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『解答』

 二体の邪神、ダゴンとハイドラの上空から、睡蓮が降りてくる。


 ダゴンとハイドラは、睡蓮を仰ぎ見る。


『姫様、一体何故? こやつは我らの敵。女神の守護者です!』


「ええ。けれどこいつは私の獲物なの。下がりなさい」


 睡蓮は俺を指さし、ダゴンとハイドラに命令する。


『ですが、姫さま!?』



「私の命令を聞けないのかしら?」


 睡蓮の言葉に、うな垂れた二体の邪神の姿がかき消え、元の人間の姿に戻る。


「大丈夫じゃな、太陽!?」


「ああ、何とかな」


 俺は睡蓮が降りてくるのを、変身を解いて待つ。


 睡蓮は、漆黒の大岩の上に着地する。


「それで? 」


 睡蓮は腰掛け、俺を見下ろす。


「わかったぜ。睡蓮、あんたが俺に出した謎の答えがな」


 睡蓮はほくそ笑む。


「それじゃあ、聞かせてくれるかしら?」


 俺は息を吸い、吐き出して言う。


「親子だ」


 睡蓮が何も言わす俺を見る。


「最初、謎々はキリスト教の福音書から取ったってわかった。だから、答えはそれについて関連するかと思ったけど、福音書に書かれた物語は、どう考えても邪神である睡蓮との関係ある内容じゃあなかった」


 睡蓮は黙ったまま片眉を上げる


「次にもらったウロボロスというヒント。尻尾を食べる蛇で円環、つまり繰り返しを象徴するもの。そして最初の謎々の中にある、先と後、で連想するものって考えた時に、俺が思い浮かんだのが親と子どもだ。先に生まれるのが親、そして親から後に生まれるのが……子供だ」


「それで? 」


 睡蓮は俺の話を促すように身を乗り出す。


「ああ。普通に考えたら、親が子を産むのが当たり前だ。だけど……」


 俺は生唾を呑み込む。


 ここから先に言う内容は、普通ならあり得ない。


 考えることすら悍ましい。


 だけど導き出せる答えは、たった一つしかなかった。


「『先に出でしものが後となり、後より来たるものが先となる』が逆転するという意味だとしたら……。つまり、自分の親である邪神を産みなおす子供。それが、睡蓮だ」


 俺が答えを言った瞬間、沈黙が場を支配する。


 誰も何もしゃべらない。


 正解かどうか睡蓮に聞こうとした瞬間。


「あっは」


 睡蓮の口が大きく歪む。


「はは、ははははは、あハハハハハハハハハハははははははは!」


 眼を光り輝かせ、口を大きく広げ、腹を抱えて、睡蓮が哄笑をあげる。


「一体、どうしたんじゃあやつは」


 横でヒル子がどん引いていた。


 俺はその異様な睡蓮の様子に、口が開いたまま固まる。


「正解よ、太陽」


 そう言うと、睡蓮が大きく翼を広げ、飛び上がる。


 睡蓮を見失った次の瞬間は、睡蓮が俺の目の前に降り立つ。


「あなたに見せてあげる」


 彼女の眼が赤く光ると同時に、満月が真っ赤に血塗られる。


「太陽?! 」


 ヒル子が俺に近寄るも、蛸足に捕まる。


「離すのじゃ! 」


「睡蓮、何を?!」


 睡蓮の眼が万華鏡のように俺の視界を呑み込む。


「終わりの始まりを」


 意識を失う瞬間、俺を呼ぶヒル子の声が聞こえる。






 俺は空に浮いていた。


 横を見ると、翼を広げた睡蓮が眼下を見下ろす。


「太陽! 」


 ヒル子が隣に来る。


「ヒル子も来れたんだな」


「そうじゃ! ぎりぎりでイマジナイトに戻るのが間に合ったようじゃ」


 少しほっとしたのも束の間、


「見なさい」


 睡蓮が下を指さす。


 俺も下を見ると、その光景に絶句する。





 海から現れた怪物が砂浜に上陸し、地上を跋扈する。


 燃え盛る街の建物、逃げ惑う人々と殺される人々。


「何と惨い……」


 ヒルコも言葉にならない。


 あまりの惨状に、俺は目を背けたくなるも、眼を離すことができない。


 地獄の窯が開いた。


 俺の手がぎゅっと握られる。


「大丈夫じゃ! あれは現実ではないはずじゃ、そうじゃろう? 」


 ヒル子がきっと、睡蓮を睨みつける。


「来なさい」


 睡蓮が海を指さし、俺とヒル子を誘う。


 沖合の上空で止まると、睡蓮が見下ろす先を俺達も見る。




 海の中央に大渦が生まれ、そこから巨大な神殿が浮かび上がる。


 海の底に眠っていた海底神殿。


 神殿の中心に、祭壇がある。


 夢に見た景色。


 祭壇の上で、赤黒い姿の見たことのない怪物が横たわっていた。


 頭部に六つの眼と嘴、両腕や両足、全身から触手が伸びたり縮んだりしている。


 そしてお腹がはち切れそうな程、膨れ上がっている。


 そのお腹が蠢き始める。


 怪物が絶叫し、血が噴き出る。


 お腹を裂いて、何かが顕れる。


 あまりにも悍ましいその姿に俺は目を背けようとするも固まったように視界を外せない。


 その幼子は翼を広げ、加速度的に大きくなる。




 海が荒れ狂う。


 三体の巨大な影が、海の底から現れる。


 巨大な殻を背負った怪物が、空に届くほど大きく口を開け、牙を見せる。


 巨大な両生類を思わせる怪物が立ち上がり、触手に囲まれた頭の中心に光る一つ目が光線を放つ。


 円錐形の甲殻類のような身体をした怪物が、かぎ爪のついた四本の蝕腕を伸ばし、船にまきつけ、破壊する。



 それら三体の怪物の背後から、天にも届きそうな影が伸びていく。


 暗闇の海から顕現したそれは、背中の翼を広げる。


 空全体を覆う翼が嵐を巻き起こす。


 現れ出た巨神の蛸としか言えない頭、その口が開かれる。


 世界を終焉に導く轟音が響き渡る。


「あ、あぁあああああああああああああああああああああ」


 俺は絶叫する。 


「大丈夫よ。帰ってきなさい」


 その言葉でおれの視界と意識が反転する。






「見えたかしら?」


 膝まづいた俺は嘔吐する。


 胃の中身を全て吐き出す。


「太陽! 落ち着くのじゃ! 」


 ヒル子が俺の背中をさする。


「貴様! あんなもの見せて何のつもりじゃ!!」


 ヒル子が怒鳴るも、睡蓮は


「大丈夫よ。あれは私の記憶に過ぎないのだから」


 ダゴンとハイドラの二人が睡蓮の背後に跪く。


「姫様……」


「ただの余興よ。何を見せたところで変わりはしない」


 ようやく息を整えてヒル子の手を借りて立ち上がった俺は、ほくそ笑む彼女を見る。


「まさか、あれは……」


 俺を見下ろす睡蓮に尋ねると、睡蓮は頷く。


「そうよ。あなたが今見た景色こそ、私が、そしてこの世界がこれから辿る未来の終着点」


 翼を広げた睡蓮が、手を自分の胸に当て、優雅に微笑む。


「改めて自己紹介するわ。私の真の名はクティーラ。旧き支配者たる大いなるクトゥルフの娘であり、それの母となる者よ」

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