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『星を断つ刃』

 俺は、全力で振りかぶり、輝けるハンドボールを投げる。


「シュートーーーーーーーーーー!」


 豪速で飛んでいくボールはシュブニグラスの脚を吹き飛ばし、脆い箇所を粉砕する。


 放たれたボールは不規則に跳ね返りながら、怪物を屠って、俺の手元に戻ってくる。


「小賢しいわ!」


 暗雲をかきわけ、城の頭上に位置する箇所から、塔のような巨大な脚が下りてくる。


「っち!」


 俺は咄嗟によけるも、さっきまでいた箇所が大きく抉れる。


「こいつらは、私が引き受けてあげる。あなたは本体を!」


 黒豹となったバーストが、背後で怪物を相手取る。


「任せた!」


 俺は押し寄せてくる怪物を避けながら、飛び上がり、本体に向けてシュートを放つ。


 本体を守ろうと、天辺より伸びた脚が壁になるも、ボールに辺り、ひび割れる。


「目ざわりなガキねえ!」


 バビロンが目を剥き、叫ぶ。


「誉め言葉、あんがとよぉおお!!」


 俺は跳ね返ったボールをキャッチして、怪物の間をすり抜けて、距離を稼ぐ。


 俺はステップを踏み、今度は飛ばずにシュートを放つ。


「なっ?!」


 俺が飛ぶことなく放ったシュートを止める暇もなく、本体の実の一つにぶつかると、実が爆散する。


 爆発に脳髄が巻き込まれる。


 異界全体に微かな声が木霊する。


『ありがとう……』


「お前ぇえええええ!」


 バビロンがお腹を押さえ、激昂すると、つぶれた実のあたりから、液体が落ちてくる。


 俺は咄嗟によけると、地面が溶け、煙が上がる。


「あっぶねえなああ、おい!」


「貴様は殺したのだぞ! 妾が保護した人間を!」


「お前は聞こえねえだろうがなぁ! ありがとうって言葉がよ!」


 俺は距離を取り、左腕を振り上げる。


 バビロンが咄嗟に体を庇うように屈み、脚が本体を防ごうと前に出る。


 振り上げた腕を俺は投げる寸前に、ぴたっと止める。


「へっ。ビビってるねえ、バビロンさんよぉ!」


 俺がシュートを撃つと思ったバビロンの怖がる様を煽るように中指を立てる。


「この妾を、愚弄するか……」


 本体が大きく胎動する。


 煽り過ぎたと思った刹那。


 頭上の暗雲を割って、何十本もの蹄をもった脚と本体の根本から巨大な蛇のような触腕が雪崩のように降り注ぐ。


空全体が落ちてくるような攻撃に、迷わず叫ぶ。


「来い! 薔薇の盾!」


 触腕がぶつかる寸前、頭上に赤薔薇の盾を呼び出す。


 轟音が響き、盾が防ぐも、すぐに罅が入る。


 咄嗟に俺は剣を盾の下に構える。


 次の瞬間、全身が粉砕したような感覚と同時に、俺の意識が寸断される。





「太陽、起きるのよ。太陽!」


 誰かが呼ぶ声と全身の痛みで、何とか目を開ける。


 ボロボロになった黒猫が俺の頬を舐める。


「バー、スト……」


「良かった、生きてたみたいね」


 とバーストの背後に何かが動く。


「逃げ、ろ!」


 バーストが振り向く間もなく、バーストの身体に触手が巻き付く。


 持ち上げられたバーストが抵抗するも、触手はバーストを投げ捨てる。


「バースト?!」


「無様ね。あれだけ大口叩いた割には」


 膝をつき、何とか体を起こす。


 バビロンが手を頬に当て、侮蔑しきった目で俺を見下ろす。



「て、めえ……」


 俺は立ち上がろうとするも、ふらつく。


「だから言ったのだ。妾の使徒になれ、と。それを断ったのだから、こうなるのはわかりきってるのに」


 薔薇の盾が周囲に砕け散り、ハンドボールも元の普通のボールになって転がる。


 そして、剣は柄の根本から折れていた。


 俺に残された武器は……もう、無い。


「だが、妾はお主をこのまま殺すのは惜しい。外なる神たる妾にここまで抗えるのは、そうおらぬ。故にもう一度、尋ねることとしよう」


 バビロンがドレスで優雅な手を伸ばす。


「八剣太陽。妾の使徒となるのだ。さすれば、全てが救われるのだ」


 打つ手はもうない。


 抗う術は、全て失われた。


 だから、諦めるのか?








 その時、歌が聞こえてくる。


 それは大好きだった、莉々朱さんの歌だった。


 CDが擦り切れるほど、何度も何度も聞いた歌が、響く。


「なんだ? どこから聞こえてくるのだ?!」


 バビロンが周囲を見るも、誰もいない。




 逃げたくなったら、思いだして


 あなたの傍に、あなたを最も信じている人がいることを


 あの輝いた日々の、煌めく一瞬のときめきを思い出して


 あなたは独りじゃない。


 あなたを信じて、待っている人がいる。


 

 かぐわしい香りと共に、俺の周囲に薔薇が咲き誇る。


 薔薇の園が俺を包み込む。


 莉々朱さんの歌声が響かせながら。




「目障りな!」


 バビロンが俺に向かって、手を振り下ろし、シュブニグラスの本体の脚が迫るも、薔薇の園が障壁となって、防ぐ。


「莉々朱さん、俺は……」 


 俺はゆっくりと立ち上がる。


 折れた剣を手に。



 俺の足元、光輝く若木が伸びていく。


 枝が伸び、その先に葉と花、そして実を付ける。


 黄金の林檎を。


「これは、エルピスがくれた……」


 見上げるほど、育った黄金の樹、その枝が、俺の目の前まで降りてくる。


 俺はそれを手に、砕けた兜を被ったまま一口齧る。




 心臓が鼓動する。


 痛みが消え、無尽蔵のエネルギーが湧いてくる。


「なんだ……。なんだ、お主のその輝きは?!」


 驚愕するバビロンを俺は見上げる。




 咲き誇る薔薇の園、黄金の林檎をつけた樹を背に、俺は一歩前に出る


 勇者とは、絶望を前に、それでも立ち向かう者。


 まだ、俺にはできることがある。


『お主が自身の限界を超越した時、この世の理を超えたイマジナイトの新たな力が目覚めよう』


 剣の柄に描かれたヌトセの紋章、旧神の印が輝き始める。


 ずっと考えていた。


 イマジナイトの本当の力。


 俺の最も得意としたハンドボールを、活かして戦った。


 けれど、こいつには、それだけじゃ駄目だった。


 ニャルラトテップと並ぶ、外なる神。


「だから、俺には必要だった……」


 折れた剣を手に


「必殺技が」



 父の書斎。


 父から渡された科学雑誌。


 たまたま見ていたそこに、書かれていた。




 例え、外なる神だろうと、星を切り裂くこの一撃なら……


「往生際が悪いわ! 何をしようと……」


 俺は右手に剣を、左手にハンドボールを持ち、左手を伸ばす。


「何をするつもり?」


「応えろ! イマジナイト! 俺の想像を形にしてみせろぉおおおおおおおおおおおおおおお!」


 根本から折れた剣の紋章から、閃光が放たれる。


「イマジナシオン! 」


 ボロボロのハンドボールに何重にも紋章が刻まれ、再び輝く球体へと変化する。


「何をするつもりだ?!」


 普通のボールだと、騎士の力に耐えきれず弾けてしまう。


 けど、今のこの武器となったハンドボールなら!


 俺の中から、爆発しそうになるほど溢れ出すエネルギーを、ハンドボールに注ぎ込む。


 ハンドボールを中心に、光が収束されてゆく。


 イマジナイトは、想像を現実に変える力を持つ。


 必要なのは、高密度に凝縮されたエネルギーを内包する、星そのもの。


 俺は、手にしたハンドボールを星に変える。


 これは賭けだ。


 天文現象を想像力と無尽蔵のエネルギーで無理やり引き起こす。


 自分でも笑ってしまう。


 それでも!

 

「やってやるぜ! 」


 ハンドボールが手を離れ、浮かんでいく。


 それは極限まで振動し、高速で回転し始める。


「まだだ……もっと。もっとだぁあああああああああああああああ」


 迸るエネルギー、ボールの中にとどめておけなくなる寸前まで、注ぎ込む!


「子供らよ! あの小僧を止めよ! 」


 周囲から樹の怪物が迫ってくる。


 輝く紋章が刻まれたハンドボールに、遂に罅が入り始める。


 ハンドボールの周囲から電撃が走り、周囲の怪物に向かう。


「飛べ! マグネター!」


 凝縮され、今にも破裂寸前のハンドボールが空へと飛んでいく。


 俺は地面を踏みしめ、最後の力で飛び上がる。


 帯電し周囲にプラズマを放つハンドボールに向かって、俺は剣を振りかぶる。


「この一撃に! 俺の全てを賭ける!!」


 背中まで全力で剣を振り被る。


 思い出せ。


 その現象の名を。


 名付けろ!


 邪神を滅ぼす、究極の必殺技を!


「くらえ! 必殺のぉおおおおおおおおおおおおおおお」


 俺は空へと昇っていったハンドボール目掛けて一気に剣を振り下ろす。


プラズマ(星を断つ)ーーーーーーーーーーーーーーー!」

 


ブレード(刃よ!)ーーーーーーー!!」

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