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『説得作戦』

 店長の車に乗せてもらった俺達は、俺の家の玄関の扉の前に立つ。


「それじゃ、店長。準備は良いっすか? 」


「ああ。大丈夫だよ」


 店長が頷いたのを見て、俺はインターホンを鳴らす。


 十秒も立たない内に、扉が勢いよく開かれる。


「太陽! あんたこんな時間まで一体どこに……」


 キレた母ちゃんの叫びが、俺を見て、その横にいる店長を視界に入れて、止まる。


「お母さま、夜分遅くにお訪ねしてしまい、すみません」


 皺ひとつないビジネススーツを着た店長が母ちゃんに挨拶をする。


「あらあら、キャンベルさんですか。いつも息子がお世話になってます。でもどうしてキャンベルさんがうちの息子と一緒に?」


 俺は店長を見て、店長が少し前に出る。


 筋書き通りに。


「こちらこそ、いつもお世話になっております。実は少し相談したい内容があって、太陽君に付き合ってもらってまして」


 というと店長の後ろで、エルピスがちょこんと出てくる。


「実はこの子は私の姉の子供で、つまり姪なのですが。エルピスといいます」


「は、はあ」


 エルピスがちょこんと頭を下げるのを、母ちゃんが不思議そうに見ている。


「エルピスはアメリカの学校に通っているのですが、夏休みということで日本に来たのです」


「あら、そうなんですね。エルピスちゃんは何歳なのかしら」


 エルピスは俺を見ようとし、一瞬止まった後、店長を見る。


 店長が頷くと


「じゅうに、さいです」


 エルピスの返事に


「あら、日本語が上手ね! 」


「ええ。姪っ子は語学が好きで、日本に来ると決まってからかなり勉強したみたいでして。簡単な会話くらいならできるそうです。ただ、せっかく日本に来たのだから、色々な経験をさせてあげたいと思ったのですが、私の仕事の関係で店を離れるのが難しく」


「それで困ってたからよ。せっかくだから、この子をうちでホームステイさせてあげんのはどうかなって俺が言ったんだよ」


 俺が言うと、母ちゃんが目を丸くする。


「あんた、また突拍子もないことを言って」


「もちろん、お引き受けいただけるのであれば、ホームステイ中の食費や宿泊費などはお支払いさせていただきます」


「なあ、母ちゃん。困ってるみたいだからさ。力になってあげようぜ、部屋だって余ってるだろ」


 俺はダメ押しとして説得するも、


「まあ。それはそうなんだけどね……」


『反応が少し芳しくないのう。何かよい一手はないのか! 』


 ヒル子が言う。


 ヒル子の言う通り、もう一押しだと思うんだが。


 流石にいきなりは厳しいか。


「もちろん無理にとはもうしません。急な話ですので、お断りいただいても大丈夫です」


 流石店長、うまい言い方だぜ。


 基本母ちゃんは人がいいから、この言い方なら


「嫌ってわけではないのよ! ただ夫にも相談しないと」 


 と、そのときだった。


「ねえええええ、どうしたのーーーー」


 と、ボールが弾むような音を響かせ、廊下から妹の陽芽が駆けてくる。


「こら! 陽芽! もう寝なさいと言ったでしょう! 」


 と言う母ちゃんの足の隙間を潜り抜けた陽芽が、エルピスを見て、ぽかんと口を開ける。


 エルピスも自分をじっと見る陽芽に、少し戸惑うように俺を見る。


 その瞬間、


「すごーい!! 」


 と陽芽が叫んで、エルピスに駆け寄ると思いっきり抱きしめる。


「お人形さんみたい!! 」

「こら! 失礼でしょ、陽芽!」


 と母ちゃんが止めるも、陽芽はエルピスに抱き着いて離れない。


 エルピスが困ったように俺を見上げるも、俺はこれチャンスだと気づく。


「陽芽、この子はエルピスって名前で、店長の姪っ子なんだぜ。アメリカから来たんだ」


「えー! すごいすごい! 陽芽はね! 陽芽っていうの! 」


陽芽が顔を輝かせ、エルピスの顔を見上げて言う。


「なあ陽芽。エルピスが家に泊まってもいいか? 」


「うん! いっぱいお話するの!」


母ちゃんは呆れたように 


「この子はもう勝手に……。太陽も!」


 母ちゃんは陽芽と俺を叱りつつ


「少し待っていただけますか? 」


 と店長に言って廊下を歩きながら


「あなたー! 少し来てちょうだい! 」


 と叫ぶ。


「上手く行くといいが」


「あとは親父の返答しだいっすね。まあけど多分大丈夫っすよ」


 と言っていると


「どうもどうも初めまして」


 眼鏡をかけて少し腹が出ているおっさん、じゃなくて俺の親父が出てくる。


 俺より身長の高い親父は、仕事から帰ったばっかりなのか、ネクタイを外した白のワイシャツと灰色のスラックスを着ていた。


「立ち話もなんですし、上がってください」


「失礼致します」


 と俺達は店長を先頭にし、エルピスにしがみついている陽芽を間に挟んで、俺と母ちゃんが後ろからついていく。


「太陽、あんた全く連絡に出ないと思ったら、急に」


 と俺を睨みつける。


「だってしょうがねえだろう。それに困ってる店長を見捨てるわけにはいかねえじゃねえか」


「それはそうだけど……」


とリビングに入る。


「よければ、これをどうぞ」


店長が手にした袋から出てきたものを見て、親父の顔が笑顔になる。 


そこからはあっという間だった。


「どうぞどうぞ、飲んで下さい!」

「いやー、キャンベルさんこそ、どうぞどうぞ」


 と酒を酌み交わして、大笑いしていた。



「はあ。まったくあなたったら」


 と呆れたように酔っ払った親父を介抱する。


『すっかり意気投合しているのじゃ!』

 とヒル子が驚いて言う。』


「まあな。親父は酒好きだけど、普段は母ちゃんに制限されてお客さんが来た時くらいしか飲めないからな」


 俺は苦笑いする。


「いやー、しかしエルピスちゃんもまだ中学校に入ったばかりで、一人で旅行とはすごいですなあ! 」


「空港までは姉夫婦が付き添いで、日本の空港にはあ迎えにいったのですが、姪のエルピスは頑張りましてね。それに私がよく日本のお土産をたくさんあげてたのもあって、日本に興味がありまして、来てみたいと元々言ってたんです」


「本当に凄いわねえ」

「ほほう! それで単身来るとは、感心だ! 」


 親父と母ちゃんは顔を見合わすと


「我が家で大したもてなしができるかわかりませんが、歓迎しますわ」


 と母ちゃんが言うと、俺はエルピスにめくばせする。


「ありが、とう。ございます」


 エルピスはぺこっとお辞儀すると、母ちゃんも笑みをうかべ。


「我が家だと思って、何でも遠慮せずに言ってね」


「わーい! お姉ちゃんと一緒だー! それじゃ案内してあげる! 」


 と早速、陽芽がエルピスの手をつないで、部屋を出て行く。


 店長が立ち上がり


「突然のお願いにも関わらず、本当にありがとうございます」


 と頭を下げると


「いえいえ、キャンベルさんには、うちの息子が小さい頃からお世話になってますから。お気になさらず」


 と親父が言い、母ちゃんは店長が帰れるようにタクシーを呼ぶ。



「これで、エルピスちゃんの住まいについて、夏休みの間は心配しなくてもよさそうですね」


 見送りをする親父と母ちゃんが家の中に入った後、玄関の外でタクシーを待ちながら、俺と店長は話す。


「すんません、店長。ここまで協力してもらって」



「気にしないで下さい。むしろ君のご両親を騙した形になってしまい心苦しいですが」


 と気にする店長に


「しょうがないっすよ。俺一人じゃ絶対に母ちゃんを説得なんて無理っす」


「うむ、太陽の言う通りじゃ。お主のような大人がいて、助かったのじゃ!」


ヒル子が言うと、店長はかしこまりながら


「そこまで言っていただけてかたじけありません、ヒル子様。それでは太陽君、私の方でも、エルピスちゃんを迎い入れる準備を進めておくよ。それでこの家の警戒に関しては」


「私が引き受けるわ」


 と屋根の上から黒猫、女神バーストが答える。


「この家に近づこうとする怪しい存在は、私とこの辺りに住んでいる一族の者がいる限り、見逃さないわ」


「なら、安心ですね。それにしても……、猫の神様にもお会いできるとは、日本に住んでいる甲斐がありました」


 と店長はバーストに向かって、ありがたやと手を合わせお辞儀をする。


「それじゃ、僕は行くよ。車を停めさせてもらって申し訳ないねえ。明日でも取りに伺うよ」


 店長はそう言うと、到着したタクシーに乗って帰っていった。


「ひとまずはうまくいったようじゃの」


 ヒル子が現れる。


「まあな、だけど……」


 俺は自分の家、今はエルピスが暮らすことになった家を見る。


「ニャルラトテップは追い払っただけだ。奴はまた来る。それに他の邪神も攻めてくるはずだ」


「確かにのう」


「エルピスを護る、それだけじゃなく、俺達の街に住む人々も犠牲にさせるわけにはいかねえ」


 俺は自分の手を見つめ、そして強く握りしめる。


「もう後悔なんざ……したくねえ」


「うむ、お主には仲間が必要じゃ! 怪物、邪神に立ち向かう力を持って、共に戦うことのできる仲間が! 」


 ヒル子が言ったその時、


「女神の守護者、八剣太陽」


 屋根の上から、俺を見下ろすバーストを見上げる。


「ノーデンスから言伝を預かってるわ」


「言伝? 」


「ええ。9月1日の夜、始まりの場所に来るようにって」


「始まりの場所といえば……」


 ヒル子が俺を向く。


「あの公園しかねえだろ。それで話ってのは」


「詳しくは聞いてないけど、こう言ってたわね」


 黒猫の眼が妖しく光る。


「預言を告げる時が来た、と」

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