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『暗闇の海の戦い』


「起きるのじゃ、太陽! 」


 頬に強い痛みを感じ、目を覚ます。


「太陽! お主、何を見たのじゃ! 」


 ヒル子が怒りながら、俺をのぞき込んでいた。


「ヒル子か……」


「まったく、寝言を言っていたお主の様子がおかしいと思ったら、途端に叫びだしたのじゃ! 生きた心地がせんかったわい」


 と言うと、階段を上る音が聞こえてくる。


「む、いかん!」


 と言ってヒル子が隠れる。


「陽兄ちゃーん! 朝だよー! どうしたの? 」


 とランドセルを背負った陽芽が飛び込んでくる。


「あ、ああ。大丈夫だ」


「そうなの? おっきな声が聞えたんだよ! びっくりしたの!」


 と飛び込んできた陽芽の頭を撫でていると、後ろから母ちゃんが怒った顔で入ってくる。


「太陽! あんた何度も呼んだのに、もう遅刻よ! しっかりしなさい!」


 と怒鳴られた。


「今、何時? 」


「もう八時過ぎよ! 」


 俺は近くの目覚まし時計を見ると、とっくに八時を過ぎていた。

 今から学校に行っても到底間に合わない。


「はあ。全く。夜更かししないようにって何度も言ってるのに! 夜はちゃんと寝ないと朝起きれないって口酸っぱく言ってるでしょ! 夜中にゲームでもしてるから寝坊するのよ」


 母ちゃんに小言を言われながら、俺は半ば諦めつつも制服に着替える。


「あんた、本当に親の言うことを聞かないんだから困ったもんだわ。先に生まれた親の経験から親切に言ってあげてるんだから、素直に」


 寝ぼけていた俺の頭が、母ちゃんのある言葉がひっかかる。


「母ちゃん、今何て?」


 振り向いて聞くと、


「親の言うことくらい聞きなさいって」


「その前!」


「はあ?  」


 母ちゃんは首を傾げ


「その前? だから、先に生まれた親の経験からって」


 頭の中で何かがかちっと音を立てて嵌る。


 全てが繋がったような感覚。


 シャツの上に学ランを羽織ると


「あんがとよ、母ちゃん!」


 といって、母ちゃんの横をすり抜け勢いよく部屋を飛び出し階段を駆け下りる。


「ちょっと待ちなさい! 遅れるわよ! 」


 後ろから怒鳴る母ちゃんを無視して、俺は急いで玄関を出る。


 ヒル子が出てきて


「どうしたのじゃ、太陽。お主、学校に行くのではないか?」


「わかったのさ! 」


 と言うと、ヒル子が目を丸くする。


 俺は自転車に飛び乗る。


「何がわかったのじゃ?!」


「答えだよ! 睡蓮の出した謎々のな!」





 三十分程自転車を漕ぎ、いつもの海岸につく。


 俺は自転車から飛び降り、ガードレールを越え、砂浜を走り、睡蓮を呼びかけようとした時だった。


「おーい! 学生君! 」


 後ろから声をかけられ、振り向く。


 二人組の男女がこちらに歩いてくる。


 一人は上半身裸で短パンを履いた、筋骨隆々の男

 もう一人はスイムスーツを着たがっしりした女性。


 どちらもサングラスをかけていて、海水浴にでも来たような恰好だった。


「こんな朝っぱらから何してるんだい? 」


「あー、ちょっと友達と待ち合わせしてるんすよ」


 俺は適当に返事を返す。


「へー、学校をさぼってねえ。ちなみにどんな友達だい? 」


 やけに馴れ馴れしい、というか、踏み込んでくる男にどう答えるか、それとも無視するか考えていると


「その友達って、もしかして銀髪の女の子だったりする? 」


 横にいた女の問いかけたその言葉に思わず固まる。


「これは図星みたいだ」


 男と女が顔を見合って、笑いあう。


 とヒル子が二人組を指さす。


「太陽、気を付けよ! こやつら、人間じゃないのじゃ! 」


「なんだと?!」


 俺はリュックを放り、イマジナイトを掲げる。


「てめえら、何者だ!」


「それは俺達の方から聞きたいところだがな」


「そうね。我らが姫様に近づかんとする、愚か者の名を、ね」


 女がほくそ笑む。


 二人組の背後から異様な空気が漏れ出てくる。


「俺は女神の守護者、八剣太陽! 理由あって、ある女性に会いにきた! 」


 どうせ怪物ならと思った俺は開き直って名乗る。


「なるほど、君が例の勇者とやらか。となれば、尚更我らの姫様に会わせるわけにはいかない」


 と男が指を鳴らす。


 瞬間、世界が塗り替わる。


 朝焼けの海から一転、暗灰色に染まった空と海が広がっていた。


 異界に連れ込まれたと思った瞬間、


「なんじゃあ、あいつら!?」


 ヒル子が海を指さす。


 波打ち際から、それらは現れた。


 全身が青みがかった緑色の肌。


 尻尾と二本脚、尻尾に、鰭の生えた腕。


 そして頭を見て、目を疑う。


「さ、魚人間なのじゃぁああああああああ!」


 ヒル子の言うとおり、魚の頭をもった怪物だった。


 潮の香りなんて上等なものじゃない。


 腐った魚の匂いが漂ってくる。


『我らが眷属の餌となるがよい、八剣太陽』


 手にした銛を突き出し、十体以上の魚人が殺到してくる。


 俺は左手を構える。


「やるしかねえってことかよ!」


 怪物に向かって叫ぶ。


「イマジナシオン!」


 変身し、剣を素早く手に召喚し構える。


「舐めんじゃねえぞ! 」


 俺は飛びかかってくる魚人に向けて、剣を振り下ろし、一刀両断する。


 魚人が真っ二つに裂け、黒い血が砂浜を汚す。


 襲いかかってきた魚人が、真っ二つにされた仲間の屍を乗り越え、迫ってくる。


 俺は剣を横にもち、後ろに構えると、一気に薙ぎ払う。


 三体程の魚人の胴体が飛んでいく。


 背後に衝撃と痛みを感じ、振り向くと魚人が銛を突いてくる。


「邪魔だぁあああああああ」


 俺は群がってくる魚人の銛を切り払い、群がってくる魚人のかぎ爪をマントで防ぎつつ屈む。


 そして全力で飛び上がる。


 魚人を眼下に収めた俺は、剣を背中まで持ってくる。


「くらえやぁああああああああああああ」


 俺は空中から急降下し、見上げる魚人共の脳天をたたき割る。


 俺は最後の魚人を倒すと


「どうだ! 」


 俺は二人組に向かって言おうとするも、いつの間にか姿が見えない。


「あいつら、どこ行きやがった? 」


「太陽! 海を見るのじゃ! 」


 水しぶきが空高くあがり、暗闇の海から、見上げる程の二体の巨人が現れる。


 全身に鱗が生え、水かきのある手足。

 両肩からは何本もの触手が伸びている。

 頭部は魚というよりエイリアンに近い風貌。

 さっき襲ってきた魚人が巨大化したような異形の巨人。


 怪物を遥かに超えた威容は、邪神としか言いようがない。


「でっかいのじゃ! 」


 ヒル子が見上げる。


「てめえら、名乗りやがれ!」


『ダゴン』

二体の内、大きい巨人が名乗り、

『ハイドラ』

ダゴンより少し小さく、頭部が細長く角ばっている。


『我ら大いなる海の支配者たるあのお方に仕えるもの也』


『我が眷属を嬲り殺しにした罪、その身で贖え!』


 二体の邪神が吠える、それぞれの巨大な両腕を、俺めがけて振り下ろしてくる。


 俺は間一髪飛んで砂浜を転がり避けるも、地響きが鳴り、砂浜にクレーターができる。


 俺はダゴン、ハイドラを見上げて


「こんなもの、ロボットでもねえと勝てねえっての!」


「太陽! 敵はあまりにもでかすぎるのじゃ! エルピスがいない以上我も神威顕現は使えぬ! 今は、まともに相手などできぬ! 」


「言われなくとも、わかってらあ! 」


 俺は振り下ろされるダゴンとハイドラの攻撃を避けながら、異界の出口を探すも、それらしきものが見つからない。


「太陽! 上じゃ! 」


 異界の出口を探すため周囲を見て、脚が止まった俺の頭上から、巨大な拳が落ちてくる。


 俺は剣を上に構え防ぐ。


 頭上からの一撃とぶつかった瞬間、地面に沈み込む。


「ぐっおおおおおおおおおおおおお」


 繰り返される頭上からの殴打を受け続けるしかできない。


 ミシミシと鎧に罅が入っていく。


「太陽!? 」


 このままじゃ、じき鎧が保たなくなる。


 けど、逃げる隙もねえ!


「くっそぉおおおおぁああああああああ」


「太陽! あの女を呼ぶのだ!」


 ヒル子が俺に叫ぶ。


「っ、睡蓮をか!?」


「そうじゃ! こやつらは睡蓮に関係している邪神に違いないのじゃ! あやつならこいつらを止めれるはずじゃ! 」


 ヒル子のアイデアに賭けるしかねえ!


「睡蓮ーーーーーーーーーーーーーーー! 」


 俺はありったけの力で叫ぶ。


「答えを言いに来たぞーーーーーーー!」


『貴様、何を言っている!』


 ダゴンとハイドラが俺を押しつぶそうと今度は脚を高く上げる。


「わかったんだよ、お前の謎々の答えがよ!!」


 と叫んだその時だった。


 異界の景色が、暗灰色から、鮮血の赤に変わっていく。


 空に真紅の満月が浮かぶ。


『これは……もしや?! 』


「やめなさい、お前たち」


 両翼を広げ、睡蓮が降りてくる。


「それは私の獲物よ」

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