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『宿命』

「あの邪神が……」


「ええ。あれこそ、我が父にして、最も偉大なる旧き支配者にして大祭司、大いなるクトゥルフ」


 大いなるクトゥルフ。


 夢の中で何度も見たのは、あれだったのか。


「父親、だと……」


 睡蓮がぞっとする笑みを浮かべる。


「そして私が娘であり、母となる」


「どういう意味なのじゃ! さっぱりわからんのじゃ!」


 理解できないヒル子の問いかけに


「言っただろ。『先に出でしものが後となり、後より来たるものが先となる。』……あのクトゥルフは、睡蓮の父親で、そして……あれを、産むってことか」


「そう」


 睡蓮は翼を畳む。


「父にとっての私は、単なる子供ではない。父の肉体が滅びた時に、その精神を私の胎内に宿して、私は父を産みなおす」


 睡蓮の言葉に、ヒル子は驚愕する。


「そ、そんなことが……できるのか?! ましてや親子で!」


 「そのために、私は生み出された。父の母として、いずれ父が復活を果たす、その時のために、ね」



 絶句する俺達を面白がるように、クティーラと名乗った目の前の邪神の姫がにっこりと笑う。


「わかったでしょ? これがあなたが仲間にしたいといった者の正体よ」


 言葉を出せない俺に代わって


「あのクトゥルフとやらの周囲にいた三体の怪物は何なのじゃ?」


「あれはゾス三神と呼ばれる私の兄上達。長兄ガタノソア。次兄イソグサ。末弟ゾス・オムモグ。父である大いなるクトゥルフが目覚めた時には、父に従い、世界を壊す」


「あんなものが、蘇るというのか……」


「ええ。そう遠くないうちにね」


 クティーラの蛸の触手が俺の頬を撫でる。


「人間のあなたには、刺激が強すぎたかしらね」


 俺は茫然として言葉も喋れない。


「希望になるかわからないけど、あなたに面白いことおしえてあげるわ」


 睡蓮が笑みを浮かべる。


「あなたが見ている私のこの姿は、最初からではなかった。さっきあなたが見てたとおり、怪物の姿だった。けれど、いつからかこの姿になったの」


 睡蓮は可笑しそうに笑みを浮かべる。


「どういう意味だ? 」


「まだわからないのかしら。ならもう一度言ってあげる。あなたにさっき見せたものは、私の記憶」


「ああ……それが一体」


「太陽、おかしいのじゃ……」


 ヒル子の方を見ると、釈然としない表情を浮かべる。


「何が?」


「考えてみるのじゃ。我らが先ほど見た景色では、街が燃え、クトゥルフも蘇っておった。じゃが……それなら、どうして世界は滅んでおらんのじゃ?」


 俺はようやく気付く。


 時系列がおかしいことに。


「ノーデンスが最初に言うておったじゃろ。神話世界は邪神に襲われた、と。そしてエルピスがこちらの世界に逃がした、と」


「あ、ああ」


「そうか! わかったのじゃ!!」


 ヒル子がポンと手を叩き、俺を指さす。


 「太陽、お主じゃ! お主があれを、クトゥルフを止めたのじゃ! 


 俺は唖然とする。


「俺が……あれを、止めた?! 」


 確かに怪物を倒せはする。けど、あんな規格外の邪神を倒すなんて想像がつかねえ。


「何言ってんだヒル子。わけわかんねえこと言ってんじゃ……」


 ヒル子が髪をわしわしとかき


「そうとしか考えれぬのじゃ! じゃからクティーラ、この睡蓮はこの姿になったのじゃ! お主を篭絡するためにの! 」


「そこの女神様は気づいたみたいね」


 クスクスと睡蓮は笑う。


「そこの女神様が言うように、あなたが倒したのかどうかはわからないわ。私は既に死んでいたから。けれど、この現実世界において、父クトゥルフを止める何者かがいることは確か。想像がつかないくらい、何度も何度も私はお父様を産みなおし、お父様は蘇った。けれど、この世界は滅ばなかった。」


 睡蓮はどこか面白そうに話を続ける。


「ここからは推測に過ぎないけど、その何者かを止めるため、父は、私の姿をただの怪物の姿から、ヒトの女に見えるような姿にしたのでしょうね」


 途方もないスケールの話をされて、頭は追いつかない。


 ふと疑問に思う。


「なあ。何度も何度も生みなおしたって言ったよな」


 睡蓮が目を細め、頷く。


「それは……この世界が繰り返してるって意味なのか? 」


「ええ。だから私はここにいる。何度も生まれては、何度も死ぬ。この円環が途切れる時が来るとしたら、この世界が滅んだ時でしょうね」


「そんなことが起こりうるのか……」


 ヒル子も俺と同じように途方に暮れている。


 あの邪神、クトゥルフは必ず蘇る。けれど誰かがそれを止め、その度に世界は繰り返している。


 なら、誰が世界を繰り返し巻き戻してるんだ?






 沈黙が続く中、俺は喋らなくなった睡蓮を見る。


 虚ろな目で海を見ている。


 俺の視線に気づいたのか睡蓮が俺の方を向いて苦笑する。


「ただの怪物であったら良かったのに、ヒトの姿でいるようになったからか、私はヒトの思考、感情を理解するようになっていまったわ……」



 だからなのか。


 初めて会った時の、全てを諦めるような表情を浮かべたのは。


 不意に伸びてきた蛸足が、俺の全身に巻き付く。


「睡蓮!」


「お主! 何をするのじゃ! 謎を解けば仲間になると言ったではないか?! 」


「冗談に決まってるでしょう。そんなこともわからなかったのかしら」


 ぎりぎりと蛸脚が俺を締め付け、全身に激痛が走る。


 変身してない生身の身体で耐えきれるわけがない。


「やめるのじゃ! 太陽はお主の敵ではない!」


「敵よ。私は邪神。あなたは人間。殺すに決まってるじゃない」


「睡蓮! お前、このままで、良いのかよ!!」


 俺の叫びに、睡蓮の表情が険しくなる。


「……良いも悪いもないわ。そのために私は生まれたのだから。これが私に定められた運命なのだから」


 睡蓮が俺を睨みつけ、俺の頭上に伸びてきたもう一本の蛸足が俺の頭を握りつぶそうと迫ってくる。


 このままだと俺は殺される。


 それでも言わないといけねえことがある。


「ならなんで! 睡蓮はそんなに哀しそうな瞳をしてるんだよ!」

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