『作戦会議』
店長は、テーブルに氷の入ったお茶の入ったコップを持ってきて、俺達に渡す。
「それじゃ。話を整理しようか。彼女、エルピスちゃんは邪神ニャルラトテップに狙われている。太陽君は先の戦いでニャルラトテップを追い払ったものの、そいつには人間の手先もいるらしく、いつ彼らの手が迫ってくるかわからない、と」
俺は頷く。
「ふむ。そうなると、何の策も打たずに、君の家に匿うこともよしたほうがよさそうだ。敵にとって一番予想されうる手ではある。とはいえ、有事の際には守護者である君の傍が一番安全でもある……悩ましいね」
「キャンベルとやら。何か策はあるか? 」
ヒル子が尋ねると、
「そうですね。こういうのはどうでしょう。エルピスちゃんを僕の親戚の子ということにして、夏休みの期間中は、太陽君の家にホームステイさせる、というのは」
店長の言葉に驚いた俺は
「ホームステイっすか? 」
「ああ。勿論嘘だが、君のご両親を説得するためのカバーストーリーさ。大前提として君のご両親といえども、エルピスちゃんについては、真実を話すべきではないと思う。そして君の傍にいるのが彼女にとって最も安全であることは間違いない。そのため、彼女を日本に旅行に来た僕の親戚の子ということにする。そうすれば君のご両親も彼女を受け入れやすい筈さ。幸いにも、僕はアメリカ人だし、彼女と同じ金髪だから、あながち間違いにも思われないだろうからね」
「なるほどのう! 」
とヒル子が頷く。
確かにエルピスを店長の親戚にして、それで夏休みの間に預かるという話なら、店長のことを昔から知ってる母ちゃんも受入れてくれそうだ。
「夏休み期間中であれば、君もエルピスちゃんと一緒にいることができるからね」
「流石っすね! それなら、行けそうな気がするぜ! 」
「ああ。だが問題は夏休みの後だ。太陽君、君はまだ学生だから、学校に行かなければならない。そうなれば、エルピスちゃんを護るためとはいえ、四六時中一緒にいるのは難しい」
「どうすればいいっすか? 」
俺が言うと
「こういうのはどうだろう。平日は、エルピスちゃんは僕の店で預かり、週末を太陽君の家に、というのはどうかな」
「ほほう。それはどういう意図でじゃ? 」
ヒル子が尋ねると、
「太陽君のご両親も、夏休み明けとなると、流石に毎日ずっとエルピスちゃんを預かるというのは難しいはずだ。それにエルピスちゃんの居場所を一か所に固定しない方がいいと思うんだよ。君の家だけだと、もし君の家が敵に暴かれた時に、逃げ場がなくなる。そして、もしも僕の店という第二の場所があれば、どちらかがバレても、いざという時の避難所にもなる」
「確かにそうっすね」
「うちにいる間は、僕の親戚としてお店の手伝いをしてもらう形でいてくれれば、不自然さはないだろう。あまり外を出歩いて、邪神の手先に見つかるというリスクも減らしたいしね。そして週末は君も学校が休みだから、彼女を護れるはずだ」
「けど、それだと店長の家も狙われることになるんじゃ」
「僕の方は気にしなくていい。君みたいに戦うことはできないが、こういったやり方なら協力できるし、僕も力になりたいからね。ただ、肝心要の問題は、敵の手先が迫った時に、これを察知して退ける必要があるのに、現状敵がどこから、どれだけやってくるのかわからない、ということさ」
店長の言う通りだ。敵の戦力がわからない以上、俺達は受け身になるしかない。
「ふむ。それについては、我に案があるのじゃ! 」
ヒル子が口を開く。
「案ってなんだよ? 」
俺が尋ねると。
「無論! ノーデンスに味方をよこしてもらうのじゃ! 」
あっと俺が口を開ける。
「すっかり忘れてたぜ。でもよぉ。あいつがすんなりと力を貸してくれるのかどうか」
「忘れておらぬか、太陽! 我とあやつは誓約をかわしたのじゃ。あやつには誓約を果たす義務がある。なんなら、ここで我があやつと話をつけるのじゃ」
「は、どうやって? 」
というとヒル子が俺の左手首のイマジナイトを指さす。
「誓約という鎖が我とあのノーデンスを繋げておる。故に、我の依代たるそのイマジナイトを通してであれば、あやつと話せるはずじゃ。呼んでみるがよい! 」
携帯みたいなものなのか。半信半疑であったが、
「いいからやってみるのじゃ! 」
とヒル子に言われる。
「わあったよ。おい、ノーデンス、聞こえるか? 」
イマジナイトに向けて声をかけると、僅かな沈黙の後、紋章が光る。
『八剣太陽、儂を呼んだか』
と声が聞こえる。
「呼んだのは我じゃ! 誓約のこと、忘れてはおらぬはずじゃ! エルピスを護るために、お主の力を貸すことを! 」
ヒル子の言葉を聞いたノーデンスは沈黙の後、
『それについては、既にそちらに向かわせている。もうすぐ会えるはずだ』
あっさりと言うノーデンスにヒル子が
「ふん。随分素直ではないか、ノーデンス」
と言うと
『何か勘違いをしているようだが、助力を惜しむことはない。それが、エルピスを護るためであれば』
ノーデンスはそう言い終えると、イマジナイトの光が消える。
「なるほど、彼が君達がいっていたノーデンスという神様か」
店長が言うと、
「そうじゃ。どうじゃ、太陽! 」
とヒル子が腕を組んで自慢げに俺を見てくる。
「よし、これなら」
と思った俺に
「まあ待つのじゃ、太陽。大事なことを忘れておらぬか? 」
「は? 」
「これはあくまでも我らの案じゃ。大事なのはエルピスの意思じゃ、エルピスがこれでよいと思うかじゃ。そうでなければ、我らが退けたノーデンスのやり方と一緒ではないか。 そうじゃろ? 」
ヒル子の言う通りだ。エルピスの意志も確認せず、勝手に話しを進めてしまってた。
俺は横にいるエルピスの方を見て、
「エルピスはどうだ? この作戦について」
エルピスは店長を見て、その後、ヒル子を見る。
「こやつのことか。我もこの人間には初めて会うたが、信用できると思うのじゃ! 」
ヒル子の言葉を聞いて、エルピスは俺の方を見る。
「うん」
と言って、エルピスは頷く。
「ふむ。ひとまずはこの作戦で動こうかの! 」
「なら、太陽君のご両親にお願いするために、僕も少し準備をしてこよう。君達はここでゆっくりしてくれ」
そう言うと、店長が奥の階段で二階に登っていった。
「太陽。あのキャンベルという男、中々知恵があるではないか! 」
と関心したようにヒル子が言う。
「ああ」
とはいえ、店長がここまで協力してくれるとは正直思ってなかった。
「だけど、ノーデンスのよこしてくる奴はどこまで助けになんのか」
「まあ、それについては、見てみんとなんともいえないがの。打てる手は打っておかねば」
と俺とヒル子が話していたら、エルピスの膝の上で寝ていたレグルスがびくっと体を起こすと、テーブルに飛び乗る。
「レグルス? 」
エルピスが尋ねると、レグルスは自動ドアの方を向いて唸りだす。
「もしや……」
「敵か?! 」
俺は立ち上がり、自動ドアを見たその瞬間だった。
自動ドアが音を立てて、開く。
俺達は身構えるも、人が入ってくる様子はない。
「む? 勝手に開いたのか? 」
俺とヒル子が開きっぱなしの自動ドアの前まで近づいていく。
「誰もいねえ……」」
「あら失礼ね。折角来てあげたというのに、何の挨拶もないのかしら」
突如聞こえてきた声に俺は首を振って、声の出所を探す。
「こっちよ、こっち」
俺は顔を下に向けると、そこにいたのは、一匹の黒猫だった。
「女神の守護者っていうのは、あなたのことかしら? 」