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『残光』

 振り下ろした剣が、プラズマを帯びるマグネターとなったハンドボールを叩き割った瞬間、凝縮された光が一気に弾ける。


 世界が白一色で染まる。


 次の瞬間、巨大な光の刃が、天守閣の頭上に高く聳え立つ、シュブニグラスの本体に向かって飛んでいく。


 それが直撃した瞬間を見ることなく、俺はプラズマを浴びた衝撃で地面に叩きつけられる。


 背中に衝撃を受け、息が止まる。


 俺はあまりの痛みに動くことすらままならない。


 気づけば、鎧は全て砕け散り、変身が解けていた。


「っつ、がぁあああ、よくもぉ……」


 バビロンが苦悶の声をあげ、俺は仰向けのまま何とか顔を上げる。


 バビロンは腹を抑えて、獣のような声で叫ぶ。


「よくも妾の本体を、ここまで傷つけたなぁあああああああああ」


 天蓋から城に向かってぶら下がる巨大な本体、その中央に、縦に大きく裂かれた傷がついていた。


「くそっ、倒しきれなかったか……」


 俺はもう一歩も動けない。


 全身全霊。必殺の一撃を食らわせたが、足りなかった。


「妾にここまでの傷を負わせて、どうなるかわかっておろうなぁああああ」


 バビロンの雄たけびと同時に大気が震える。


 周囲のシュブニグラスの子供たる樹の怪物が近づいてくる。


「俺は……」


 莉々朱さんの最後の笑顔が脳裏に蘇る。


 その顔が、睡蓮、朔耶、マリヤへと変わる。


 そして……。




 家のリビングで、妹の陽芽が、エルピスと仲良くお人形で遊んでいる。


 レグルスも混ざって、大喜びの陽芽を、エルピスが優しく見つめる。



 青空の下、一面に広がるコスモス畑。


 色とりどりのコスモスが踊るように揺れる。


 その中心で、燦燦と降り注ぐ日の光を浴びて、輝く黄金色の髪をもったエルピスが祈るように一輪のコスモスの花をその手で抱きしめる。


 優しい風が吹き、短い黄金の髪が揺れる。


 俺に気づいたエルピスが、横顔で微笑む。






「まだ、立ち上がるか! 八剣太陽!」


 俺は両足を広げ立ったまま、拳で顔の汚れを拭い、バビロンを見上げる。


「お主は限界のはずだ! もはや死んでもおかしくないというのに、何故立ち上がる! お主がそこまでして戦う理由はどこにある! 」


「誓ったんだよ……」


「誓った? 」


「ああ」


 俺は何度も意識を失い、倒れそうになるのをこらえる。


「誰に? 」


 俺は叫ぶ。


「初恋の……あの人に! 」


「何を誓ったというのだ!」


 俺は自分の胸を左手で強く叩き、叫ぶ。


「エルピスを守護(まも)ることを! あの子がもう二度と! 悲しむことのないように! あの子が笑顔で! 幸せに生きることができる世界を守護(まも)ることを! 」


 そうだ、俺が勇者になったのは……。


 俺を勇者として認めて、信じてくれた君がいたから。


 血反吐を吐きながら、痛みを焼き尽くすように、俺は叫ぶ。


「俺の命なんざ、どうだっていい! 大事な人を失うくらいなら……俺が死んだほうがいい! だから! 」


 左手のイマジナイトを構え、バビロンに挑むように叫ぶ。


「この身を焼き尽くしてでも、この命と刺し違えてでも、お前は必ず倒す!! 」


 シュブニグラスの攻撃が来ると身構えていたが、何も動かない。


 周囲の子供たちも、動く気配はない。 


 さっきまで激怒していたバビロンの口元が緩む。


「そこまでの覚悟、そして強さを持った人間は、幾久しく見なかったのう」


 バビロンが懐かし気にそういうと、俺に向けて腕を伸ばす。


「女神の守護者、八剣太陽よ。よくぞ、ここまで頑張った」


 空の上から、巨大な触腕と蹄を持った脚がゆっくりと降りてくる。


「お主こそ、真の勇者である。この妾が認めようぞ」


 膝から崩れ落ちそうになるのを我慢するのが、限界だった。


「もう頑張らなくともよい。痛みも感じさせずに、一思いに逝かせてやろうぞ」


 俺は迫りくる死を前に、呟く。


 「すまねえ、ヒル子。エルピス……」


 シュブニグラスの蹄をもった巨大な脚が俺を潰す寸前。


 閃光が俺の頭上に走る。


 何かが、シュブニグラスの脚から俺を護っている。


 桜の花びらが、俺を囲むように円形の壁となって、シュブニグラスの脚を防いでいた。


「これは……」


 俺が振り向こうとして左側にふらつくと、誰かが俺の左肩を支える。


 純白のティアラ、そして白妙の巫女服を着た、胡桃色の髪をした少女。


「お待たせしましたわ!」


 俺の腕の下で、咲耶が微笑んで、俺を見上げている。


「咲耶、どうして……」


「お話は後で致します! 今は目の前の邪神を何とかしませんと! 」

 

 桜の花びらの壁を潰すべく、他の脚が踏み下ろそうとしてきた時、巨大な蛸脚が背後から飛んできて、シュブニグラスの脚を縛り上げる。


「誰の許しを得て、この男を殺すつもり?」


 翼が羽ばたき、何かが俺の右側に着地する。


 俺が横を見ると、ヴェールを被った銀髪の美女。


 大いなるクトゥルフの娘のクティーラ、否


「睡蓮まで?! どうして」


「あなたが言ったでしょう。運命に抗う姿を見ててくれって。まあ、及第点といったところかしら」


 睡蓮が頬に手を当て、可笑しそうに微笑する。


 俺達を取り囲んでいる樹の怪物が攻めてくる。

 

 その時、燃えるような熱気を感じる。


 空から眩い閃光と同時に、炎が降ってきて、樹の怪物が燃え上がる。


「炎……まさか……」


 俺の前方に、マントを翻し、真紅のツインテールの女が着地する。


「あんたって、ほんっとおおおおおおおおおに、バカね!」


 高飛車で見下すような声が響く。


「勝手に諦めてんじゃないわよ! 」


 マリヤが振り向く。


「絶対に死なせないんだからね! 太陽!! 」

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