『わたしとあなた』
「エルピス! 馬鹿野郎……どうして来たんだよ! 」
レグルスから降りたエルピスが、俺の前に来ると、俺の胸に飛び込んでくる。
俺はしゃがみこみ、エルピスと目線を合わせる。
「俺は……間違っていた……俺は君の、女神の守護者に相応しくねえかもしれない」
エルピスは黙って俺を見つめる。
「邪神は、君の中に眠る女神としての力を手に入れようと狙ってる。旧き神々、ノーデンスも邪神に対する切り札という目的で必要だった。“女神”としての君が。けど、それは俺も同じだった……」
俺は目の前のエルピスを見る。
「君がいるから、俺は……女神の守護者として……勇者として振る舞うことができた。どんなに傷ついて苦しい思いをしても俺は、女神の守護者なんだ、だから大丈夫だって……俺は平気な振りができた。結局、俺は君を言い訳にして戦うことで、俺の人生を救いたかっただけなんだ。全部、自分のためだった……」
話を続けようとした俺を遮るように、エルピスが首を振る。
「違う」
「エルピス?」
「私は覚えてる。あなたがはじめて私と出会った時のこと。女神という求められた役割を果たす、ただそれだけが私が生きる理由で、それだけが私に与えられた全てだった。けれど、あなたは違った」
エルピスが俺の手を握る。
「あなたは私をお家に連れてってくれた。陽芽ちゃん、お母さんもお父さんもみんな私を受け入れてくれて、優しくしてくれた。家族も何も無い私に家族をくれた」
まっすぐに俺を見つめるその翡翠の瞳が揺れる。
「あなたは、私を連れて色々な場所を案内してくれた。街、海、そしてコスモスの花。色々なことを知って、今まで何もなかった私に人間としての生を教えてくれた」
エルピスの瞳が、翡翠色の瞳が輝く。
「あなたは私にたくさんの感情をくれた。あなたがくれたものが、私を人間にしてくれた」
俺の頬から地面に零れ落ちたものを見て、エルピスが頬に手を当てる。
「太陽がいい。他の誰かじゃない。私の勇者は、太陽がいい」
「……っつ。ばかやろう」
鼻をすすった俺は、エルピスの頭をごしごしと撫でる。目を瞑るエルピスに向かって
「当たり前のことだろ。俺は、君の守護者なんだからよ」
エルピスはしゃがんでいる俺の胸に頭をくっつける。
俺はその小さい体をぎゅっと抱きしめる
「俺に任せな」
俺は立ち上がり、頷くと横でレグルスが大きく雄たけびを上げる。
「我も忘れるでないわ!」
上空からヒル子が俺めがけて飛んできて、飛び蹴りを腹にくらった俺は九の字に曲がって悶絶する。
「ヒル子っ。て、てめえ」
「この馬鹿者が! どれだけ我らが心配したと思うとるんじゃ! 」
のう、とヒル子がエルピスに向かって言う。
「全く馬鹿なことをしおって。我らが間に合わなんだら、どうするのじゃ」
「間に合ってよかったですわ」
呆れるようなヒル子と桜が綻ぶような笑顔で朔耶が頷く。
「私のことも忘れないで欲しいわね」
と傷だらけの黒豹のバーストがレグルスと一緒に歩いてくる。
「おお! バースト! 無事じゃったか!」
「バースト様!」
咲耶がバーストの傍に駆け寄り、額のティアラをバーストの額に近づけ、優しく抱きしめる。
ティアラの中心の桜色の宝石から柔らかい光が、バーストを包み込む。
バーストの傷が癒えていく。
「ありがとう、咲耶」
「はい! 」
ヒル子が俺の前で浮かびながら、腕組みをする。
「太陽! 何度も言うたであろうが! お主は決して独りではない! 我らが共にいるのじゃ!」
ヒル子の言葉に、マリヤ、睡蓮、咲耶、そしてエルピスが頷く。
胸の中が熱くなる。
俺は皆に向かって、身体が足元につくまで、頭を下げる。
「みんな、頼む! 俺に力を貸してくれ!」
俺が頭を上げると、
「ったく! 最初からそう素直に言いなさいよね!」
ぶっきらぼうにマリヤが答え、
「勿論ですわ!」
咲耶が花がほころぶように返事をして
「あなたが運命に抗う姿、見届けさせてもらうわ」
と睡蓮が微笑する。
「そちら側につくというのかい、姫君は」
バビロンの声に、
「そうね。私も見てみたいから。彼と新しい世界を」
「そう……なら、皆殺しにしてあげようぞ!」
バビロンの叫びと同時に、シュブニグラス本体が再び胎動する。
「くっちゃべってる場合じゃない! 来るわよ!」
マリヤが真紅の槍を構え、叫ぶ。
「それなら、我らの真の力、あやつに見せつけてやるのじゃ!」
ヒル子が俺に向かって、ガッツポーズをする。
エルピスが俺の隣に来る。
「行こう、太陽」
「おお!」
俺とエルピス、ヒル子が並ぶ。
「みんな、時間を稼いでくれ! 」
「無茶言うわね! 」
「わかりました!」
「いいわよ」
上空から迫るシュブニグラスの巨大な蹄の脚をマリヤが精霊の炎と槍で捌きつつ、睡蓮が全身から蛸足を繰り出し縛り上げ、咲耶の桜の花びらが結界となって、俺達を守る。
「それじゃ、行くぜ! エルピス! 」
エルピスは頷くと、眼を閉じ、両手を祈るように重ねる。
「聖体示現を開始します」
重ね合わたエルピスの手に光が集まる。
「次元扉を開門。希望の女神から神話世界へと接続を開始」
エルピスから光の柱が上空に伸びてゆき、暗雲を貫く。
「聖体顕現を、主宰神たる太陽の女神に委ねます」
エルピスの言葉に応じて、ヒルコが高らかに叫ぶ。
「ここからは、我の番じゃ! 咲耶! ちと力を借りるのじゃ! 」
「はいっ!」
桜の結界を張る咲耶が頷くと、ヒル子が両手を空に向かって伸ばす。
「高天原の主宰神の名の下に、天御柱から降臨せよ! 」
天蓋から光の柱を通じて、赤く輝く球が下りてくる。
「汝、降誕せし時、燃え滾る者にして、太母を滅す者。」
ヒル子が唱え始めると同時に、降りてくる玉に罅が入る。
「九霄より赫く遍在せし天道の下、我に応えよ! 」
それはゆっくりと、俺の下へ降りてくる。
「妾が見逃すとでも!」
「あんたの相手はこの私よ!」
バビロンの頭上で、マリヤが槍を振り下ろす。バビロンを守るべく降りてきたシュブニグラスの脚と槍が激突し、火花が散る。
「誇りたまえ、時と永遠の愛し子よ! 」
俺は頭上に降りてきた、燃える玉に向かって手を伸ばす。
「此処に、天壌無窮の炎を顕す! 」
その赤く光る球を掴んだ刹那、赫赫と輝き荒ぶる灼熱の炎が俺の全身を包み込む。
「太陽! 」
エルピスの声に、俺は答える。
「俺はもう大丈夫だ! エルピス! 」
炎に焼かれながら、俺は笑顔で叫ぶ。
「みんなで帰ろう! 俺達の! 世界に!! 」
エルピスが頷き微笑むと、輝きだす。
水色のワンピースが白く輝き、純白と黄金で彩られたドレスのようなスカートとなり、背中から水色の翼が生える。
頭に三日月と白い花が飾られたティアラを被る。
ヒル子が俺を見て、叫ぶ。
「征くのじゃ! 太陽! 真の勇者は此処に在り!」
満面の笑みを浮かべたヒル子が、詠唱を完結する。
「神威顕現! 火之迦具土神!! 」
左手のイマジナイトに刻まれた紋章、旧き神々の印が宙に浮かび上がる。
俺は神の炎を握った左拳を、外なる神に向かって突き上げ、紋章に向かって飛び上がり叫ぶ。
「輝け! イマジナシオン!! 」




