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『苦衷』


 二学期が始まって一週間。


 ようやく夏休みボケが抜けてきた、二週目の平日の早朝。


 六時にセットした目覚まし時計が鳴る前に、俺は目覚める。


 眠気に抗い、意志の力で無理やり体を奮い起こす。


 俺はTシャツの上からジャージを羽織る。


 俺は部屋を出て階段をそっと降りる。


 玄関の脇に立てかけていた細長い収納バッグを背負う。


 玄関を出ると、少し涼しい風が吹いている。


 俺は屈伸やアキレス腱を軽く伸ばす。


 ケガをしないよう柔軟をして、走り出す。


 家を出て、すぐ傍の国道に出た俺は、そのまま走り続ける。


 五分程走って、通っていた小学校の辺りの交差点を左に曲がり、山を目指す。


「おーはようなのじゃ」

 走っていると眠そうにヒル子が現れる。


「おお」


「よう走るのお」


 山の麓に着く。


 山といっても、車で5分もすれば頂上につくくらいの小さな山で道も整備されているから、走るにはうってつけだ。


 俺は勢いそのまま、坂道を上り始める。


 太ももやふくらはぎがパンパンになってきつくなってくるが、深呼吸して、ペースを落とさないよう気力で走り続ける。


 曲がりくねった山道を抜け、頂上にたどり着く。


 頂上は山道以外に行かないようフェンスで囲われていて、ベンチやテーブルがあったりと、休憩できるようになっていた。


 俺は息を荒く吐いて、テーブルの上に背負ってきた収納バッグを置いて、呼吸を整える。


 ちょうど朝日が昇り始める。


 フェンスから街を見下ろす。


 広がる街と空へ登りゆく日の光が、ほんの一瞬だが、心の暗雲が晴れたような気分になる。


 俺はテーブルの上の収納バッグを開ける。

 

 中に入っていたのは、木刀だった。


 ちょうど去年の修学旅行で買ったものだ。


 俺はそれを大上段に構える。


「はっ」


 振り下ろす。


 剣道なんてやったことのない俺は、正しい振り下ろし方もわからない。


 それでも、剣で戦う俺は、とにかく自己流で何度も振り下ろす。


 怪物を倒すため。


 エルピスを守護まもるため。


 百回を超え、無心に振り続ける。


 全身に汗をかいた俺は、木刀を下ろす。


「太陽、お主……」


 ヒル子が何か言いたげにするが、


「いや、何でもないのじゃ。そろそろ帰るのじゃ! お主は今日も学校とやらに行くのじゃろう?」


「ああ」


 俺は頷く。


 俺達の街を目に焼き付け、木刀を収納バッグに入れて背負うと、頂上から降りる。






「朝早くから珍しいわね。走ってきたの? 」


 家に帰るとキッチンにいる母ちゃんが皿に野菜を並べながら俺を見る。


「部活辞めて、なまってたからな」


「そう。まあ早起きはいいことだけど。早くシャワー浴びて着替えてきなさい。朝ごはんよ」


 シャワーを浴び、食卓につく。


「親父は?」


「出張よ」


 俺はトーストを食べ、陽芽が走り回るのを追いかけるかあちゃんを横目に、階段を上り部屋に戻る。


 俺は学ランに着替え、再び降りて玄関に向かう。


「行ってきまーす」


「陽兄ちゃん、行ってらっしゃーい!」


 と見送る陽芽に手を振り、玄関を飛び出す。





 

 四時限目の体育の授業後、教室で俺は着替えていた。


「くぅううう。やっぱりバスケは燃えるねえ」


 健司が言って、他の男子も盛り上がる。


「一番体育で楽しいかもしれん」


「でももうすぐ、マラソンの季節だぜ」


 と誰かが言うと、


「おいおい。そんなこと言うなよ。萎えるじゃねえか」


 とブーイングが起こる。


「まじ受験勉強キチいよなあ」


 健司が愚痴ると、クラスメイトの多くが同意する。


「最近も模試ばっかりだしな。本当に体育くらいしかストレス発散できねえ」


「そういや、何だか最近、毎日夢見ね?」


 と健司が話を振ると、俺も俺も、とクラスメイトが頷く。


「夢って、どんな夢なのさ? 」


 聞かれた健司が頭を捻る。


「気づいたらメイドカフェにいてよ。そしたら、好きなアイドルが奥の方から笑顔でやってきたんだ……メイド姿でよ! そんなの絶対着ないようなタイプなんだよ、彼女は!」


 夢を思い出した、健司がぼーっと舌を伸ばす。


「俺はグラビアアイドル!」


「俺は大人気ギャルモデル!」


「アイドル歌手!」


「セクシー女優だ! 」


 周囲の男子たちも夢の内容で盛り上がる。


 俺も莉々朱さんが出てきたことを思い出す。


「いやまじ彼女欲しいぜ!!」 


「てめえは、同じ部活に可愛い後輩の女子マネージャーがいるとか言ってただろうが!」


「許せねえ!」


 と騒いでいる奴らを見ながら


「っつか、俺ら欲求不満過ぎるだろ」


 と俺が言うと、健司が爆笑し、俺の背中をバンバンと叩く。






 午後の授業が始まり、体育で疲れた俺は窓際で欠伸をする。


 教科書を立ててうとうとしていると


『のう、太陽』


『なんだ?』


 心の中でヒル子に返事をする。


『お主だけじゃないみたいじゃの。ここのところ夢を見るのは』


『そうだな』


 ヒル子の言葉に、俺は頷く。


『にしても、同じ時期にこんなに大人数見ることなんてあるのかのう』


 とヒル子が不思議そうに言う。


 ヒル子の言うとおりだ。


『何かよからぬことが起きておるのでなければよいがのう』


心配そうに、ヒル子が呟く。




 放課後、いつも通り俺はゲームショップEDENに向かう。


「なるほど。夢を」


 店の戸締りをしながら、店長は聞く。


「女子は知らねえっすけど、男子はほぼ全員、最近夢を見るって言うんすよ」


「それは、さっき言ったアイドルとかかな」


「そうっすね」


「憧れの対象を夢に見るのは、そうおかしいことでも無いと思うよ。ましてや、ちょうど君たち高校三年生は受験もあって、相当なプレッシャーがかかってると思うから、より顕著に出てるんじゃないかな」


「そういうもんすかね」


 俺はガラスケースのカードを見ながら返事をする。


「聞いてもいいかな?」


 店長がガラスケースを挟んで、俺の前に来る。


「いいっすよ」


「君は、どんな夢を見るんだい? 」


 俺は言葉に詰まる。


 けど、店長に隠すほどのことではない。


「あの人の……、莉々朱さんとの夢を見ます」


 それを聞いて、店長が悲しげな表情で


「すまない。辛いことを思い出させてしまったね」


「大丈夫っすよ。俺が、いつまでも引き摺ってるだけなんで」


 俺の後ろのテーブルでエルピスがレグルスと一緒に遊んでいるのを見て、聞かれないように声を落とす。


「店長、教えてください」


「何をだい?」


「俺が本当にあの子の……エルピスの守護者でいいんでしょうか? 」

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