満月夜
三題噺もどき―ろっぴゃくにじゅうよん。
「ご主人、氷はいりますか」
「あぁ、もらえると助かる」
月に一度の、満月。
こうしようと二人で決めたわけではないのだが。
なんとなく、並んで晩酌をするようになっている夜。
「……」
窓辺に座り、月夜に照らされている。
あいにくの天気ではあるが、関係ない。
この目に映ればそれでいい。
コイツと飲めればそれでいい。
「どうぞ」
「ありがとう」
氷の入った透明なグラスを渡される。
台所から戻ってきたコイツの、もう片方の手には、季節限定の酎ハイが握られていた。
コイツ、そこまで甘党でもなかったはずなんだが、お菓子作りにはまったあたりから、酒も甘いものを飲んでいる気がする。
「今度は何を飲むんだ?」
「苺の酎ハイです。飲んでみますか?」
「いや、いいよ」
机の上には、いつの間に作ったのか、数種類のツマミが並んでいる。
買ったのもあるだろうけど……このナッツ類はさすがに買っただろう。
こういう、簡単なものも作れるようになったのか。
「ご主人、それ好きですね」
「うん?好きというかまぁ……飲みやすいからな」
手渡されたグラスに、手元に置いてあった瓶から液体を注ぐ。
人間のイメージ的には、ワインとか何だろうが……今日は気分ではなかった。というか、最近ワインあまり飲んでいないな。
「……」
グラスの中に入れたのは、梅酒である。
これも、梅酒と言ったって色々と種類があって買うたびに悩むのだが。
まぁ、比較的飲みやすいものを今回は買ってきた。他にもいくつか、コイツも飲めるだろうかと思って、果実酒を買って置いてあるが、今日は気分ではないらしい。
断られた。
「……」
隣では、缶チューハイの蓋を開け、情緒もなくそのまま飲んでいる。
グラスに入れなおすくらいすればいいのだが、洗い物が増えるのが嫌らしい。
こういう日ぐらいは、休みたいということなのかもしれないが。
「……」
お互い、弱くはないので、酔うことはそうそうないが、なんとなく静かにはなる。……先月の焼酎は合わなかったから酔っただけで、基本的には酒に酔うことはない。
人によっては、泣き上戸に成ったり喋り上戸に成ったりするようだが……コイツが饒舌だったことなんてあんまりないかもしれない。
「……」
「……」
どれぐらい飲んでいるかも、どれくらいの時間が経っているのかも分からない。
私はまぁ、瓶をあけてからはゆっくり飲んでいるからそこまでだと思うが。
コイツは相当飲んでいるはずだ。空き缶を飲み終わってはすぐに台所に持っていくので、正確な数は分からないが……5本、6本ぐらいは飲んでないか?
「……」
「……」
静かに時間が流れていく。
時折氷の音が鳴る。
時計の針の音が聞こえる。
雨粒の音も聞こえだす。
小さく喉を鳴らす音が聞こえる。
机の上に手を伸ばす音がする。
「……」
「……」
眩暈を覚えるほどに愛しい時間だ。
心酔してしまう程に尊い時間だ。
このまま時が過ぎればと願わずにはいられない時間だ。
「……」
「……」
けれど、そのうち月は沈み。
陽が昇り始める。
望もうと、望むまいと、明日は来る。
「……そろそろ寝ましょうか」
「……そうだな」
来る明日の為に。
「結局何本飲んだんだお前」
「そんなに飲んでないですよ?」
「いや……それは結構飲んでるぞ?」
「一本空けた人に言われたくないです」
お題:眩暈・台所・明日




