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恋とはどんなものかしら?

作者: 西蜜梨瓜


 

 

 私は街でパン屋を営んでいる。

 朝早くに起きて前日仕込んでおいた生地を捏ねて成型する。竈に火を入れて頃合いを見て生地を入れて蓋をする。

 そして時間が来たら竈を開けてパンを取り出す。外はカリカリ中はふわふわのパンの出来上がり。

 商品棚にパンを並べて扉のプレートを開店中にする。

 さて、今日はどんなお客様がやってくるのかな?


 ──チリンチリン

 扉のドアベルが鳴ってお客様が来たことを知らせる。

 私は工房から出てレジに向かう。

「いらっしゃいませー」

 ドアの前にいたのは背が高くてガッシリとした体格の虎獣人さんだ。街の警護団の制服を着ている。精悍な顔つきに街では近頃若い女の子たちに大人気のその人は、ここ最近の常連さんだ。

 無言で店内を見て回る。パンを見ながら尻尾はゆらゆら、お耳はたまに、パタパタ。なんだか可愛らしい。

 尻尾がピタッと止まる。どうやら買うパンが決まったようだ。

 虎獣人さんはトレイにパンを乗せるとレジに近づく。

 私はパンを紙袋に入れて、おまけのパンを二つ入れておく。

 すると虎獣人さんが低くよく響く声で「いや、それは選んでない」と言う。

 私が「いつもパンを買ってくださるのでおまけです」と言うと、虎獣人さんの尻尾が忙しなく左右に揺れる。

「そんな必要はない……」譲らない虎獣人さんに、私も譲らない。


「あまりの生地で作ったものですから気兼ねなくどうぞ」


 そう言うと虎獣人さんは黙り込んだ。私の勝ちである。

 ブンッと大きく振られた尻尾が不本意だと訴えてる。私はなんだかおかしくなった。


「ありがとうごさいましたー」


 虎獣人さんが店を出る。今日も来てくれたことを嬉しく思った。


 すべてのパンが売れると時間は夕刻。

 今日もよく働いたと体をグーッと伸ばす。店のドアのプレートを閉店中に掛けかえる。

 これからの時間は明日の仕込みをする。

 これが私──カトラの一日である。




 俺は虎獣人で街の警護団の団長をしているガルーラという。

 獣人と言っても様々で、俺のように人間の血が色濃く出てくる者や、逆に獣の血が色濃く出る者もいる。

 そんな俺には、近頃気になる女性がいる。

 街のパン屋の娘で、その細腕一つでパン屋を切り盛りしている。

 さておき、俺は気になる女性が働くパン屋で毎日パンを買っている。

 彼女の名前が知りたい。だが口下手な俺は聞き出すことができずにいる。


「あ、団長。今日も昼ごはんパンですか」


 部下が話しかけてきた。


「カトラのパン工房のパンですよね? あそこの女の子、可愛いですよね」


 部下の言葉に俺はジロリと睨みつける。部下は慌てて礼をするとその場から立ち去っていった。

 ああいう不届き者に彼女が狙われやしないかと、毎日気が気でない。

 俺より遥かに小さな体、頭巾から覗く髪は明るい茶色をしている。瞳は青空の様に青く、鼻先が少しつんと上を向いている。そして唇はぽってりとしていて可愛らしい。

 そんな男の庇護欲を掻き立てるような彼女に俺は多分惚れている。断言できないのは、俺が今まで誰かを好きになったことがないからだ。歳は今年で30になるのに、色恋沙汰にはとんと縁がない人生を過ごしてきた。

 だからこの温かく胸が高鳴る気持ちが恋なのかが分からない。

 だから俺は俺の気持ちを確かめる為に毎日あのパン屋に通っている。




「いらっしゃいませー」


 今日もやって来てくれた虎獣人さん。いつものようにおまけのパンを入れておく。そしていつものように躊躇う彼。

 きっと真面目な人なんだろうな。

 そんな事を考えていると、彼がレジの前で動かなくなった。

 私は不思議に思って「どうかしましたか?」と尋ねると、彼は突拍子もないことを聞いてきた。


「恋とはどういう状態のことを言うのか君は知っているか?」


 あら、と目を丸くする。

 私は顎を指先で触れると考えてみた。

 私はまだ恋を知らない。でも亡くなった両親は、恋に落ちて結婚をしたとよく言っていた。


「恋は落ちるものらしいです」


 虎獣人さんが尻尾をブンッと振った。


「落ちる? 気持ちが落ち込むものなのか?」


「多分そうではないと思います。お母さんが昔言ってましたが、心がふわふわ落ち着かなくなるらしいです」


 虎獣人は考え込んでしまった。時折、耳がパタパタ動いている。


「分かった。仕事の邪魔をして悪かった」


 そう言うと虎獣人さんは店を出ていった。

 彼が去ったあと、私まで恋について考え込んでしまった。結局、パンが売り切れて閉店するまで私は恋とは何か? を考えるはめになった。




 翌日も虎獣人さんはやって来てくれた。どことなくスッキリした顔をしている。

 虎獣人さんはトレイにパンを乗せるとレジに来て話し始めた。


「一晩考えた。俺は君に恋をしているようだ」


 突然の告白に私はびっくりした。

 次の瞬間には顔が真っ赤になるのを感じた。


「しかし俺は君の名前を知らない。差し支えなければ教えてほしい」


 私はまたびっくりした。私も虎獣人さんも互いの名前を知らないという事実に。それなのに虎獣人さんは私に恋をしてしまったらしい。


「カトラです。あなたのお名前は?」


「俺はガルーラだ」


 ガルーラさん……虎獣人さんにぴったりなお名前だな、と思った。


「それで君は俺のことをどう思っているのだろうか」


「どうって……えっと、真面目そうだな、とか……パンを選ぶときの尻尾の動きが可愛らしいな、とか……街では女の子たちに人気があるのも納得のお姿をしてらっしゃるな、とか……」


 言ってて私は混乱する。恋とはこんなに難しいものなのか。


「俺のことは嫌いではないと認識してもいいのか?」


「は、はい!」


「では好きなのか?」


「えっ! そ、そこまでは、まだ分かりません。ごめんなさい」


 項垂れる私にガルーラさんは謝らなくてもいいと言ってくれた。


「では今度の星渡り祭を俺と一緒に行かないか」


 星渡り祭。一年に一度流星群が夜空に輝くその日を、神様からの贈り物として祝うお祭りだ。


「予定があるなら断ってくれていい」


「予定はないですけど……」


 いきなり告白されて、いきなり星渡り祭へ行こうと言うなんて、ガルーラさんは何もかも唐突な人だ。


 私はうんうん悩んで、結果、ガルーラさんにこう言った。


「わ、わかりました、星渡り祭行きます」


 私は決意する。ガルーラさんは顔を微かに緩めた。その優しい顔に胸がトクリと鳴った。


「では星渡り祭の日にこの店に迎えに来る」


 言うだけ言うと、ガルーラさんは店を出ていった。

 私はへなへなと床に座り込む。

 誰かから告白されるなんて初めてで、私は体中が熱くてたまらなかった。

 彼は知っているのだろうか。星渡り祭の意味を。




「悪い。少し遅れた」


「い、いえ、そんなに待ってません」


 ぎこちなく答えると、ガルーラさんは不思議そうな顔をする。


「なぜ緊張している? ほんのり汗もかいているな」


「へっ!? わかるんですか? どうして……」


「獣人の鼻は人間より遥かに優れている。特に我ら虎族の鼻は犬族に匹敵する嗅覚を持っている。汗やフェロモンの匂いを嗅ぎ分けることができる」


 知らなかった獣人さんのことを知って驚きつつ、私は両手で頬をパタパタと仰いだ。


「私なら大丈夫です! ほら、祭りに行きましょう」


「?」


 そうして私とガルーラさんは星渡り祭の会場に着いた。

 人がたくさんいて、体が小さい私はあっという間に人の波に飲み込まれてしまう。

 ガルーラさんとはぐれちゃう……そう焦った時だった。


「うわっ!」


 ガルーラさんの手が私の腰に周り、そのまま持ち上げられた。

 宙に浮かんだかと思ったら、私はガルーラさんのたくましい腕の中に収まってた。まるで幼子が親に抱かれるような姿勢で。


「が、ガルーラさん! み、みんなが見てます!」


「見られるとまずい事でもあるのか?」


「いえ、そうではなくて……」


「ならこのままでいい。君は小さいから一人にすると危ないからな」


 そう言われると黙るしかない。私は落ちないようにガルーラさんの肩をぎゅうっ、と握って顔を俯かせた。恥ずかしい!




「この辺りならよく見えるか」


 ガルーラさんが立ち止まる。私は顔を上げて空を見る。いつもより視線が高いせいで世界の隅々まで見えているような気がした。


「そろそろ星が見えるぞ」


 ガルーラさんが言ったその瞬間、夜空に星が次々と現れては消えていく。その美しさと儚さに私はため息をついた。


「……すごく、きれい」


 私が言うとガルーラさんが頷いた。


「あぁ、そうだな。いつもは警備の仕事をしていたから、こんなにしっかり見たのは初めてだ」


「えっ! お仕事お休みして大丈夫なんですか?」


「俺がいないくらいで、どうにかなる警護団ではない。心配無用だ」


「お仲間を信じているんですね」


「信じるか……そうとも言えるな」


 流れる星々に、私はガルーラさんに星渡り祭の意味を教えてあげることにした。


「ガルーラさん、星渡り祭は好きな人同士を結びつけてくれる祭りでもあるんですよ?」


 ガルーラさんの耳がピコピコ忙しなく動いている。


「私、恋が何なのか、いまだに分かりません。でもガルーラさんと一緒にいると、胸がドキドキしたり温かくなったりします。多分、私はガルーラさんのことが好きなんだと思います」


「俺と同じ気持ちなのか?」


「はい」


 私は空を渡る星々を見ながらガルーラさんとこの瞬間、共にいられることを幸せだと確かに感じていた。




 私の日常は変わらない。生地を捏ねてパンを焼いて街の人に売る。

 そんな中で変わったこと。


 ──チリンチリン

 ドアベルが鳴る。


「カトラ、仕事が終わったらレストランに行かないか? 同僚に美味しいからと勧められた」


「ガルーラさん! 生地の仕込みが終わってからでよければ行きます」


「では仕事が終わったら、また来る」


「はい!」


 私とガルーラさんはお付き合いしている。

 私はまだ恋が何なのかはっきりとは分かっていないけど、ガルーラさんと一緒にいるとドキドキしたりワクワクしたり、心が温かくなったりする。

 今はそれで良いと思っている。

 多分、そう遠くない未来に私たちは恋を知る──そんな確かな予感がするのだ。



 

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