。
一階に下りて、手早く歯磨き。最後に鏡の前で髪型を整えたら、準備完了。
「お待たせ。行こっか」
「もー、待たせすぎ。……あっ、凛人」
「なに?」
「今日も可愛いね」
「それは僕が言うセリフだろ」
「じゃあ言ってよ」
「考えとく」
凪瀬はわかりやすく膨れっ面を見せる。
靴を履いて玄関の前に出ると、その場で彼女はくるりと回り、短いスカートをひらりと翻した。
「ねえ、今日のわたしはどーよ?」
「昨日と違う色のチョーカーに、……靴も変えた?」
「やばっ。そこまで見抜くとか、もうわたしのこと好きすぎん?」
「それだけ厚底で身長が伸びてたらわかるって。それ、体育の授業大丈夫なの?」
「ちゃんと替えもあるし」
短めの白のソックスに、ローファーは黒エナメルのダブルベルト。
モノトーンのトータルコーディネートが、いわゆる地雷系ファッションそのものだ。
「うちの制服可愛いから、よく似合ってるでしょ?」
「たしかに、凪瀬に似合ってる。すごく可愛い」
「はうっ」
率直な感想を述べると、凪瀬は自身の体を抱きしめて悶えた。
厚底に慣れないのか、足元がおぼつかない彼女に声をかけて、一緒に通学路を歩き出す。
「てか、無理しなくていいんだぞ」
「え、なぁに?」
「毎日迎えに来るの、大変だろ。しかもその靴で」
凪瀬は電車通学で、最寄り駅は高校を挟んで、家からちょうど反対側にある。
そのため、彼女がうちに寄るにはわざわざ遠まわりをしなくてはならない。
「そんなの、一緒に登校したくて来てんじゃん。しゃべりながら歩いてたらあっという間だし」
「ここまで来るのが遠いでしょ。それにけっこう早起きしなきゃいけない」
「えー? あ、もしかして気ぃ遣ってくれてる?」
「そうだよ。メイクの時間とかあるし、キツくないかなって」
「いいの。可愛いって言ってもらえたからチャラ」
口の端をきゅっと上げて、凪瀬はニコニコともニヤニヤともつかない笑顔を見せる。
なんだこの可愛い生き物。
「まあ、迎えに来てくれる気持ちは嬉しいけど。そのせいで万が一のことが起きたら嫌だからなぁ」
「めっちゃ彼氏ヅラするじゃん」
「単なる同級生っぽく言おうか?」
「却下〜」
そう言って、凪瀬は「にひひ」と笑った。
この登校時間が好きだ。
朝の空気は澄んでいて、気の置けない存在が隣をついてくる。
日々の高校生活がより色彩を増している。
順風満帆といっていい。たぶん今が一番楽しい。
つかず離れずのこのやきもきが、むしろウキウキワクワクする関係。
いつか変わるときが来ても、へんな誤解や衝突があっても乗り越えて、先にもっと楽しい未来が待っている。
……勝手な妄想だけれど。
もし僕が主人公の物語があるなら、きっとそんなラブコメだろう。




