『神殺し』
落下していく俺の脳裏に、映像が浮かぶ。
『君のその神宝イマジナイトに、一時的にだけど、僕の庭へと繋がる門の鍵を入れておいた』
黄金樹の枝に絡まった赤い蛇が、舌を出し喋る。
『もしその時がくれば、その鍵を使って、必要なものを取りたまえ。』
ブツッと映像が途切れる。
「太陽さん!? 太陽さん!!」
地面に激突した太陽を見て、咲耶が叫ぶ。
「外なる神のシュブニグラスの本体の攻撃が直撃よ。いくらあの炎の神の鎧とはいえ……」
心配そうにバーストが見つめる。
「レグルス」
エルピスがレグルスの背に乗って、向かおうとする。
「待ちなさい。エルピス。今、咲耶の結界から出たら、あの怪物の群れに呑み込まれるわ」
バーストの言葉に、エルピスは首を振る。
「それでも、行く」
咲耶は、落下地点に群がる怪物の群れを見て、唇をぎゅっと結ぶ。
「バースト様」
「何、咲耶?」
咲耶は叫ぶ。
「私を乗せてください! あの人のところまで!」
黒豹はため息をつくと
「わかったわ。一か八か。やってあげる」
「はい! ありがとうございます!」
咲耶はエルピスの方へ振り向く。
「エルピスちゃん、一緒に行きましょう!!」
エルピスはこくりと頷く。
「太陽! 油断するなと言うたのに! 」
落下した太陽を救おうと地面に向かうヒル子を、睡蓮の蛸足が巻き付き止める。
「待ちなさい」
「なんじゃ! 邪魔をするのか!」
ヒル子が両手を振り回して睡蓮に怒るも、睡蓮は眼下の城を指さす。
マリヤの心臓からその槍が現れた瞬間、その神威に異界が震える。
異界が叫び声を上げたかのように軋む。
禍々しい地獄の業火と神々しい黄金の煌めきが異界全体を染め上げる。
「何故……それがここにあるのだ?! 」
バビロンがマリヤの手にした槍、レーヴァテインを指さす。
「それの持ち主は、我らが滅ぼしたはずだ! 」
マリヤが鼻で笑う。
「あんたにわざわざ教えてやる義理はないわ! 」
マリヤのマントに火がつく。
マリヤはレーヴァテインを両手で握り、シュブニグラスに向けようとするも、槍の柄、その中央の錠から九つの鎖が飛び出し、空間の裂け目につなぎとめる。
「なっ。なんで?!」
マリヤは槍を引っ張り、狙いをつけようにも鎖が邪魔して動かせない。
「あの糞ロキぃいいいいいいいいいいいい! もう私のなんだから、いい加減に鍵を外しときなさいよおおお!」
マリヤは顔を歪め、全身を燃やす炎に耐えながら、何とか鎖を千切ろうと引っ張る。
「あれを撃たせるでない!」
バビロンが鬼気迫る表情で叫び、マリヤに向けて、シュブニグラスの本体から、巨大な脚と尾が迫る。
「ちっくしょぉおおお」
目前に迫る攻撃を前にマリヤが顔を歪ませ叫ぶ。
「今ですわ!」
咲耶の言葉を合図に、桜の花びらの結界が消える。
同時に黒豹のバーストに乗った咲耶とレグルスに乗ったエルピスが飛び出す。
高速でひたすら樹の怪物、シュブニグラスの子供らの隙間を縫うようにレグルス、バーストが駆ける。
「あそこですわ!」
咲耶の指さす先に、シュブニグラスの子供らの黒山の中に赤い鎧が見える。
「レグルス」
エルピスの掛け声と同時にレグルスが高く飛び上がる。
爪に稲妻が走り、その黒山目掛けて、一気に振り下ろす。
レグルスの爪の衝撃でシュブニグラスの子供らが吹き飛び、仰向けに倒れている太陽が現れる。
「今ですわ!」
バーストから降りた咲耶が、太陽を中心に、再び桜の花びらの結界を張ると、周囲にいたシュブニグラスの子供らが吹き飛ぶ。
エルピスが太陽の鎧を揺らす。
「太陽、太陽」
炎の鎧の騎士、その兜の眼に緑の光が灯る。
「エルピス、か……」
エルピスは頷く。
太陽は体をゆっくりと起こす。
「夢を……見たのを、思い出した……」
「夢?」
太陽の言葉に、エルピスが首を傾げる。
「ああ。赤い蛇の夢を」
マリヤは頭上から迫るシュブニグラスの攻撃に避けられないと思った瞬間、光の壁と蛸足の触手が現れ、轟音を上げてシュブニグラスの攻撃を防ぐ。
マリヤの頭上、ヒル子と睡蓮が並ぶ。
「あんたたち!」
「その槍なら、奴を倒せるんじゃな!」
ヒル子が光の壁を張りシュブニグラスの攻撃を防ぎながら、振り向いてマリヤに叫ぶ。
「できるわ! けど、こいつの鎖が千切れない!」
「少しだけなら、時間を稼いであげる。その間に何とかしなさいな」
睡蓮がマリヤに迫るシュブニグラスの脚を、何十本もの蛸足で縛り動けなくする。
エルピスが、翡翠の瞳で俺を見つめる。
「赤い蛇に言われたんだ。俺の紋章、イマジナイトにあいつの庭に通じる鍵を入れたって。必要な時は、そこから取り出せって」
エルピスが瞳をしばたたきながら、わかんないような表情で首を傾げる。
「そりゃわかんねえよな」
何と言ったものかと考えたその時、俺の横の地面に刺さっていた七つの刃を持つ黄金の七支刀、その柄の中心にある紋章が光りだす。
「なんだ?!」
紋章の中心から、黄金の枝が生えてくる。
ゆっくりと枝はエルピスに向かって、伸びてゆく。
エルピスは手を伸ばす。
「おい、触って大丈夫なのか?!」
枝から咲いた花にエルピスが触れた瞬間、静電気に触れたようにエルピスが震え出す。
「エルピス!?」
声が聞こえる。
『おかえりなさい。我が■■■』
「エルピス! おい、大丈夫か! エルピス!! 」
黄金の樹に触れて、白目をむいて倒れたエルピスを何とか支えて、俺は何度も呼びかける。
「エルピスちゃんはどうなさったのですか?!」
咲耶が両手を伸ばし、桜の花びらの結界を維持したまま、心配そうに振り向く。
「わからねえ、固まっちまった!」
するとエルピスの眼が瞬きし、元の瞳に戻る。
「エルピス! 大丈夫か!?」
そういうと、エルピスがにっこりと微笑み、立ち上がる。
「お久しぶりですね、女神の守護者よ」
俺は屈んだまま、エルピスが穏やかに微笑み、流暢に喋るのをポカンと口を開けてみていた。
目の前にいるのは、エルピスだけど、エルピスじゃない。
「はい。あなたのご想像のとおりです。一時的にではありますが、この子の体を借りて喋っております」
「は?」
心を読まれたのか。
声はエルピスの透明な声なのに、別人みたいに喋る。
そして、この声に、俺はどこか聞き覚えがあった。
「あんたは……誰だ?」
「全ての始まり、夢であなたを呼んだのは私です。そう言えば思い出しますでしょうか?」
「まさか……」
八月七日。誕生日の日に夢を見たとき、聞こえてきた声。
「あんただったのか……俺を呼んだのは」
「はい。この子を救っていただき、本当にありがとうございます」
エルピスが深く頭を下げる。
「あなたがあの方から預かった鍵のおかげで、僅かな時ではありますが、この場に来ることができました」
エルピスに乗り移った誰かが、紋章に手を伸ばす。
「そして、あなたに渡すものがあります」
彼女が紋章に手を伸ばす。
紋章に触れると、波のように揺れ、エルピスの手が紋章の奥に沈む。
彼女は両手を紋章に入れ、そこからゆっくりと何かを取り出す。
「それは……」
出てきたのは一本の剣だった。
剣自体は、なんの変哲もない。
ただ一つ違う点。
剣の周囲を黄金の炎が螺旋のように回転していた。
「あなたにこれをお貸しします。資格なき者が持てば、その炎で焼かれるでしょう。でも、今のあなたであれば……それを握っても、痛みを感じることはありません」
エルピスの手渡されたその剣を、俺が握った瞬間、黄金の火の粉が走る。
その剣に認められた、と感じた俺は彼女に尋ねる。
「この剣は、何て言う剣なんだ?」
「■■■■■■。あら、この言葉では伝わらないみたいです。あなたの国のお言葉で訳しますと……回転する炎の剣、といった言葉でしょうか」
回転する炎の剣。
握っていると、これまでに感じたことのない、暖かさを感じる。
その炎の暖かさにぼおっとしていると、彼女が俺の肩に手を置く。
俺は彼女を見上げる。
「ヴェールのその先に、全ての根源たる零に至る扉があります。智慧の実を食べ、楽園から追い出されたあなた達は、その先へ行くことはできません。けれど女神の守護者、八剣太陽。生命の樹の果実である黄金の林檎を食べたあなたなら……」
エルピスの口から紡がれる言葉の意味がつかめない。
「どういう意味ですか? 」
「今はわからなくても構いません。大事なのは、想像すること。それができるあなただからこそ、女神の守護者たりうるのですから」
そういうと、彼女が目を閉じる。
少しして、ぱちぱちっと瞬きをして、エルピスが目を開ける。
「エルピス?」
俺は尋ねると
「太陽? 」
と、エルピスは何ごともなかったかのように答える。
「さっき話したこと、覚えてるか? 」
エルピスはきょとんと俺を見ている。何も覚えて内容だ
「いいや、なんでもねえ」
エルピスは俺の手に握られた剣を見て、
「それは?」
「ああ。これか。借りたんだ」
俺は手にしたその剣を見て、赤い蛇の言葉を漸く理解した。
俺は立ち上がり、咲耶に言う。
「すまねえ、咲耶! エルピスを頼む!」
「はい! ご武運を!」
咲耶に親指を立て、見上げるエルピスに頷きながら、俺は炎の翼を広げ羽ばたかせ、咲耶の結界から一気に飛び上がる。
マリヤに迫るシュブニグラスの攻撃を、ヒルコとクティーラが防ぎ続ける。
「まだなのか?! 」
「くっそ! 外れなさいよぉおおおおお! 」
マリヤが燃えながら、レーヴァテインを片手に、もう片方の手で真紅の槍を掴み鎖にぶつけ、何とか引きちぎろうとするが、千切れない。
「マリヤ! 大丈夫か! 」
飛翔してきた俺はマリヤの横に降り立つ。
「太陽! 無事だったのね! ちょうどよかった! この鎖、何とかして!」
見るからに禍々しい槍を一所懸命に握りながら、昂った声でマリヤが俺に叫ぶ。
「ああ、任せろ!」
俺は手にした剣を振り下ろすと、マリヤの手にした槍を縛る鎖が一気に
「ありがとっ!」
マリヤの弾けるような笑顔に、俺は思わず顔で口を抑える。
「なに?」
「いや……マリヤの笑った顔、めっちゃ可愛いなって」
マリヤの顔が茹蛸のように真っ赤になる。
「ふざけたこと言ってんじゃないわよ!」
マリヤがブチ切れて、槍を向けようとする。
「危ねえ! わ、悪かったって」
俺は慌てて謝っていると
「お主らいちゃついとる場合じゃないのじゃ! そろそろ限界じゃぁああ」
ヒル子の叫びに、俺とマリヤは顔を見合わせ頬を赤らめるも
「ほら、やるわよ!」
マリヤは唇を噛んで、すぐに表情を引き締めると
「ああ!」
「来て、フレースヴェルグ!」
甲高い鳴き声を上げ、空中でシュブニグラスと戦っていたフレースヴェルグが、マリヤの頭上に浮かぶ。
マリヤが飛び上がり、フレースヴェルグの背に乗る。
「遅れるんじゃないわよ!」
俺も炎の翼を羽ばたかせ、マリヤの隣に並ぶ。
「こっちの台詞だぜ!」
俺とマリヤは同時に飛び出し、天守閣に降臨するシュブニグラスの本体まで、一気に向かう。
「近づかせるでない! 」
バビロンの悲鳴のような叫びで、俺達の邪魔をしようとシュブニグラスの本体から、巨大な脚や尾が振り下ろされるも
「露払いは任せるのじゃ! 」
「終わらせなさい」
後ろから来たヒル子と睡蓮が俺達の頭上のシュブニグラスの攻撃を防ぐ。
マリヤはレーヴァテインを、そして俺は回転する炎の剣を、外なる神シュブニグラスの本体に向けて伸ばす。
シュブニグラスの何十本もの脚が、本体の頭部を守る壁となって、槍と剣の前に立ちふさがる。
「「いっけえええええええええええええええええええええええええ」」
レーヴァテインそして回転する炎の剣から、灼熱の業火と黄金に煌めく紅焔が回転し、その全てを焼き尽くす。
バビロンの絶叫を背に、俺達はシュブニグラスの頭部をレーヴァテインと回転する炎の剣で穿つ。




