『勇者の資格』
エルピスを見て、思う。
確かに俺は女神の守護者として戦っている。
けど、俺は本当にエルピスのために戦ってると言えるのか?
夢であの人のことを思い出すたび。
後悔と自殺願望が湧いてくる。
俺がもっと強ければ、莉々朱さんを護れたはずだ。
なのに、あの人が死んで、お前はどうしてのうのうと生きているんだ。
頭の中で、何人もの声が俺を責め立てる。
そんな思いを抱えながら戦っている俺に、女神の守護者の資格はあるのか?
俺は女神の守護者として、勇者として振る舞っていたいだけなんじゃないか。
自問自答していると、ふとエルピスが俺の横に立っていた。
「エルピス、どうしたんだ? 」
俺は努めて笑顔で聞くと、じっとエルピスは俺を見る。
「エルピスや。太陽は大丈夫じゃ! 我がついておる」
左手首に装着しているイマジナイトから現れたヒル子にエルピスは頷くと、レグルスの元に戻る。
ヒル子は俺を横目で見て、何も言わずにイマジナイトの中に戻る。
「急にどうしたんだい?」
店長が目を丸くする。
俺はずっと思っていたことを打ち明ける。
「そっか……」
店長は俺を見て
「太陽君。勇者の本質って、何だと思う?」
店長の問いかけに
「それは……力です」
「ほう。どうしてだい? 」
俺は拳を握りしめ、俯く。
「力が無ければ、何も守護れないから」
店長は頷き。
「力、そうだね。それも一つの答えだ、と言いたいとこだけど」
店長は俺を正面から見る。
「だけどそうじゃないんだ、太陽君」
俺は顔をあげる。
「勇者は、自らのエゴを打ち砕かなければならない」
店長の眼鏡の奥、瞳の輝きに圧される。
「エゴ? 」
「そうだ。こうしたい、ああしたい。こうすればよかった。ああすればよかった。そういった自らの執着、エゴを手放さなければならない。何故だかわかるかい? 」
俺は首を振る。
「なぜなら、勇者は自分以外の何かのために戦う者なのだから。勇気をもってね」
店長が笑みを浮かべる。
「そしてそのことは、君自身がその身でもって証明している。だから、こうして、今も君は戦っているんだろう」
店長は俺を通して、後ろを見る。
店の端でレグルスと一緒にボールで遊んでいるエルピスがいた。
「君が負った傷こそ、君が勇者であることの証だ。その傷を抱えて尚、戦い続ける君が、勇者でないわけないじゃないか」
店長は立ち上がり、窓から外を見る。
「偉そうに言ってしまってすまない。だけど、これだけは忘れないでほしい。君が勇者として戦う限り、傷つくことは避けられない。それでも。君が戦うことで、避けられない運命から救われる者もいる。そんな君を助けようとする者も必ずいる」
店長は俺の方を向いて言う。
「君は、君を信じるもののために、戦えばいい」
店長の言葉に、まだ素直にうなずけない自分もいる。
自分自身が勇者だなんて、そんな自信があるわけがない。
だけど
「あざっす。いつもすんません。相談に乗ってもらって」
「気にしなくていい。僕にはこれくらいしかできないからね。っと。堅苦しい話はこれくらいにしようか! どうだい? 久々にこれ? やらないかい?」
店長が手にしたデッキケースを見て
「それは、もしかしてあれっすか?!」
「ああ! ちょうど君たちが戦っていた時のカードで揃えたデッキさ。ちょうど僕も遊びたかったところだけど、相手がいなくてね。最近忙しくてやれてなくてね。君のデッキもある!」
「受けて立ちます!! 」
俺は店長からデッキを受け取り、テーブルに移ると、プレイマットの上でデッキをシャッフルする。
「「勝負!!」」
俺は家に帰ると、夕食を食べて、すぐ部屋に上がる。
担任の小暮先生からもらった小論文の宿題をやって、寝転がる。
「ヒル子? 」
俺はイマジナイトの中にいるヒル子を呼びかけるも、寝息しか聞こえてこない。
まんじりとしないまま、俺は部屋を開けて、寝転がる。
店長はああ言ってくれたものの、自分に資格があるだなんて、全く思えない。
あの人を夢で見るたびに、焦燥と後悔が、捻じれるような苦痛と共に心を縛る。
どうすれば強くなれるのか。
どうすれば、胸を張って、エルピスの勇者であると思えるのか。
俺は……エルピスのために、何ができるのか。
早朝の鍛錬に備えて早めに床に就いたものの、寝れそうにない。
「お悩みのようね」
開けていた窓から、黒猫がひょいっと現れる。
「バースト」
バーストがにゃあと鳴く。
「今日も見回りサンキューな」
「気にしなくてよくてよ」
バーストが俺を見下ろす。
「その目を見る限り、寝れてなさそうね」
俺は頷く。
「ふーん。そうね。あなたに一つ教えてあげる」
バーストが俺の眼を見る。
「あの子が安心して眠ることができるのは、あなたが戦っているからよ」
そう言うと、尻尾を振って、バーストが出ていく。
俺を励まそうとしてくれる人、そして神々。
俺は本当に彼らのいうような人間なのか。
窓を開けたまま、眠気に誘われ、俺は目を閉じて、意識を手放す。
「八剣太陽」
何かが俺を呼んでいる。
「八剣太陽! 」
強烈な呼び声で
「は、はい! 起きましたぁ!」
俺は勢いよく飛び起きる。
そこは神殿だった。
石畳が広がり、林立する円柱の奥に世界史の教科書で見たものと全く同じ、ギリシャの神殿があった。
「な、なんだぁ」
とその時、閃光が空より射してくる。
眩い光に手庇しで見上げる。
女神が俺を見下ろしていた。
そこには、銀の翼を広げ、白亜の鎧、そして長大な槍を手に、黄金の髪と兜をつけている。
「八剣太陽」
「あ、あんたは……」
「我が名はヌトセ・カアンブル。邪神の敵対者たる戦女神也」
まさしく戦女神というに相応しい、そのいで立ちと圧倒的なオーラに、俺は自然と首を垂れる。
「主の戦いを、これまで見てきた。女神の守護者よ」
「う、うっす!」
俺はこの戦女神に凹されるのかとびびったが、声が柔らかくなる。
「よくぞ。ここまで幼き女神を守護りぬいた。褒めてつかわす」
「あ、あざっす!」
俺は大声で返事をする。
「素直でよろしい。だが」
俺は顔を上げると、美しい顔が険しい表情になる。
「強大なる邪神が、お主の街を狙っておる」
「ニャルラトテップのことすか。あいつなら、俺が」
「そやつではない」
ヌトセは言う。
「お主がニャルラトテップの化身を倒したことで、ニャルラトテップは力を削られた。だが、奴以外にも邪神はいる」
「どんな奴が来るっていうんすか?」
「まだわからぬ。だが、ニャルラトテップに匹敵する、もしくは奴を超える存在が動いているやもしれぬ」
あいつを超えるってそりゃ……
「相当やべえじゃねえすか!」
俺は思わず叫ぶとヌトセは頷く。
「いまだ異界規模の侵食は続いているとはいえ、世界と世界の境界線は破られてはおらぬ。ゆえに現実世界に邪神本体が降臨することはなかろう。だが捨ておくわけにはいかぬ」
俺は頷く。
「絶対に、そんなことはさせねえ!」
「うむ。ノーデンスはバーストを派遣したようだが、今だ神々としての完全な力を使えぬ以上、主戦力は汝だ」
ヌトセが指さす。
「イマジナイトを掲げよ」
俺は左腕を上げ、イマジナイトを見せる。
「それは我が造り上げたものだ」
「イマジナイトを……あんたが?!」
ヌトセは頷く。
「邪神と戦う、その役目を担う女神の守護者に相応しき力を授けるため、とある宝玉に我の力を込め聖別した。それは守護者の資格をもつ者を選別し、その者の想像した理想の姿を現出させる」
俺は初めてこれを手にした時のことを思い出す。
「あの声は、あんたの声だったのか」
「我だけではない。我を中心に神話世界の力ある神々がそれを造り上げた。そして、お主の導き手となる女神の力で、新たな姿も手にしたようだ。だが、まだお主はそれの力を使いこなせてはおらぬ」
確かに言うとおりだ。変身しても、怪物相手に苦戦するのは、俺の使い方が足りてないってことか。
「ノーデンスが言ったはずだ。それは想像を、理想を現実にする、と」
「ああ」
「よく聞くのだ。女神の守護者よ。そのイマジナイトは、お主の最も誇るべき才をも、形にすることができる」
「才って……。急に言われてもな」
「そしてもう一つ。お主が自身の限界を超越した時、この世の理を超えたイマジナイトの新たな力が目覚めよう」
「この世の理? 新たな力って一体何だよ! 」
俺が尋ねるも
「想像するのだ。自らその答えを掴んだ時、それは汝に応えよう」
ヌトセはそう言って、頭上を見上げる。
「そろそろ刻限だ。八剣太陽、女神の守護者よ。世界の行く末は、お主の双肩に懸かっておる」
兜越しのヌトセの瞳が微かに揺れる。
「あの方の遺した唯一の証を、守護り抜いてくれ」




